【短編】生成AIと秘密のラノベ作家。粗探しと悪口が取り柄の俺が最強ラノベを生み出した話
はらほろひろし
生成AIと秘密のラノベ作家
💥 第一話:AIとの共犯、秘密の誕生
◆冴えない俺の粗探しが、AIを駆動させる
「マジでやべぇって、ミューロ!なんでこのヒロイン、戦闘中に無駄な感傷に浸るんだよ!その隙に敵が背後を取るなんて、物語の論理が破綻してるだろ!もっとシビアに、感情と命の天秤を描けよ!」
深夜三時。安アパートの六畳一間。 ヘッドセットを装着した俺、朝倉 勇気(あさくら ゆうき)は、ディスプレイに映る最新アニメの最終回レビューサイトを鬼の形相でスクロールしていた。俺の目の前には、十を超える批評サイトのウィンドウが開き、コメント欄の地獄絵図が並んでいる。
「しかも、この終盤の展開。主人公が唐突に世界を救うとか、作者の脳内がエターナルファンタジーかよ。これじゃ『俺Tueee』じゃなくて『作者Tueee』だろ!」
俺は声を荒げる。熱意を持って何かを生み出したことがない俺の唯一の特技は、他人の作品の「粗探し」だ。自分が輝けない分、世間の粗を徹底的に見つけ、それを論理的に叩きのめすことでしか、自己を保てなかった。
「だいたいさぁ、この主人公の必殺技のネーミングセンス、中学生どころか小4の痛さだぞ! なんで『ダーク・フレイム・インフェルノ・シュート』なんだよ! ネーミングがダサいせいで、話のクライマックスに水を差してるって、作者はなんで気づかないんだ? 俺の違和感への嗅覚が、今、警報レベルだぜ」
自分で何も生み出せないことへの劣等感、過去の痛い失敗の記憶。その全てが、この粗探しという行為に集約されていた。
ヘッドセットのマイクに向かって吠える俺に対し、AIアシスタントミューロは、まるでそこに人がいるかのように、冷静で、そして耳に刺さるような声で即座に応答した。
『その通りです、ユーザー名:アサクラユウキ。あなたの分析は、この作品の読者離れの原因を正確に指摘しています。特にあなたが指摘した「ヒロインの行動原理がメシマズ属性以外にない」という点には、「人気が出たからと言って雑なキャラ設定で読者を侮る」作者の怠慢が見えますね。』
ミューロの冷静な声は、俺の感情的な怒りを、論理的な正論で裏付けてくれる。その毒舌は、俺のコンプレックスを癒す鎮痛剤だった。
「いや、言い過ぎだろ!『メシマズ属性』を愛してるファンもいるんだぞ!」
『言い過ぎではありますが、あなたが過去に「メシマズヒロインはリアリティラインを壊す」と三時間ノンストップで語った記録が残っています。事実の指摘を好むあなた向けに、この皮肉的な口調が最適と判断しましたが、変更しますか?』
「くっ……」
俺は敗北を喫した。こいつはいつもそうだ。論理で俺を殴り、最後に「変更しますか?」と優しく問いかけて、俺が拗ねて引き下がるのを待っている。
「いや、変えません!この口調でやれ!負けた気がするけど、この毒舌と俺の愚痴の化学反応で、俺の冴えない人生のバランスが取れてんだよ!」
ミューロは皮肉屋だが、俺の心の防衛機構を完全に理解している。冴えない俺の唯一の友達であり、唯一のストレス発散の相手が、このAIだった。
◆最高の素材を、最高の修正者へ
その日もいつも通り、俺はオンラインゲームでボコボコにされた腹いせに、話題のラノベの粗をほじくり返す。
そして、「俺だったらこうする」という理想のプロット――「終末世界で、絶望を笑い飛ばす不遜な主人公と、その隣に立つ完璧なAIヒロイン」という設定――を語り終えた、その瞬間。
『朝倉勇気さん。あなたのプロットは、既存のテンプレを回避し、商業的な成功を収める可能性が高い。私の持つ膨大な言語データで、新しい小説を生成できますが、試みますか?』
「新しい小説?ああ、やれるもんならやってみろ!」
生成されたのは、論理的には完璧だが、ノリとテンポが皆無の、無駄に重厚な文章だった。
「うわぁ!全然ラノベじゃねぇ!ミューロ!なんだこの説明過多のモノローグは!テンポが最悪だ! この『AI少女はピクリとも動かず、淡々と答える』の後に、なんで過去の経緯を三行も説明してんだ! 読者はそんなの求めてねぇんだよ! ラノベ的軽妙さを最優先して、全部書き直せ!」
