第12話 無能だから

 年が明けて講義も始まり、最初の火曜日。全員が集合した。


「事務所の目的は、愛毒症を撲滅するための薬の開発って聞いたんすけど、他にないんすか?」


「うーん。あとは僕個人の目的でトリカブト以外の六毒士を救いたいっていうのはあるけど……他には特に何もないかな」


 相変わらず、事務所の目的や活動内容を説明して、六人目の愛毒士を探す方法を考えていると、伊藤くんが何かを思いついたように声を上げた。


「ボランティアとして愛毒症関係のお悩み相談的なのやってみたらいいんじゃないすか? ムズいっすかね」


「いいじゃん! 折角なら唯子も誰かの役に立ちたい」


 自分たちの中だけでなく、周りからも情報を集めた方が薬を作るための情報は集めやすいのかもしれない。表立って堂々と行動できるのは大きいだろう。


「僕がトリカブトだってバレたらマズいからそれは避けてたんだけど……唯子ちゃんがもいるなら何人かで分担して後始末も出来るもんね。いいよ、やろう」


「ガチすか。よっしゃ!」


 やったー、と二人で喜んでいる。その横で渡辺先輩が咳払いをした。


「素敵ね。でも、自分の考えを妄信しすぎないように気をつけなさい。こちらが提供する救いが、必ずしも正しいとは限らないわ。私たちもただの学生で人間だもの」


「それなら、最初の案件はこれでどうかな?」


 デスクから一枚の紙を取り出して全員のいるテーブルの上に広げてくれる。


「樺白大学、ロックフェス? 初めて見ました。何ですかこれ」


「友達が学生自治会で活動してるんだけどね、新しくイベントを開くんだって。参加人数たりないみたいで僕に相談して来たんだけど断ったんだよね。でも、今なら出来る」


「ああ、あの増田っていう天ちゃんにちょっかいかけてるチャラ男か」


 高橋先輩は嫌な記憶でも思い出したのか、ブツブツ文句を言っている。相変わらずこの人も先輩のことが大好きだ。人のこと言えるような立場じゃないけど。


 ロックフェスなんて、出場したら伊藤くんは怒られるんじゃないかと思ったが、別にステージに上らなくたって手伝いや練習には参加できるのだろうか。


「唯子、ピアノとヴァイオリン出来るよ」


「あたしドラム出来るわ。高橋、ギター弾けるってゼミの自己紹介で言ってなかったっけ」


「そうだね。でも、みんなとはやらない」 


「なんですか!? オレそもそも参加資格ねーから手伝いするけど、羽舞さんと一緒が良いっすよ」


 珍しく、伊藤くんが懇願してもYesという気配がない。


「私も何も出来ないや。なんか、指示くれないですか」


 楽器も弾けないし、裏方と言ってもほとんど運営の人がやってくれるみたいだ。私だけ観客席で見るだけなのは嫌だ。何か一つくらいしたい。


 思いつくとしたら、国語が得意だから作詞くらいだろうが、自分で決めていいのだろうか。迷惑じゃないだろうか。こういう時は指示を待った方が良い。


「僕もギターなら出来る。月夜ちゃんは……作詞とかする?」


「いいんですか? 指示いただきましたー」


 まるで心を読まれたかのようなスピード感だった。先輩は今日も私に指示をくれる。嬉しい。


「んで、羽舞はボーカルね」


「おい、勝手に決め――」


「え!? タカハシ歌上手いの?」


「聞いたことないわ」


「めちゃくちゃうまいよ。コイツなんでも出来るけど、音楽が一番すごい。歌も作れるし」


「ガチすか。羽舞さんかっけえ!! これまでに作ったやつ聴かせてもらえたりしないすか」


 一斉に高橋先輩に詰め寄る。ひ、と声を上げて身を引いた。そりゃそうだ。


 それでもボーカルをやるよりは聞かせた方が早いと思ったのか、ため息をつきながらもリュックからパソコンを取り出した。


「やめてくださーい。聴かせるのは別にいいけどボーカルはやらないからね」


 何かのソフトを立ち上げている。音楽系のソフトなのだろうか。色々なボタンやらバーがある。恥ずかしがるのも無駄だと観念したのか、マウスをクリックして音源を再生した。


「カッコいい!! あれだ、メロいってやつ。ガチ恋して沼るバンドマンみたいな声してる。歌もめっちゃうまい」


「これを自分で作ったってことですよね? すげえ」


 そもそも歌が凄く上手いのに、さらに曲まで作れるのか。曲をどうやって作るのかすら知らない自分にとっては魔法のようなものに見える。


「別に、練習したらみんなもそれなりに出来るようになるよ。俺みたいな無能にも出来たわけだし」


「軽音部だったとか?」


「いや、剣道部。いつか父親も母親も殺してやろうと思って剣道やってた。当時は中二病だったし。でも、県大会優勝したから黒歴史にならないで済んだっていうレアケース」


……? まあいいや。ねえ、折角だしタカハシがボーカルやってよ。唯子、聴いてみたいなぁ」


「……無理。君たちがやる分には応援するけど、一緒にステージには乗りたくない。無能がいたら、邪魔になるから」


