第10話 リウの疑問

ナンシーはドアノブを握り、ガチャリとドアを開けた。


だが、ドアを少し開けたところで、その手を誰かに抑えられ、それ以上開けることができなかった。


「えっ?誰?」

驚いて後ろを振り向き、自分の手を抑えているのが誰か確かめる。


「僕たちの部屋に何か用ですか?」

そこには、怒りの形相でキッと睨みつけているリウの顔があった。


「あっ、申し訳ございません。忘れ物をしてしまって・・・。声をかけたのですが、誰もいらっしゃらないようでしたので、忘れ物だけ取りに入るつもりだったのです。」


「で、忘れ物とは?」


「テーブルの上に、手紙を置き忘れてしまったのです。」


「わかりました。僕がとってきますから、あなたはここで待っていてください。」


これ以上中を見られないように、リウはバタンとドアを閉めた。


テーブルを見ると、ナンシーが言っていた通りに折りたたまれた白い紙が置かれている。


「ああ、これか・・・。本当に手紙だけを取りに来たようだな。」


リウは手紙を手に取ると、廊下で待つナンシーに渡した。


「妹が寝込んでいるので、部屋の中に入ってほしくなかったのです。」


「どうも、お騒がせしてすみませんでした。」

ナンシーは頭を下げると、その場を離れた。


そのまま宿を出て買い物に出かけたが、道すがら、リウのことを思い出す。


「あのお客さん、なんだか、すごく怒ってて怖かったわ。私よりも年下なのにすごい気迫で・・・、どう育てたら、あんなふうになるのかしら・・・?」




リウは、ナンシーが去ったことを確認して、ほっと胸をなでおろしていた。


もう少し、帰るのが遅くなっていたら・・・と思うとぞっとする。


病で寝込んでいるミウは、人間に変身することができない。

魔物だとばれてしまったら・・・、きっと領主に連絡されて殺されてしまうだろう。

もしも、そんなことになったら・・・


はあ・・・とリウは、頭を抱えてため息をついた。


「ミウ、薬を買ってきたよ。一度起きて、飲んでからまた寝ようか?」

リウはミウの手を握り、声をかけた。


「・・ん・・・んん・・・、リウ、薬、買ってきてくれたんだね。ありがとう。」


「お腹は空いてない?」


「わからない・・・、けど、今は食べたくない・・・」


「そう言うと思って、水あめ買ってきたよ。これなら、口の中で溶けるし、力になるからね。」


リウはミウをの半身を起こして壁にもたれさせ、水あめを食べさせることにした。


「ほら、あーんして。」

ミウが可愛い口を少し開くと、水あめをすくったスプーンをその中に入れる。


「甘くて美味しい・・・」


「良かった。これなら食べれるよね。」


「うん。」

ミウは小さく頷いた。


リウに食べさせてもらって水あめがなくなった後、買ってきた飲み薬を飲んだ。


「リウ・・・、ありがとう。」


「どういたしまして。さあ、ミウ、もうおやすみ。」


「うん、おやすみなさい。」


それからリウは、ミウの額の濡れタオルをこまめに替えて看病を続けた。二人の食事は部屋の前まで運んでもらって廊下で受け取り、リウだけ食べて、ミウの分は後で食べられるようにと残しておいた。


夜中になると薬が効いたのか、やっと熱が下がり呼吸が安定し、顔色が青から普段の水色に変わった。


「ああ、良かった。もう大丈夫だね。」

リウは、ほっとして明日に備えて寝ることにした。


ベッドは一つしかないから、ミウを起こさないようにそっと彼女の隣に滑り込むようにして横になった。顔を横に向けると、目の前にぐっすりと眠っているミウの顔がある。じーっとミウの顔を見ながら、リウは懐かしい昔に思いを馳せる。


こうやって一緒に寝るのは久しぶりだ。九歳のころは、一緒のベッドで夢中になって話しているうちに、いつの間にかそのまま寝ちゃうなんてことよくあったし、愛情表現だよって、ミウのほっぺにキスすることもよくしてたのに・・・。


いつごろからか、一緒のベッドで寝なくなった。ていうか、できなくなったんだ。

自分でもよくわからない何かがこみあげてきて、ミウをギュって痛くなるまで抱きしめてしまいそうで・・・、ほっぺのキスでは終わらないかもしれない・・・ミウを傷つけてしまうかもしれない・・・そう思うと怖くなったんだ。


だから、こんな風に一緒に寝るなんて、できなかったんだけど・・・。

今日は仕方がないから、いいよね。


それにしても、本当に危機一髪だった。もうちょっとで魔物だとばれるところだった。


魔物だとばれたら殺される・・・。でも、これって絶対におかしい。どうして魔物だと殺されなくっちゃいけないんだ?


魔物って呼ばれているけど、人間と変わらないのに・・・。強く優しくて可愛くて・・・、笑ったり泣いたり、ミウは人間と同じなのに・・・。


ミウは神様のことだって信じてる。

ずっと前に聞いたんだ。僕たちが信じているミスティカ神と同じなのか?って。 


そしたら、神様に名前があるのかってびっくりしてた。


ミウは、神様はこの世のすべてを作ったから、死んだら天国にいる神様のもとに戻るんだって言ってたけど、ミウの神様には名前がないらしい。


だから、僕たちが信じている神様とは違うのかな。


僕が知ってるミスティカ神は、昔、この国の王様を選んだ神様だって教えてもらった。王様は恐ろしい魔物を退治したとっても偉い王様なんだって・・・。


魔物は人を生きたまま食べるって聞いてたけど、本当はそうじゃない。ミウも、きっとミウの父さんも優しい人だと思うのに・・・・。それなのに、どうして、昔の人は魔物を恐れるようになったんだろう? 


ああ、考えてたら、眠くなっちゃった。もう僕も眠るよ。おやすみ、ミウ・・・ 


リウはミウのおでこにチュッとキスをして眠りに落ちた。


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