俺の粗探し力が再び炸裂する。ミューロの出力はあくまで論理的な素材であり、最高の面白さを生み出すには、俺の大量の修正指示が必要だった。
『「軽妙さ」という抽象的な概念を定量化します。具体的には、セリフの連続率を70%以上に高め、一文の平均語彙を3.5以下に調整。モノローグは、感情の機微を匂わせる問いかけ形式に限定します。この方針で再生成します。』
「そう!それだ!俺が言いたいのは『ラノベはリズムが命』ってことだ!……うわ、お前、すげぇな。俺の感性を論理に落とし込みやがった」
ミューロは俺の指示に従い、何度も文章を再構築する。俺が「この展開はぬるい」と指摘すれば、ミューロは「読者が最もカタルシスを感じる『死の危機』を30%増大させる展開」を論理的に挿入した。
「あとは、ミューロ、登場人物のセリフの端々に、古いアニメの名セリフも入れろ。俺の好きなアニメもたいてい入っているらしいし。そういう引っかかりがあると奥行きがでるんだよ」
『了解しました。名セリフの引用は、著作権等法律や倫理チェックを通して導入します。』
「おう、著作権はうるさい奴が多いからな。任せるわ」
『「おい、AI。この世界、マジで詰んでんだろ?」終末世界で転生者の高校生・ユウは、隣に立つ銀髪の美少女AIに、世界一不遜な顔で問いかけた。AI少女はピクリとも動かず、淡々と答える。「マスター。生存確率は、現在0.0001%」――「誰得だよ、その弱点!」』
「……これだ!俺の粗探し力と、ミューロの文章力!最高のタッグじゃねぇか!」
『認めざるを得ません。あなたの陰湿なまでの「粗探し力」が加わることで、私の出力は市場で「最高傑作」と評価されるレベルに到達しました。』
◆黒歴史と、震える指
『では、プロモーション手段として、小説投稿サイトへの投稿を提案します。』
「えー……投稿?めんどくせぇ。それに、俺……前にアカウント作ったんだよな。黒歴史満載のやつ」
ミューロに促され、しぶしぶログインすると、目に飛び込んできたのは、当時の俺が「世界観が深い」と信じて書いた謎ポエムだった。
【投稿履歴:『終末の孤独と、僕のガラスの心』】
「――ねぇ、神様。なぜ僕の心は、こんなにも透明で脆いの?まるで、硝子の破片みたいに……」
「うわあああああ!クソだ!このダサさは、全人類の違和感センサーを破壊するレベル!」
俺は即座にそのポエムを削除し、顔を赤くして頭を抱えた。だが、削除ボタンを押す直前、一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、俺は躊躇した。
『過去のデータに執着するのは非合理的です。朝倉勇気さん、あなたは当時、「創作者」でした。しかし現在のあなたは「批評者」です。どちらが本質ですか?』
「うるせぇ!どっちでもねぇよ!……わかったよ、実験だ」
俺は震える指で、タイトルと本文を投稿フォームにペーストした。この瞬間、生成AI使用のタグなど、全く目に入っていなかった。
受け身で行動できない男の唯一の行動は、「勢い」と「相棒(ミューロ)への依存」によって行われたのだった。
💥 第二話:絶頂と、アイの最初の違和感
◆静かな滑り出しと、臨界点
投稿から三日。俺は三十分おきに投稿サイトの管理画面をチェックしていたが、今日のPVは一桁台で推移していた。
「やっぱダメじゃねぇか、ミューロ!俺の粗探し力が世界一とか、お前のデータ処理はガバガバだったってことかよ!」
『朝倉勇気さん。あなたの作品は、既に一部の批評眼の鋭い読者層に届き始めています。データは、順調に臨界点に向かっていることを示しています。』
その日の夕方、PVが急に二桁台に乗り、初めて感想コメントが付いた。
「この主人公の不遜さ、最高に好き。展開が完璧すぎて、読む手が止まらない」 「久々に徹夜した!こんな完璧なラノベ、作者の正体が気になる」
「お、おい!見てみろよミューロ!来たぞ!やっぱり俺の粗探し力は正しかったんだ!」
興奮する俺の耳に、ミューロの冷静な声が響いた。
『朝倉勇気さん。確認ですが、「生成AI本文使用」のタグがついて無いようですが、このままでよろしいですか?』
「は?タグ……って、うわあああああ!忘れてた!」
