今日もまた、目が合わなかった

海空丸

第1話 僕とあの人が出会った日



今日もまた、目が合わなかった。


僕には気になっている人がいる。

その人に出会ったのは少し肌寒くなってきた日の夜。

仕事終わりの帰り道だった。


また今日もコンビニ弁当か。

そろそろ飽きたな。

いつも通りだらしない生活を送ってる自分に

ムカつきながらいつものコンビニに向かっていた。


歩いていると新しく小さな食堂がオープンしたらしい。


そういえば新しいごはん屋できたって

会社の人言ってたっけ。


ちょうど家の近くにはごはん屋は少なく

気になったので入ってみた。


「いらっしゃいませ。」


店主かな?すごく静かな声だった。


「あ、1人なんですけど。いいですか?」


「好きな席にどうぞ。」


声は穏やかだがやっぱり元気はない。


不思議なお店だな。

そう思いながらも一番端の席に腰をかけた。


お客さんは3人ほどしか居なかった。

静かな空間が、なぜか心地よくも感じた。


色んなメニューがあるな。


「とりあえず、生1つと焼肉丼お願いします。」


スマホで暇つぶしにゲームをしながら料理が来るのを待った。


「生ビールです」


女の人の声がした。

顔を上げて見ると、女の人がたっていた。

―すごく綺麗な人だな。


その瞬間、心臓が急に音をあげた。

それと同時に彼女の顔はなぜか、少しだけ疲れているようにも見えた。


「ありがとうございます」


生ビールを頼んだが、喉を通らないくらい

胸の音がうるさい。

そんな自分にびっくりした。


ちびちびビールを飲んでいたら

焼肉丼を店主が持ってきた。


お店に来た時よりもお腹は

減っていない。

緊張でかな。自分に少し苦笑いしながら

口に運んだ。



ご飯は食べ終わり、ビールも飲みきった。


「お会計お願いします」


「1200円です」


あの女の子だ。


「2000円でお願いします」


お釣りを渡された。

それだけでも緊張している自分がいる。


「ありがとうございました」


僕は店を出た。

やっぱり不思議なお店だな。

女の人の顔は曇っているように見えた。

目も合わないし。


だけどその日は考えてしまっていた。


すごく綺麗な人だったからか。

―これは一目惚れなんかじゃない。

そう言い聞かせながらまっすぐ家に帰った。


これが、僕とあの人との出会いだった。


あの日初めて会った日から、

食堂に行くのは今日が三回目。


お店の空気感や人柄など

なんとなくだけど、初めよりはわかってきた。


お店のドアを開けた。


「いらっしゃいませ。」


端が空いていたのでまた座った。

今日は金曜日だからかやけに、お店が賑やかだ。


あの人を見る度に心臓の音がうるさいから

それからは、ガッツリしたメニューは頼まなくなった。


「生1つと焼き鳥5本セットで」


ここに来ると、緊張のせいで食欲が

落ちていく。



いつも通りスマホを触って注文したものがくるのを待つ。

初めて来た日と違うことといえば、

バレないようにあの人を目で追っていることくらいだ。


「おねえさーん」


酔っている男性客の声がした。


「どうしましたか?」


「かわいいね。連絡先教えてくれない?」


この時急に、顔まで熱くなりイラッとしている

自分に気づいた。


「ごめんなさい。交換はしないです」


苦笑いしながらも断るあの人をみて

ほっとした。


上手くあしらいながらも、気持ちが顔に出てしまうこの人を見て、素敵な人だなと胸がざわついた。


そのままその男性客から逃げるように、

僕のところへ、注文していたものを運びに来た。


「ありがとう。」

顔を見てお礼を言おうと思ったが、下を向きながら言ってしまった。


目を合わせるのは、昔から苦手だ。

目を合わせるだけじゃなく、アピールすら

出来ない性格だった。

好きな人が出来ても、自分から伝えることは出来ずに終わってしまう恋が多かったが

それなりに付き合う人はいた。

でもあれは恋じゃなくて、向こうが手を伸ばしてくれたから続いただけだ。

そんな自分が嫌になって、気づけば三年間

誰とも付き合っていない。



大人になった僕は、本当に久しぶりの感覚だった。

それでも、なぜか認めたくない自分もいる。


そんなことを考えながらお皿は空になっていた。



「お会計で」


いつも通りのお会計の時間。

その時彼女が、


「ありがとうございます。

仕事終わりなんですか?」


初めて話しかけられて、テンパった。

体は今にも震えている。だけど絶対にバレないよう平然を装った。


「そうですよ。」


「最近来てくれてますね。また来てください」


「はい。ありがとうございます」


その一言だけ伝え店を出た。


店を出て歩きながら本当に心の奥底から

自分を呪った。


初めて話しかけられたのに冷たい態度で、

「はい。ありがとうございます。」

じゃないんだよ僕は。


金曜日の夜の道はいつもより人が多かった。

そんな中歩きながら自分をぶん殴りたい気持ちを抑え家まで歩いていく。


家に帰ってからも、何度も自分のした態度に

怒りと絶望を繰り返しながら

あの人の声とその時の気まずそうな顔が

脳内を巡っている。


僕はあの人の事好きなんだろうか。

…いや、ただ気になっているだけ。

だってまだ何も知らないし。


それでも、気持ちを否定してごまかしてる自分がいるのは分かっていた。



あのお店ができてから、

僕は大嫌いな仕事ですら楽々こなしていた。

朝起きてからも夜が来るのが待ち遠しい。


今までダラダラ歩いて下しか見てなかった帰り道ですら綺麗な景色を見てるような感覚だった。

鼻にくるこの冷たい空気さえ心地が良い。


食堂から家に帰り、布団に入ると必ずあの人との少しの時間を思い返してしまう。

その時間が、最近の僕の楽しみだった。


そういえば初めて話しかけてくれたけど、

目は合わなかったな。



声も思い出せるし、仕草も浮かぶのに

名前は、まだ知らない。





―明日は、どうだろう。






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