第3話 指示待ち人間
「どうして、そう思ったの?」
「特にこれといった理由はないですけど、存在そのものが嘘くさいっていうか、ニセモノ感が強いって言うか……人間にニセモノもクソもないんですけどね!?」
元々怪しすぎる存在ではあるが、この人の動きには人間らしさがない。視線の動かし方やちょっとした仕草ですら、何か意図があるかのように見せてくる。
「すごいね、そんなこと考えてたんだ? 月夜ちゃんって、行動する事とか選択する事が苦手なだけで、めっちゃ想像力豊かなんじゃない?」
「え!? 褒められた、うれしー!! ……じゃなくて、答えを聞かせてください。車を運転できないフリしてるのも、正直よく分かんないし」
隣に座る佐藤さんの動きを観察する。しばらく悩んだ素振りを見せた後で、悪い顔をしてこっちを向いた。
「教えないよ、教えるわけないじゃん。何でもしてくれるなら教えてあげてもいいけど」
答えられずにいると、少しずつ距離を詰められる。何を考えているのか分からなくて、正直怖い。
「ちょうど課題終わったから来てくれる……って、佐藤さん! こんなところで鈴木のこと口説かないで」
佐藤さんを押しのけて、戻って来た渡辺さんが身体を引き寄せて抱きしめてくれる。
「別に口説いてないんですけどー」
両手を耳の脇まで上げた佐藤さんは、無罪を主張するかのように離れていった。
「ごめんなさいね。怖かったでしょ」
よしよし、と抱きしめたまま頭を撫でてくれる。人に撫でられるなんて久しぶりだ。少しきつい香水の匂いには慣れないが、きっとこの人は優しい人だ。
「渡辺さんはいい人なんですね」
「ありがと。ちなみに高橋の車、あたしも一緒に乗せてもらう。このあと彼氏とご飯に行く約束だからちょうどいいし。もう少しで一周年記念なのよ」
「そうなんですか、おめでとうございます」
どう反応するのが正解か分からないが、空気が読めない奴だと思われては嫌なので話を合わせる。
「蜜熊ちゃん、今まで彼氏いたことないって昨日居酒屋で言ってたよね? どれが本当か分かんなくなってるじゃん、嘘つき過ぎて」
「そうだったかしら」
こっちも嘘つきかよ。佐藤さんの幼馴染が来てくれるまでまだ少し時間がかかりそうだ。何か喋って時間を潰すしかない。
「トリカブトって、私たちのこと他の人とは違く見えてるものなんですか?」
ふと気になっていることを質問すると、面白い質問だと褒めてくれる。
「そうだね、ちょっと違く見えてる。ちなみに、今回は小規模で伝染するパターンかな」
「どういうことですか?」
佐藤さんの話を理解できずにいると渡辺さんが教えてくれた。
トリカブトとその他の愛毒士の出現の仕方には種類があるらしい。世界各地で愛毒士が出現するパターンもあれば、今回みたいに一か所で知り合い同士で出現するパターンがある。
前者が初代だとしたら、今回は後者にあたると思っているらしい。
「ちなみに今何人見つけ——」
ガチャン、と突然ドアが開く音がして肩を震わせる。
「天ちゃん、車。そっちが鈴木さん?」
この人が例の幼馴染だろう。百七十センチくらいの身長で、痩せ型の人だった。
二重で切れ長のつり目に対して、眉は不安げにひそめられている。中性的な見た目で、とても綺麗な顔をした人だ。
そして何より目を引かれたのは髪の毛だった。
「真っ白だ……」
「気になる? これね、ブリーチ4回してる」
自身の髪の毛を撫でつけながら、気だるげな表情を浮かべている。ブリーチをすると痛みやすくなると聞いたことがあるが、サラサラだ。
「あなた天ちゃんから騙されたんでしょ。よくホイホイついてこられるね。拉致られたらどうすんの」
「指示……門限を破る方が怖いので!」
「重症じゃん」
引かれるかと思ったが、その一言だけで特に興味もない様子だった。基本的に他の人には興味がないタイプの人なのかもしれない。
「羽舞と蜜熊ちゃんは樺白大学の三年生だよ。羽舞と僕は幼馴染。蜜熊さんとは今年の春に知り合ったんだ」
今は十二月の中旬。この事務所が動き出したのは半年以上前ということか。
「
三人とも同じ大学の先輩だ。しかも渡辺先輩と高橋先輩とは学年も一つしか違わない。それだけで親近感がわいて、一気に距離が縮まった気がする。