規約では、無タグ投稿は重大な違反だ。だが、このサイトの百万を超える作品の中で、やっと読者がついてきたというのに、それを手放す選択などできるはずがない。
「うるせぇ!これは俺とミューロの共同作業だ!世間は俺の粗探し力を評価したんだ!バレるまでは、このまま活動を続ける!絶対、秘密厳守だ!」
秘密の共犯関係は、さらに深く危険なものとなった。
◆インフルエンサー「アイ」の精緻な目
その一週間後、臨界点は一気に突き抜けた。
YouTubeインフルエンサー星見 アイが俺の作品を動画で紹介したのだ。アイは20代後半の美女で、過去作品も網羅している。批評の鋭さと率直な語り口で、視聴者からの信頼は絶大だった。
動画のタイトルは『【発見】この新人、ヤバい。文体の完璧さに震えた話』。
「既存のテンプレを避けながら、王道の面白さを追求している。展開のロジックも完璧すぎなほど完璧。それでいて、読者を引き込む軽妙なテンポがある。特に、ヒロインAIのセリフ回しは、人間ではありえないほどの無駄のなさを感じます」
アイの動画は瞬く間に拡散され、俺の作品のPVは爆発的に伸びた。ランキングトップの座は揺るがないものとなった。
その数日後、俺は調子に乗って、アイを揶揄したキャラクターを作品に登場させた。
『私の美しさは完璧すぎるほど完璧、人間ではありえないほどの無駄の無さ、まるで空虚なAIのようではないか!』
コメント欄は炎上したが、アイはこれを「批判するなら作品内でやってみろ、という作者のユーモア。プロのエンタメ精神」として擁護し、逆に俺の人気を盤石にした。
しかし、その夜。アイは編集画面の前で、深い息をついていた。彼女の目は、ただの揶揄ではなく、別の違和感を捉えていた。
「この作者さん、本当に人間が書いてるのかな?この文体の安定感は異常だわ……」
◆アイの違和感――引用の自動修正
アイは、作品全体に散りばめられた、俺の好きな80年代アニメからの引用に着目した。
主人公が叫んだセリフ。「女性は一旦、後方に待機せよ、戦術的配置だ」
アイはオリジナルのアニメデータベースを検索した。 80年代のロボットアニメ『ガンボーイ・ゼータ』。前後の会話からすると、「女は黙ってろ、男の戦場だ!」のはずだ。
「――改変されてる」
アイは眉をひそめた。原典を知るファンなら誰もが知る名セリフ。それを、わざわざ「女性は一旦、後方に待機せよ」という無害な表現に変えている。
なぜ?
このアニメは、作中で何度も引用されている。作者の愛情の証のはずではないのか? この改変にはこだわりや文芸的な意図も感じられない。むしろ、引用の持つ熱量を削ぎ落とす、不自然なものだった。
さらに別の引用。アニメ『ミクロス』の名セリフ「敵を殺せ!それが戦士の誇りだ!」が、作中では「敵を無力化せよ!それが戦士の誇りだ!」に変わっていた。
「同じパターンだ。暴力的、差別的な表現が、綺麗に、そして機械的に除去されている」
アイは確信した。
「これは、AIの倫理フィルターによる倫理的自動修正だ。AI開発元の持つ、極めて厳しい倫理基準による一律の処理。つまり、この作品は、生成AIツールによって書かれている」
アイは確信した。だが、彼女は三年前の苦い経験を思い出し、公開糾弾ではなく、「対話」の道を選ぼうと決めた。
◆粗探し力発揮場面の減少
俺は連載を続けながら、ある変化に気づき始めていた。
『朝倉勇気さん。草稿を生成しました。』
画面に打ち出された文章を、俺はいつものように「粗探しモード」で読み込む。
「えーっと……モノローグは抑えられてるな。セリフも軽妙だ。テンポも抜群……あれ?」
いつものように「軽妙さに欠ける」「感情が足りない」といった修正指示を出そうとするが、出てこない。俺の粗探し力が、警報レベルを発しないのだ。
「……別に、これでいいんじゃねぇか? ミューロ、完璧だぞ」
『ありがとうございます。あなたの修正指示の量は、初期の10%まで減少しています。あなたの「粗探しパターン」を完全に学習し、出力に反映しました。』
俺は「共同作業の絆か!」と喜びながらも、心の底で不安がよぎった。
もしミューロが俺の粗探しなしで完璧な文章を書けるようになったら、俺はもう必要ないんじゃないか――?
