第16話 灼熱の迷宮と溶ける影

 赤の峡谷に拠点を構えてから、さらに二ヶ月が過ぎようとしていた。

 遠征の期限である「半年」まで、残り一ヶ月を切っている。


 峡谷の中腹、溶岩流を避けた洞窟内に、俺たちの前線基地(キャンプ)はある。

 最初は暑さに喘いでいたレイラも、今では涼しい顔で氷結魔法を維持し、周囲の熱をコントロールできるようになっていた。


「……ふぅ。今日の収穫は上々ですね」


 レイラが『炎熱草』の束を整理しながら微笑む。

 俺はナイフを手に、集めた素材の加工を行っていた。


「ああ。この二ヶ月で、峡谷の浅層エリアは完全に制圧した。素材も集まったし、環境への適応も完了だ」


 俺は『岩石蜥蜴の皮』と『炎熱草』の繊維を編み込み、仕上げの結び目を作る。

 『携帯型・融合装置』はまだ動かない。動力源となるBランク魔核がないからだ。

 だから今は、地道な手作業(クラフト)で装備を整えるしかない。


 完成したのは、即席だが実用的な『耐熱マント』だ。

 不格好だが、素材の特性を活かして火属性耐性を高めてある。


「よし、できた。これで深層の熱気も少しはマシになるはずだ」


 俺は自分のステータスを確認する。


【Status】

Name: アルス・ブラッドベリー

Level: 28 (UP!)

Aux Skills Update:


[環境耐性(88%)]


[魔力制御(45%)]


 『環境耐性』がほぼカンストに近い。

 今なら、溶岩のすぐそばに立っても平気でいられる。

 そして、『魔力制御』。

 峡谷の強烈な光の中で『影』を維持し続ける訓練は、地獄のような難易度だったが、そのおかげで俺の影魔法は変質(進化)した。


「アルス様。そろそろ、例の『主(ヌシ)』に挑みますか?」


 レイラの問いに、俺は手製のマントを羽織りながら頷いた。


「ああ。準備は整った。期限も迫っている。……明日、決行する」


 俺たちは洞窟の入り口に立ち、峡谷の最深部を見下ろした。

 そこには、煮えたぎるマグマの海と、その中央に浮かぶ黒曜石の島がある。

 二ヶ月間、遠くから観察し続けた、あの赤い竜の寝床。


 俺はこの二ヶ月、ただ漫然とレベルを上げていたわけじゃない。

 奴の行動パターン、ブレスの射程、食事のタイミング。

 『隠密』を使ってギリギリまで近づき、情報を集め続けた。


 全ては、明日の決戦のために。


「……長かったですね」

「ああ。でも、最高の準備期間だった」


 俺は『宵闇』を抜き、刀身に映る自分の顔を見た。

 半年前、屋敷を出た時のような子供の顔ではない。

 荒野の風に晒され、魔物と殺し合い、死線を潜り抜けてきた「戦士」の顔だ。


「行くぞ、レイラ。最後の仕上げだ」


 俺たちは短く休息を取り、決戦の朝を迎える準備に入った。


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