第2話

 そんな中央に、遠目からも明らかに分かるほど、集団の中で頭一つ出た大男が一人だけ前に進み、何やら叫んでいた。エンジン音にかき消され、こちらまでははっきりと聞こえないが、恐らく相手を挑発しているのだろう。

 すると奪洲斗露異の集団から五人の男が走り出し、彼に近づいて行った。中には手に金属バッドらしきものを持つ奴までいる。

「危ないぞ!」

「やったれや!」

 周囲にいた何人かがほぼ同時に叫び合う。前者は魔N侍側、後者は相手側の立場から口にしたのだろう。

 しかし準は違った。あの程度の雑魚ざこならいくら束になっても蹴散らされるだけだ、可哀そうに、と思っていた。

 その証拠に、後ろで控えた羽立三軍神を始めとする魔N侍のメンバーは誰一人、微動だにしていない。本来なら、少なくとも総長を守る立場の、栄太率いる親衛隊くらいは援護に駆け付けるはずだ。しかし一切動かない様子から、彼らも準と同じ思いなのだと推測できた。

 その予想通り、辰馬は悠然ゆうぜんと構えたまま、最小限の動きで瞬く間に五人を倒した。

 最初の一人は蹴りでバットを叩き落とし、掌底しょうていあごを打ち、そいつが膝から崩れ落ちていく間にその他四人を、同じくそれぞれ掌底一発だけで眠らせたのだ。その間、十秒も経っていない。

 その見事な活躍を祝福するかのように、魔N侍の集団が大きくエンジン音を鳴らした。対照的に、奪洲斗露異達は静まり返っている。そんな態度を茶化すように魔N侍の面々がさらに沸き立つと、号令がかかったらしく、今度は二十人近くが辰馬めがけて走り寄った。

 しかし三軍神は仁王立ちしたままだ。それどころか、これは加勢しなければと動きだした他のメンバーを制止している様子が見えた。

 さすがに分が悪いのではと騒ぐ見物人達と同様、準も若干ハラハラしたが、それはすぐ杞憂きゆうに終わった。

 相手が持つ鉄パイプを奪い取り、振り回される他の金属バッドなどをそれで防ぎつつ、辰馬は掌底と蹴りの一撃をそれぞれ交互に繰り出していく。すると食らった相手はまるで糸が切れた操り人形のように、次々と地面に崩れ落ちたのだ。

 エンジン音が止み、魔N侍勢から更なる大歓声が沸き立った。それを見て腹を据えかねたらしい奪洲斗露異が本気で動き出す。今度は五十名以上で襲い掛かったのだ。「やばいぞ! 数で押されたら、さすがにまずいやろ」

「よし! やったれ!」

 元々人数に倍以上の差がある為、傍観者達も騒然としながら再び叫びだす。

 そんな中、ようやく魔N侍の三軍神達も動き出した。併せて親衛隊や特攻隊に属するメンバーと思しき数人も後に続いた。

 それでも全員ではない。大半は後ろで待機、というよりはなから参加しないと決めているかのようだ。

「おい! ぼうっと見とるだけじゃあかんやろ! お前らも参加せえや!」

 魔N侍を応援する見物人達からヤジが飛ぶ。その声が届いたのか、戸惑いながらも動き出そうとした彼らだったが、三軍神率いるメンバーと入れ替わる形で相手に背を向け、悠々ゆうゆうと後退していた辰馬がそれを止めた。

「取り決め通り、お前らは動かんでええ!」

 山の反響により、高台までも届いたその指示を聞き、他のメンバーは止まった。「おいおい。本当に、たったあれだけで勝負するつもりかよ。さすがにやばいんとちゃうか」

「舐められたもんやな。ぶっ潰したったらええんや」

 しかしそうした野次馬やじうま達の呟きは、すぐに治まった。というのも三軍神達が、辰馬に負けず劣らずの活躍を見せたからだ。

 三人は一斉に怒号を飛ばした。

「わりゃ、ぶっ殺す!」

「かかってこいや!」

「どかんか、コラ!」

 まずは、前哨戦で活躍した特攻隊長の誠が先陣を切る。俊敏しゅんびんな動きで相手を翻弄ほんろうし、次々とぶちのめす。その倒れた奴らが立ち上がらないよう、近くにいた彼の部下達が止めを刺していた。

 その右側にいた副総長の元也は、辰馬に次ぐ大きな体を駆使していた。金属バットの攻撃をものともせず跳ね返し、ぶん殴って気絶させた一人の胸倉を掴んで振り回す。その体を武器にし、襲い掛かる奴らをなぎ倒すという物凄い怪力を見せていた。

 誠の左側に陣取っていた親衛隊長の栄太は、これまた辰馬と同様に掌底や蹴りの一撃で相手を沈め、地面に転がった野郎達を彼の護衛達が踏みつぶしながら前に進む。  

 さらにその後ろでは引き返してきた辰馬が、鉄パイプやバットなどの武器を自陣に向け投げ飛ばし片付けていく。また前方の面々の間をかいくぐり、頭を取ろうと現れる勇敢だが無謀な奴らを、一瞬で叩き伏せていた。