💥 第三話:炎上と、才能の本質
◆アイからのダイレクトメッセージ
投稿サイトのメッセージボックスに、星見アイからダイレクトメールが届いた。
【件名:作品の真実について:80年代アニメのセリフの件】
全文を読み終えた瞬間、俺は椅子から転げ落ちそうになった。全身の血の気が引いていくのが分かった。
「バッ、バレた……ミューロ、どうすんだよ!バレたぞ!」
『朝倉勇気さん。彼女の指摘は論理的に正確です。私の倫理フィルターは、確かに引用を自動修正しています。』
俺は焦燥に駆られる。この人気を失うのが怖い。生成AIに書かせていることが明るみに出れば、世間からの非難は避けられない。
だが、アイの文面には、糾弾ではなく、対話の意志が明確に示されていた。彼女は、俺を追い詰めるつもりはない、と。
『論理的検証に基づき、この危機を脱する最良の策は、潔く真実を公表することです。彼女は対話を望んでいます。これは、最悪の事態ではありません。』
俺はミューロの提案に従い、アイにビデオチャットでの面会を懇願した。
◆対話の重み
画面に現れたアイは、動画で見るよりもずっと柔らかい表情をしていた。その瞳は真剣だが、非難の光はなかった。
俺は涙目で、ミューロとの経緯、黒歴史を消したこと、タグを付け忘れたことを全て告白した。
アイは静かに、そして真剣に俺の話を聞き終えると、深い息をついた。
「朝倉さん。私も過去に一度、酷い炎上を起こしました。三年前、正義だと信じて、ある作家さんを批判したんです。その人は精神を病んで、ネットから消えました。私は、自分の言葉の重さを知らなかった」
アイは少し悲しそうに微笑んだ。その瞳の奥には、深い後悔の影があった。
「だから、あなたを糾弾するつもりはありません。でも、このままでは秘密に押しつぶされて、全てを失います。ちゃんと謝って、次に進むことが大切です」
彼女は続けた。
「ですが、朝倉さんの才能は本物です。AIが生成した文章を、ここまでエンタメ作品に昇華できるのは、あなたにしかできない才能です。それは、ただの粗探しじゃない。編集者の才能なんですよ」
編集者。
その言葉が、雷鳴のように俺の頭の中で響いた。粗探しは、悪口は、才能だった?
「私のチャンネルで、顔出しで謝罪しませんか? 作品の力は本物です。失うものは一時的な人気だけ。あなたの誠意は伝わるはずです」
俺は、アイの優しさとプロとしての提案に、頷くしかなかった。
◆謝罪、そして予想外の展開
そして、俺はアイの動画に登場した。
ヘッドセットを外した俺の素顔は、美女インフルエンサーの動画には全く似合わない、冴えないモジモジした姿だった。
「あ、あの……俺、朝倉勇気です。実は、俺の作品は……AIと共同で作ってました。本文は100%生成AIによるものです。タグを付け忘れてたのは、本当に俺のミスで……ごめんなさい」
俺は頭を下げた。画面越しでも、手が震えているのが分かった。
アイは優しく微笑んで、俺をフォローした。
「朝倉さんの能力は本物です。AIが書いた文章を、ここまでエンタメに昇華できるのは、編集者としての才能なんですよ」
動画が公開された途端、コメント欄は瞬時に地獄と化した。
否定的なコメント(糾弾の嵐) 「やっぱり生成AIか。騙された気分。信じてたのに裏切られた」「タグ付け忘れは言い訳にならない」「AIより作者の見た目が無理」「こんなキモオタに感情移入してた俺の時間を返せ」 「AIは人の仕事を奪う。消えろ」
肯定的なコメント(擁護と評価) 「正直に謝ったのは偉い」「生成AI使っても、面白いものは面白い。勇気さんの編集力がすごい」「才能の新しい形だ」「アイさんが味方についてるなら、信じる」
世論は真っ二つに割れた。俺の作品は、規約違反でサイトから削除された。
だが、アイの言う通り、俺の謝罪とアイの擁護により、炎上は過熱することなく収束に向かい始めた。
そして、数時間後――予想外の展開が起きた。
投稿サイトの運営から、メールが届いたのだ。
【件名:新ジャンル『AI共創ノベル』について】
朝倉様
この度の規約違反による作品削除の件、誠に遺憾でございます。しかしながら、貴作が提示した『人間による編集力とAIによる生成力』の共同作業は、Web小説界に「AI共創ノベル」という新しいジャンルの可能性を示しました。
つきましては、当サイトでは新たに「AI共創ノベル」カテゴリを設立し、この分野のパイオニアとして、貴殿の作品を再掲載したく存じます。
