それぞれの使命 ~誰のために何をするのか~

しまおか

第1話 第1章1981年12月の抗争、そしてー準 -①

 闇夜に包まれた峠の静寂を、南北から響き渡る爆音が切り裂き始めた。と同時に、寒空の中、息を飲んでじっと待機していた高台の観衆がどっと沸く。そんな騒然とする周囲を余所よそに、じゅんはそっと白い息を吐いた。 

目の前には旧採掘場の広大な跡地が広がっている。そこでこれから始まるだろう戦闘を想像し、緊張からか身震いをした。ここまでの急な山道を、自転車で上って来た当初は十分体が温まっていたのに、今は十二月の寒々とした風に吹かれ、冷えきってもいたためだろう。

 しかしここに集まる無責任な見物人達の興奮が、徐々にヒートアップし出したからに違いない。その熱気につられ、少しずつ胸の奥の芯から熱くなり、やがて寒さを忘れた。 それぞれの集団より先んじて、数台のバイクが跡地の入り口に到着し始める。そしてその男達による前哨戦ぜんしょうせんが始まった。

「おどれら、よう逃げんと来たな!」

「やかましいわ! 魔N侍まんじを舐めんなよ、ボケ!」

「粋がっとれるのも今日までじゃ! 奪洲斗露異ですとろいがお前らをぶっ潰す!」

「やれるもんならやってみいや!」

「おう! やったらぁ! 吐いたつば、飲むんやないぞ!」

 特攻隊の面々だ。そう分かったのは、旋回するバイクの一台から真っ先に降り立ったのが、準と同じ高校のクラスメイトで魔N侍の特攻隊長、湯花ゆばなまことだったからである。背は低いが運動神経抜群で、足の速さだけでなく頭に血が上るのも最速の男と呼ばれていた。

「上等じゃ!」

と次にバイクから降り立った奪洲斗露異の一人が、彼に飛び掛かる。

 だが誠のワンパンで即座に倒れた。慌てて二番手、三番手が道路に立ち突撃するものの、次々と彼に打ちのめされていく。対峙たいじしているのは一人だけなのに、圧倒的な強さだ。その為か、他の魔N侍の特攻隊員は誰も加勢しようとしていない。

 バイクにまたがったまま、そんな様子を眺めていた一人が彼に声をかけた。

「誠さん! もうすぐ本体が来ます! 先に中へ入りましょう!」

 頷いた彼は、乗り主がいなくなった相手のバイクに手をかけ、北側道路の真ん中に移動させた。それを止めようとした四番手と五番手もなぎ倒し、同じく地面へと転がす。それから自分のバイクに飛び乗った誠は、仲間と共に真っ暗闇の跡地へと侵入していった。

「ああ、向こうから登って来る奪洲斗露異の奴らを、あれで邪魔するつもりだな」

 準の近くにいた見知らぬ誰かがそう呟いた。

 なるほど。なぎ倒されたバイクと誠に打ちのめされた男達で、道の大半がふさがっている。あれでは後から続く集団が、跡地へとスムーズに侵入することはできない。さすがは第一に切り込む特攻隊の隊長だ。

 そう感心している間に、大音量で南側の峠道を上がって来た魔N侍の集団がわずかに早く到着し、次々と跡地へと入っていく。

 一方、ほぼ同時に北側から上って来た奪洲斗露異の本体は、倒れた味方のバイクなどに阻まれて立ち往生し、怒声を上げていた。

「さっさと退かさんかい! 何しとんじゃ、ワレらは!」

「どんくさいのぉ、奪洲斗露異は! お先に!」

 あざ笑いながら入っていく魔N侍のバイクが照らすヘッドライトの光は、無人の跡地をまるでコンサート会場の照明のように周囲を明るくしていた。そうして一番奥の切り立った岩肌を背に、彼らは翼を広げたような隊形を組んだ。背後を取られないようにする為だろう。

 倒れたバイクを脇に寄せ、奪洲斗露異の面々が遅れてどんどんと侵入していく。その数は魔N侍の集団を圧倒的に上回っていた。よって優位かと思われた魔N侍の布陣は、逃げ場の無い袋小路に追いやられたかのような様相に変わった。

「おいおい、さすがにヤバいんとちゃうか。どれだけ集まるんや。百は軽く超えとるぞ」

「魔N侍のほうは、五十もおらへんのとちゃうか。やっぱり奪洲斗露異にはかなわへんのや」

「当ったり前じゃ。魔N侍なんかに負ける訳ないやろ」

「いや、魔N侍は少数精鋭や。特に四天王は強い。その証拠にさっきの先鋒は、一人であっという間に五人倒したからな」

「そうそう。それに総長はかなりでかくて、もっと強いと聞いとるし」

「何を言うとるんじゃ。奪洲斗露異の総長のほうが強いって」

 それぞれを応援する見物人が集まっているからか、二手に分かれざわつき始める。そうした声を聴きながら、準は心の中でそっと呟いた。

-タッチャンが負けるわけがない。それに、あの人には絶対勝って貰わんといかんのやー

 魔N侍の総長の一七草いなぐさ辰馬たつまは、準と同じ羽立はたて高校の三年で同級生である。身長百八十センチを軽く超える大男の彼は、昔から喧嘩がめっぽう強い。高校入学初日に、絡んできた上級生の番長グループ八人を一人で殴り倒し、いきなり番長にのし上がったほどの逸材だ。