「佐藤さんのご両親は今や有名な製薬会社取の社長と副社長だから、あたしの研究にも必要な情報を持ってそうだと思って快諾したの。あたしは学部の三年生で一番成績がいいのよ。履修登録とか過去問の相談なら、いつでも待ってるわ」
「え、めっちゃ聞きたかったです。基礎科目とか必修科目がある一年生の時なら過去問貰えたってこと!?」
学部で一位ということは教えるのも上手いのだろうか、勿体ない。
「鈴木さん、この人嘘つくから。全然一位じゃない」
「これも嘘!?」
「まあ、上位ではあるのよ。成績の分布見てみると自分の立ち位置が分かるわ。鈴木は法学部よね」
大学のアプリを開いて、成績表関連のページを開いて見せくれる。確かに私は法学部だが、別に興味があるわけではない。
「……はい。将来立派な職について、両親を安心させてあげたいなって」
この気持ち自体は本当だと思う。程度の話になった場合、そこまで強く思えないだけ。
「大変だね」
高橋先輩から同情の視線を向けられる。どこまで本心かは分らないけど。
「これで喜ばれるなら、生きてる意味があるので! あの、高橋先輩のハブってあだ名じゃなくて名前なんですね。コードネームみたい」
「コードネームは草。これ本名ね。オタクくん、無能の割に名前だけはカッコよくて乙ですとか思ってんべ」
「無能……?」
吐き捨てるようにそう言って、これ以上触れて欲しくなさそうに視線を逸らされた。後ろから渡辺先輩が助言をくれる。
「あんまり気にしちゃダメよ。この人ネガティブ過ぎて一緒にネガティブになりそう。顔面の良さで誤魔化してそれっぽい表情に見せてるけど、ただの根暗よ」
「酷い言いようですね」
「ほら、早くいかないと怒られんでしょ? 送ってあげないよ」
すぐに謝って、送ってくれと頼みこむ。電気を消して、カギをかけたら促されるままに車に乗せてもらう。
運転席には高橋先輩、その隣に佐藤さん。私が運転席の後ろ、その隣に渡辺先輩が座った。
「そういえば、渡辺先輩は愛毒症じゃないんですか」
「別に家庭環境も悪くないし、友達もそれなりにいるから上手くやってるし。なんなら実家は太い方だから問題ないわ」
言われてみれば、持ち物や香り、スタイリングからなんとなくお金持ちなのは予想できる。持っているバックも恐らくブランドものだ。私ですら見たことがあるロゴが刻まれている。
「鈴木さん、家の前まで行っちゃっていいの?」
「え? 家知ってるんですか?」
「天ちゃんから……おい、またやったな。無許可で人の個人情報やり取りしたらダメって教えたでしょ」
信号で止まっているのをいいことに、肘で殴られている。
「えー、そっちの方が早いと思ったんだもん。特権ね、特権」
「それをホイホイ俺に教えんなって言ってんの。誰かが俺のスマホに不正アクセスしてたらどうすんの。無能のせいでこの子が危険な目に遭ったら切腹するが」
どうしようとブツブツ呟いている。隣で渡辺先輩もため息をついた。いつものことなのだろう。
「切腹はしなくていいので、最寄りまでお願いしてもいいですか?」
むしろ切腹されたら困る。何がツボにはまったのかは分からないが、佐藤さんは爆笑している。
そんなこんなしているうちに、最寄り駅まで着いた。
「特に活動日決まってないから、またアプリ使って連絡するね」
「高橋先輩もありがとうございました」
「どうしたしまして。暗いから周り気を付けて」
車から降りてお辞儀をする。手を振ると、渡辺先輩も振り返してくれたのが意外だった。
スマホで時間を確認すると、まだ十分以上ある。走れば間に合うだろう。
「……ん? 待って、なんで佐藤さんはアプリ入れられたんだろ」
私のスマホに入れられるアプリは制限されているはずだし、スマホの使用時間もその内訳が表示されるようになっているはずだ。それにも表示されていない。
それなら、どうやって——。
『明後日の集合時間十七時。事務所に来てね! まずは愛毒士を集めるところから』
そして私は考えないことにして、家までの
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