第3章:ミッチとのりっぺ

同窓会の夜。体育館の裏手は、賑やかな

笑い声と懐かしい再会の熱気から少し離れた、

静けさに包まれた場所だった。

夜風が木々の葉を揺らし、遠くから微かに

聞こえる笑い声が、まるで過去の記憶を

呼び起こすように響いていた。


そのベンチに、のりっぺは、一人腰掛けていた。

手には紙コップのジュース。

視線は夜空の一点に向けられ、何かを

思い出しているようだった。


そこへ、静かに足音を忍ばせて、ミッチが現れた。

「のりっぺ、ここにいたんだ。探したよ」


その声に、西村はゆっくりと顔を上げた。

驚きと懐かしさが入り混じった表情で、微笑む。

「ミッチ。20年ぶりだよね。元気だった」


「うん、さっきのりっぺを見かけたら

無性に話したい気がして」


二人は自然と並んで座った。沈黙が流れる。

けれど、それは気まずさではなく、

互いの存在を静かに受け止めるような、

心地よい沈黙だった。


小林が沈黙を破った。

「毎週、のりっぺの『青春リクエスト』を

楽しみにしているよ!」

「かかる曲も私達の年代に刺さるし!」


「ありがとう。いろんなリスナーからのハガキ、

考えさせられるんだよ」


小林の横顔を見ながら。

「スポーツコンサルタントって、まだ、

世間にあまり知られてないけど。大変じゃないの?」


「私、昔から新しもん好きじゃん。毎日、刺激があって、

年取らないよ!」


しばらく、お互いの近況を話していたが、

西村が少しだけ視線を落とし、ぽつりと口を開いた。


「高校の時、私…アッコに意地悪していた。知っていた?」


小林は少し驚いたように目を見開き、そして静かに答えた。

「うん。なんとなく、気づいていた。でも、理由はわからなかった」


西村は、遠くを見つめながら言葉を続けた。

「しっちゃんに告白して、振られたの。

ミッチが好きだって言われて」


「えっ、私のせいだったの?」


「ううん、違うの。アッコと親しげにしているのを

見て、なんだか悔しくなっちゃって」

「それと、私、薄々気づいていた。しっちゃんは

明るいだけの私には興味なんかないって。

だから嫉妬…していたの」


小林は優しく微笑み、のりっぺの肩にそっと視線を向けた。


「でも、明るいのが、のりっぺの魅力だったよ。

あの頃、私、のりっぺの明るさに何度も救われたよ」


「私、思うの。沢井さんは松岡くんに

好きになってもらおうとなんかしてなかった」

「ただ、一途に思い、見つめ続けたから、

松岡くんの心が受け入れたのじゃないかな?」


紀子が聞いた。

「ミッチは独り身なの?」


「うん。もし、あの二人が結ばれなかったら、

しっちゃんの面倒見ないといけないじゃん。

だから」

と冗談混じりに答えた。


「のりっぺは?」


「ミッチと同じ。私の場合は罪滅ぼしもあるけれど」

目元がわずかに潤み、笑顔が少しだけ揺れた。


「…ありがとう。今さらだけど、ミッチと

こうして話せてよかった」

立ち上がりながら、のりっぺは言った。


「そろそろ、仕事があるから行くね。

あ、そうだ。FMで同窓会のこと話すので、

よかったら聞いてね」


その背中に、ミッチが声をかけた。

「ねえ、のりっぺ。私たちみたいな美人が、

二人とも恋人いないなんて、ちょっと変じゃない?」

「今度、松岡くんと沢井さんを肴にぐちを言い合わない?」


のりっぺは振り返り、にっこり笑って

親指を立てた。

その笑顔は、過去の痛みを乗り越えた人の、

柔らかくて力強いものだった。


そして、軽やかな足取りで、夜の街へと消えていった。

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