 そして先程活躍した湯花誠と副総長の佐々木ささき元也もとや、親衛隊長の担咲になさき栄太えいたの三人が、羽立の三軍神と呼ばれており、彼らを加えて魔N侍四天王と称されていた。

 その三軍神達も高校で辰馬と一緒になるまでは、小学校の高学年からずっとそれぞれがいた学校の番長として名を馳せてきた有名人だ。特に辰馬は、羽立市周辺で知らないものは誰一人いないほどである。

 しかし彼は単なる乱暴者では決してない。涙もろくて情が熱く、正義感の強い男なのだ。弱い者苛めが大嫌いで、そういう奴らを次々と叩きのめした結果、意図せず暴走族の総長に担ぎ上げられた人であり、自ら好んで上に立つタイプではなかった。

 この羽立周辺で彼に助けられた苛められっ子は、男女問わず数知れない。その為熱烈なファンも多かった。

 準もその内の一人だ。彼に目を付けて貰い可愛がられていなければ、これほど安全安心で平穏無事な学生生活を送って来られなかったと、心から感謝している。

 しかしあと数ヶ月で、そんな生活も終わりを告げる。準は年明けに共通一次を受け、二月の東大二次試験に合格すれば、関西の地方都市である羽立から東京に上京するからだ。

 また聞くところによると、辰馬は高校卒業後、父親が経営する整備工場に勤め、いずれ跡を継ぐ予定らしい。そうなればおそらく彼は暴走族から抜け、普通の社会人になるのだろう。

 というのも元々自ら望んで暴走族になった訳ではない。前の総長が率いていた阿修羅あしゅらという暴走集団が、隣の市を中心に集まった奪洲斗露異と二年前に衝突して敗れた。それを機に吸収されることを嫌った残党達から乞われ、仕方なしに立ち上げたのが魔N侍である。

 当初彼は、バイクで走ることに興味を示さず断わっていた。だが調子に乗った奪洲斗露異のメンバーがある日羽立高校に現れ、男子生徒に対するカツアゲを行った。その上女子生徒にまで乱暴を働いた為、それを目の当たりにし怒った辰馬は、入学当初から一緒につるんでいた元也や誠、栄太の四人だけで奪洲斗露異達三十人をボコボコに叩きのめしたのである。

 その仕返しを目論む奪洲斗露異の本体に対抗しようと結成されたのが魔N侍だ。その際、相手の総長とタイマン(一対一の喧嘩)をはり、辰馬は圧倒的な力でねじ伏せた。

 その時の凄まじい彼の姿を見て震えあがった相手が、まるで本職のヤクザや、と口にしたことで、 “ヤクザのタッチャン”と恐れられるようになったのだ。以前から苗字の一七草をもじり、ヤクザと陰口を叩かれていたからでもある。

 そして新たな総長に代替わりした今の奪洲斗露異と小競り合いを続けながらも、最近まで大きな衝突はなくこれまで来ていた。

 しかし高校最後の年を迎えた先月、ある事件をきっかけに対立が激化。ごうやした相手総長が旧採掘場に来るよう魔N侍に呼び出しをかけ、今回の全面対決となったのである。

 この抗争が終われば、敗北したチームは間違いなく解散させられるはずだ。万が一にも奪洲斗露異が勝利するような事態になれば、羽立高校を中心とした地域は彼らの軍門に下り、平穏無事な学生生活など決して送れなくなるに違いない。

 準が小学生の頃から校内暴力が広まり、今や全国各地の学校ではバイクが廊下を走ることなど珍しくなく、校舎中の窓ガラスが割られるなど、授業ができないほど荒れていた。

 しかしここ数年、辰馬率いる魔N侍の支配地域では、一切そうした暴動が起こっていない。何故なら暴走族とは名ばかりで、総長命令により違法な走行や、その他の筋が通らない暴力を一切禁止していたからだ。実際、辰馬達四天王がバイクを乗り回す事は滅多になく、他のメンバーのほとんども指示に従い、純粋に走行を楽しんでいる奴らばかりだという。

 だからこそ魔N侍に、いや辰馬には勝って貰わないと困る。彼がいてこそ、真面目に勉強している生徒や大人しい生徒が、苛めに遭うことなく平穏無事に過ごせるのだ。

 準達は残り三ヶ月余りだが、後輩達にも辛い思いはさせたくない。きっと彼もそう考えているはずだ。 同じく祈る想いで結果を見守っている人や、族には所属していないがそれぞれ応援するメンバーを一目見ようと二十を軽く超える人が、旧採掘場跡地近くの高台に建てられ現在廃墟となっている、この建物の屋上へと集まっていた。  

 跡地から少し離れた場所には中立のレディース、一孔ぴんく麗寧れでぃのバイクが十数台停まっている。その中に、親衛隊長で同じ高校のクラスメイト、村田むらた咲季さきがいた。その後部座席に何故か、メンバーではない同じくクラスメイトの当麻とうま由美ゆみの姿まで見える。

 村田とは余り親しくないが、由美は小学生の頃から知っており、彼女も準と同じく、辰馬に助けられた内の一人だ。よって魔N侍の応援をする為、ここへ来たに違いない。

 頼む、負けないでくれ、と準が祈る思いでいた時、爆音を鳴り響かせていたバイクのエンジンが、少しずつおさまり始めた。互いに距離を取り、向かい合った空間はヘッドライトに照らされ、まるでそこはスポットライトを浴びた舞台のように見える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る