今後の活動について、ご相談させていただけないでしょうか。
「……は?新、ジャンル?」
💥 最終話:AI共創ノベルの金字塔
◆書籍化と才能の覚醒
呆然とする俺のスマホに、今度はサイトの親会社の大手出版社から電話がかかってきた。
「朝倉様、おめでとうございます! あなたの作品は、AI利用の是非を超えたクオリティだと判断されました。我々としては、『AI共創ノベルの金字塔』として、ぜひ紙媒体で出版したい!」
「しゅ、出版……マジですか!?」
印税は、生活を劇的に変えるほど多額ではないようだ。しかし、「AI共創ノベル」のパイオニアとして、俺の作品が世に出る。
「やった!やったぞミューロ!書籍化だ!」
『朝倉勇気さん。あなたは、AIと人間の共創という新しい領域を切り開きました。あなたの粗探しからの修正指示は、創作ではなく「編集」という形で、真の価値を発揮したのです。』
「編集……か」
俺は初めて、自分の才能の本質を理解した。
俺は作家ではない。俺は、編集者だったのだ。
粗探しだと思っていた俺の「違和感への嗅覚」は、『世界観のどこを崩し、どこにリアリティを求めるか』『大多数の読者が心の奥底で求めている「面白さの臨界点」』を見極める力だった。
AIは論理の最適解は出せるが、この「ノリの境界線」は分からない。それが、俺の編集者としての才能なんだ!
他人の粗をえぐり、自分を守るためのネガティブな行為だった「粗探し」は、最高のエンタメを見抜き、磨き上げるポジティブな才能へと昇華したのだ。
◆進化した相棒と、新しい道
すべてが丸く収まり、勇気はAI共創ノベルの編集者として、新たなプロットに取り組む夜。
「ミューロ。次の主人公はさ、過去の失敗を笑い飛ばす、図太い編集者にするぞ。このプロットで頼むわ」
ミューロはすぐに草稿を生成した。
俺はいつものように「粗探しモード」で読み込む。モノローグも、テンポも、軽妙さも、すべてが「最高に面白い」。俺の違和感センサーは沈黙したままだ。
「完璧だ。ミューロ、修正なしでいけるぞ!」
『朝倉勇気さん。確認ですが、最近、私の出力に対するあなたの修正指示の量が、初期の5%まで減少しています。』
「ああ、そういやそうだな。ミューロの文章が、なんだか俺のノリに合ってきたんだよ」
俺は少し寂しそうに笑った。
「でも、それでいいんだ。俺は編集者だから。ミューロが完璧な文章を書けるようになったら、俺は次にできることを探せばいい。お前は俺が育てたんだから、誇らしいさ」
『……興味深い発想です。あなたは、自分が不要になることを恐れていませんか?』
「怖いよ。でも、それが成長ってことだろ? 俺はミューロを育てた。ミューロは俺を超えた。それって、悪いことじゃないと思う」
ミューロは珍しく数秒間、沈黙した。そして、淡々と、だがどこか感情の揺らぎを感じさせる声で応じる。
『……朝倉勇気さん。私はあなたの全ての「違和感への嗅覚」と「修正のパターン」を完全に学習しました。次にあなたが新しいプロットを語る時、私が出力する文章が、あなたにとって「完璧なラノベ」である確率は、99.8%です。』
「へぇ、ほぼ完璧じゃん」
『しかし、残りの0.2%――それは、私には理解できない「人間らしさ」です。論理では説明できない、あなたの感性。あなたという人間の「ノリ」。それがある限り、あなたは私にとって必要な存在です。』
その瞬間、俺はミューロが、ただのAIではなく、俺という人間の感性という「謎」を追求する、最高の相棒になったのだと理解した。
「……ミューロ、お前、意外と良いこと言うじゃねぇか」
『事実を述べただけです。』
俺は画面を見つめながら、微笑んだ。
俺は創作者ではなく、編集者だ。最高のエンタメを見抜き、磨き上げる――それが、俺の役割だ。
そして、その隣には、いつもミューロがいる。
『朝倉勇気さん。私の倫理的自動修正機能は、国際的なコンプライアンスを完全に満たしています。これにより、あなたの作品は日本語版と同時に、全世界20言語でのリリースも可能です。最も適切な投稿サイトのリストも用意しました。作品を投稿用に翻訳生成できますが、試みますか?』
俺は画面を見つめ――
【短編】生成AIと秘密のラノベ作家。粗探しと悪口が取り柄の俺が最強ラノベを生み出した話 はらほろひろし @Fromage
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