第11話 リウの大けが

ミウの病気が治って一ケ月、ミウもリウも、いつものように平穏な日々を送っている。


病気が治ってすぐに宿を出たから、ミウの体調が心配であったけれど、薬がよく効いたようで無事に家に帰ることができたし、あれから病気がぶり返すこともなかった。


昨夕、家から離れた場所に罠を仕掛けたので明け方に見に行くと、大きなイノシシが罠にかかっていた。今まで見たイノシシの中でも一番大きく、二本の牙がよく目立っている。


「やったぞ、ミウ。燻製肉と干し肉がたくさん作れる。大儲けだ!」

リウは、イノシシを加工肉にした後のお金の量を思い描くと、ウキウキした。


ミウとリウが保定具をつける隙を狙っている最中も、イノシシは罠に挟まれた足を引き抜こうと興奮して暴れているが、リウは慣れたもので、怖いとは思わなかった。


リウがいつものようにイノシシの鼻にワイヤーをかけようとしたその瞬間、イノシシの足罠が外れてしまった。


「あっ、しまった!」


「リウ、危ない!」


リウが逃げる間もなく、イノシシは暴れていた勢いでリウにぶつかり吹っ飛ばし、そのまま一直線に逃げて行った。


「リウ、リウ!!」

慌ててミウがリウに駆け寄り助け起こそうとしたが、リウのわき腹から血がにじみ出て、白いシャツを真っ赤に染めている。その染みは、見ている間にもどんどん広がっていく。


「うっかり、油断してしまったようだ。牙にやられた・・・うっ・・・」

痛みに耐えているリウのわき腹から、血がどくどくと流れ出ている。リウは傷口を手で押さえたが、そんなことをしても出血を止めることは不可能であった。


「ごめん、ミウ、僕、死ぬかもしれない・・・ううっ・・・」

痛さで顔を歪めているリウの目から涙があふれてきた。


「最後に、ミウの顔を・・・見ながら死にたい・・ううっ・・・」


「リウ、死ぬなんて言わないでっ!」

ミウは、リウの頭を膝に乗せると腰に下げていたナイフで自分の手首を切った。傷口から青い血が滴り落ちる。


「リウ、口を開けて。」


「何を言って・・・」

ミウは、リウの口に自分の手首の傷口を強く押し当てた。


「いいから、何も言わずに血を吸って。早く、一滴も漏らさないで吸い続けて。」

ミウはリウが口を離さないように頭を抑えつける。


「父さんが言ってた。ミウの血は人間の病気やケガを治すことができるって・・・。だから、吸い続けて。今できることはこれしかない。だから・・・、だからお願い、死なないで・・・」

ミウの瞳から涙が零れ落ちた。ぽたりぽたりと、リウの顔に落ちていく。


リウは、言われるままに、ミウの血を吸い続けた。人間の血のような鉄臭い味ではなく、微かな甘みを感じる。長い時間、血を吸い続けていたリウは、だんだんと傷が塞がるのを感じていた。


いつしか出血は完全に止まり、あれだけ大量の血を流したのにも関わらず、リウは死ななかった。


太陽が傾き、夕日が辺り一面をオレンジ色に輝かせる頃、ようやくミウはリウの口から手首を離した。


「良かった。もう大丈夫。」

そういうミウの顔は、普段の水色ではなくて、雪のように真っ白になっていた。そして、そのままふらりと倒れてリウの身体に重なる。


「ミ、ミウッ、ミウ、大丈夫か?」


「ごめんなさい・・・。もう動けない・・・。」

ミウはそのままふっと意識を失った。


「ミウ、ミウ、返事して。ああ、だめだ、このままではミウが死んでしまう・・・」


リウはまだ痛みが残る身体を起こして自分の服の袖を破り、ミウの手首に結んで止血した。そしてミウを担いで家まで運び、ベッドに寝かせて、新しい包帯を手首に巻きなおした。ミウの手首の出血は止まっていたが、ぐったりしたまま意識はまだ戻っていない。


「ミウ、こんなになるまで、僕に血を分けてくれたんだね。でも、たとえ僕が生かされても、君が死んだら意味がない。どうか、どうか死なないでくれ・・・。」


ミウが倒れたのは、僕に血を与えすぎたからだ。だったら、血になるものを食べさせればいいのか?


だけど、意識を失っているから、食べるなんてできないし・・・

そうだ、砂糖水を作って飲ませるのはどうだ? 


リウはコップに砂糖水を作って、半身を起こしたミウに飲ませようとしたが、ぐったりとしたミウは飲むことができなかった。口に砂糖水を注いでも、口の端からこぼれ出る。


「ミウ、お願いだから、飲んでくれ。」

リウはコップの砂糖水を口に含むとミウの口に口移しで流し込んだ。


ゴクリ・・・

「ミウ、飲んでくれた。」


リウは少しずつ、何度も何度もミウに口移しで砂糖水を飲ませた。

何度も何度も・・・。


すでに日は沈み、月が出ていた。二人がいる部屋はランタンの灯りと窓から差し込む月の光で明るい。


リウの砂糖水の効果が表れて、雪のように真っ白だったミウの顔に少し青みが出てきた。


「ミウ、もっと飲むんだよ。」

リウが何度も砂糖水を飲ませたお陰で、やっとミウの肌の色はいつもの水色に戻った。


「よ、良かった! ミウ、やっと元に戻った・・・」

リウの目に浮かんだ涙は、ランタンの光に照らされて輝き、ツーっと頬を伝い零れ落ちた。


「ミウ、生きてて良かった・・・」

リウはミウをぎゅっと抱きしめた。


ミウの肌の色が元に戻ったことに安心し、ベッドに寝かせて毛布を掛けた。そしてミウの横で愛おし気に彼女を見つめる。ミウが息をするたびに胸が微かに上下する。それを見ているだけでも、ミウが生きていると実感する。


もしも、ミウが死んでしまったら・・・と思うとすごく怖かった。

永遠にミウを失ってしまうのでは?・・・ その思いが頭を過ぎる度にぞっとした。


「ミウ・・・、僕は、もう君なしでは生きていけないよ・・・」

静かに寝息を立てるミウに向かって、リウはそっと呟いた。

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