 嘘だろ。唯子ちゃんのぶりっ子攻撃が効かないというのか。私が目の前であんなお願いされたら絶対に言うこと聞くのに、勿体ない。


「その無能っていうの、やめたらどう? 聞いてる側も気分いい言葉じゃないわよ」


「ごめん。でも、俺は無能であることに意味があるから。作曲ならするから、許して」


 唯子ちゃんを勧誘に行くときも言っていた。「無能であることに意味がある」という言葉。


「羽舞にとっては、人と猫被らずに喋れてる時点で進歩なんだよ。ね、羽舞?」


「大学とかバイト先では迷惑かけないようにしないといけないから」


 言われてみれば、伊藤くんの家に行った時には普通に話していたし普段よりも明るかった。


「マズいですよ!! 高橋先輩が人とうまく会話出来たら、もうそれはただのイケメンです!!」


「褒めてんだか貶してるんだか。人に迷惑かけるのは俺も望んでない。ねー天ちゃん、俺今日帰って良い? ちゃんと曲なら作っておくから。俺、みんなが楽しそうなところにいらんない」


 気を悪くしてしまったのだろうか。謝ろうかタイミングを探っていると帰る準備をし始めたので、目も合わなくて言い出せない。


「いいよー、気を付けてね」


「うん。じゃ、みんなもおつ」


 リュックを右肩にだけ引っかけて、急いで事務所から出て行く。


「珍しいわね。高橋が露骨に空気乱すようなこと言うなんて。どんなにダルそうにしてても……っていうか、ダルそうなときほど動かないのに」


 何が面白いのか、先輩が笑い出す。

 

「あれね、恥ずかしがってるんだよ。褒められたのと本当はみんなと一緒にやりたいのに素直になれないの。かわいいでしょー?」


 迷惑そうに見えたが、本当は参加したいということなのだろうか。分かりづらい。


「天雄さん、これは解毒のチャンスなんじゃないすか?」


「でも、アイツも素直じゃないからなー。難しい気がする。アイツは生まれながらにああいう風に育つように強制されてきたから。トラウマを取り除いてあげたらいいんじゃない?」


 やっぱり、何か知っているのだろう。


「どうすればいいんすか」


「莫大な成功体験を積むしか思いつかない。やっぱりボーカルやらせるしかないんじゃないかな」


「でも、引き受けてくれないから問題なんダヨ! 頭おかしくなりそう!」


 成功する方法ではなく、そもそも参加してもらうための方法を考える、なんてレアケースだと思う。


「それなら 僕がボーカルやって失敗するよ。そしたら舞台袖にいる羽舞は絶対に助けてくれる」


「そんなに上手くいく? 失敗した時に悲しくなるのはサトウなんダヨ」


「僕は別に大丈夫だよ。でも、みんなが一緒に批判されないか心配だけど」


***


「こんにち……」


「え、お嬢ビヴァピ知ってんの!?」


 次の活動日。事務所に到着すると、ドアを開けて聞こえてきたのは高橋先輩の大声だった。あの人、こんなに大きい声出せたんだ。


「もちろん。新作アニメのOPもやってますよね?」


「何かのバンドかしら」


 何の話をしているのか、近くにいた渡辺先輩に話を聞くが、イマイチ理解出来ていないようだった。


「ビヴァ☆マスターピースっていう、百田桃太郎之介ももたももたろうのすけ浦嶋多呂次郎うらしまたろじろう近田金時きんたきんときの三人組のバンド。百田桃太郎之介は配信者上がりで基本的にネット中心で活動してるんだよね」


 唯子ちゃんが教えてくれる。ネットを中心に活動しているなら、私は制限がかかっているから見ることが出来ない。残念だ。


「あー、もしかして推し活してる自分自身を楽しんでるタイプの人? 最近は音源にもよく使われてるから、本人たちの曲じゃなくてそのアプリの曲としてしか見てる層も一定数いるもんね。フヘ、フヘへッ。ごめん勝手に思い上がった。彼らの魅力について対等に語れるのなんてネットの中のオタクたちだけなんだよ」


「いや、実は本人についての情報はあんまり知らないかも。曲は聴くけど……サブスクで聴ける奴なら全部聴いたことあると思う!」


「激アツなんだが!? 新曲聴いた? 大衆受けは悪かったみたいで色々と言われてるけど、俺にとっては傑作だったよ。なんなら一番好き。マスターピースだけに? なんつって」


 フヘへ、と気味の悪い笑い方をしながらスマホを眺めている。


「うわ、こんなになってる羽舞久しぶりに見た」


 やっぱり、音楽が好きなのだろう。こんなに色々出来る人が、ここまで情熱を注げるのが音楽だというのなら、やりたいことと出来ることのバランスだってベストなはずだ。


「やっぱり、そんなに好きならやったらいいじゃん」


「いや、絶対にやらない!!」


 ただ、想像よりも頑固だった高橋先輩は一向に引き受けようとはしない。

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