 奪洲斗露異の隊員がどんどんと減っていく様子に、見物人達は信じられないと目を丸くした。中には余りの凄まじさに、ポカンと口を開けたままの奴もいる。彼らの強さを良く知る準でさえ圧倒されてしまい、言葉を失っていたほどだ。

 気付けば相手総長と周辺に立つ数人しか残っておらず、魔N侍側はほとんど被害がないままの状態で睨み合っていた。

「おい! もうええやろ。総長同士でタイマン勝負や」

 辰馬がずいっと前に出てそう言い放つと、奪洲斗露異の総長が初めて前に出た。

 それを見た元也と誠とその部下達は辰馬の背後に後退したが、栄太と親衛隊達は相手総長の背後に回り、腕を組んで仁王立ちしていた。一対一の真剣勝負を邪魔させないようにする為だろう。

「おう! やったろやないけ! これで勝ったほうが勝ちでええんやな!」

「勝ったほうが勝ちって、当たり前のこと言うとんなや。もうちっと、国語の勉強せぇや」

 辰馬が鼻で笑うと、魔N侍側から爆笑が起こる。

「やかましんじゃ、ボケ!」

 恥をかかされ、怒った相手が走り寄った。

 遠目からでも辰馬に近い大きな体と分かる。相当強いと噂は聞いたが、直接対決は初めてだ。一体どうなるか、と皆が固唾を飲んで見守った。

 一発、二発と繰り出す相手のパンチや蹴りを、辰馬がいなす。その動きは滑らかだ。

 彼の強さの秘密は力だけでなく、ブルース・リーにあこがれ独学で習得した功夫クンフーらしい。素早い身のこなしで攻撃をかわし、相手の顎や鳩尾みぞおちなどの急所を突き一撃で倒す技を持っていた。

 しばらく眺めていると、素人目にも格の違いが分かった。一方的に攻めているのは相手だが、守る辰馬には余裕が伺えた。明らかに打たせている。その証拠に、相手の動きが段々と鈍くなり、隙を見せても辰馬は一切攻撃しなかった。

 奪洲斗露異の残党達や応援していた見物人達も、劣勢に気付いたようだ。盛り立てていた掛け声が徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 片や魔N侍側の声援ばかりが耳に届くようになったが、それもやがて止んだ。余りに力の差が歴然としていたからだろう。一発も食らっていないのに相手は肩で息をし、もうヘロヘロで足がおぼつかない様子だ。

 しかし辰馬は変わらず悠然とした動きで、淡々と攻撃をかわしている。そして相手の動きが完全に止まったところで口を開いた。

「もうええんとちゃうか。まだやるつもりか」

「やかましいわ!」

 頭に血が上ったのか、相手は最後の力を振り絞るように右足で蹴りを放つ。それを辰馬は左手で受け止めた。

 だがその瞬間、相手は飛んだ。残った左足で蹴りを繰り出したのだ。

「あ、危ない!」

 そう叫んだ準達だったが、それを簡単に右手で払われた相手は、受け身が取れず地面に激しく後頭部を打ち付け、痛みでのたうち回った。そんな相手を見下ろし、辰馬が言った。

「お前らの負けや。とっとと解散せぇ。そしてもう二度と、おかしな真似はすんな。あと、うちの女生徒を入院させた腐れ外道の身柄を、こっちに引き渡せ。ええな」

 そもそも今回の抗争は、奪洲斗露異の一人が羽立高校の女生徒に手を出し、全治三カ月の大怪我をさせたのがきっかけだ。しつこく迫られ断わっていたところ、逆上した相手が無理やり女生徒を密室に連れ込み、顔を殴り蹴り飛ばすなどして入院させたという。

 にもかかわらず親を使い脅して金で示談した結果、傷害罪での逮捕を免れたと耳にした辰馬は激怒。彼は奪洲斗露異に対し、せめて内部でケジメをつけさせろと迫ったらしい。しかし断わられた為、抗争が始まったのである。

 その結果、魔N侍のメンバーだけでなく、関係の無い羽立高校の生徒も様々な場所で喧嘩を売られた為にブチ切れた辰馬は、これを機に二度と逆らえないよう奪洲斗露異全員をぶっつぶすと宣言し、片端かたっぱしから叩きのめした。噂によれば、来年の三月には卒業してしまうからそれまでに片をつけると言っていたらしい。

 辰馬を中心とした四天王にかかれば、一人で五人や十人を相手にしても簡単に勝てる。その為、奪洲斗露異達は次々と倒されていった。

 そうした状況に業を煮やし、このままではまずいと思った相手総長がこの場に辰馬達を呼び出したのだ。けれど、今目の前で魔N侍の圧勝となった。

「な、仲間を売るような真似、できるかっ!」

 頭を抑えながら半身を起こして言い返す相手総長に、辰馬は怒鳴った。

「下衆野郎でも仲間か。そんならお前も同罪じゃ。くたばれ!」

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