第2章:運命の神様は

同窓会の喧騒が遠ざかる頃、小林はひとり校舎の屋上へ向かった。

かつてバスケ部の仲間と星を見ながら、語り合った場所。

今は風の音だけが響いている。


ポケットから一枚の写真を取り出す。

高校時代、試合後に撮った一枚。

卒業アルバムに、しっちゃんが選んで載せてくれたものだ。

笑顔の自分が、誰よりも前に立っている。


「キャプテンだから、強くなきゃいけない。

人気者だから、弱音は吐けない。

でも、本当はシュートを亡くした悲しみを

強がって隠していたんだ」


ふと、初めて沢井さんと話した時のことを思い出す。

冬の夕暮れ。校舎の中はもうほとんど暗くなっていた。


資料室の灯りが静かに灯っていて、

松岡君と沢井さんが並んで座っていた。

卒業アルバムの原稿を前に、二人は何かを

話しながら、時折笑っていた。


私は、バスケの練習の帰りだった。

ちょっと気になって、資料室を覗いた。

無理に会話に入り、冗談を言った。

いつもの“ミッチ”として。


初めて近くで見る沢井さんが、すごく気になった。

彼女の視線は、ずっとしっちゃんを見ていた。


その時、確信した。

――この人は、しっちゃんのパートナーになる人だ。


あの視線の深さに、自分の孤独がそっと浮かび上がった。

私から、そんな想いを伝える人はいなくなったのだと。

だからしっちゃんの優しさに甘えてしまった。


卒業式の日。私は沢井さんのメモを拾った。

しっちゃんに渡そうか迷った。


でも、運命に触れるのが怖かった。

だから、そっと戻した。


卒業式のあと、しっちゃんはいつも何かを

探しているようだった。

拾ったメモを渡さなかったことを、少し悔やんだ。


だから、沢井さんに会えるまで、今度は私が見守ろうと思った。


今日、同窓会の会場で、久しぶりにのりっぺと出会った。

彼女は、何かを終わらせるために来たような顔をしていた。

言葉は交わさなかったけれど、目が合った瞬間、

すべてが伝わってきた。


その直後、しっちゃんが脇目も振らず走っていくのを、

のりっぺと二人で見た。

沢井さんが見つかったのだと、すぐに分かった。


胸の奥が、静かに温かくなった。


それは――

「運命って、あるのかもしれない。運命の神様はもう

一度機会を与えてくれたんだ」

「ちょっとひねくれていて、たくさんの時間が必要だっただけ」

「しっちゃん、今度はちゃんと捕まえたよね」


「私もしっちゃんから本当に卒業できるよね」


そんな安堵だったのかもしれない。

それだけで、十分だった。

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