第21話 サトル、懐かれとる

 勢いよく立ち上がった炎魔のバルルン。

 その鋭い爪が伸び、サトルに襲い掛かる。


「ふぐぅぅ……。あ。これ無理。痛い。あたい、よく考えたら怪我したの生まれて初めてじゃん。無理ぃ」


 彼女の爪は引っ込み、その場にしゃがみこんだ。


「ほら。我慢しないで。この傷薬使うと良いよ! 多分だけど、その怪我してる右手にかけたらキクんじゃないかな? 俺はそんな感じで想像したし」

「……それかける時、痛くない?」


 どこがとは言わないが大変にバルルンとしているバルルンがしゃがみ込んだまま、上目遣いでサトルに尋ねた。

 サトルは紳士らしく「おっほぉ!!」と吠える。


「頭の中クサットル師匠……」

「ちょっとヤメてくれる!? その名前で俺を呼ぶの!!」


 ライカにとってはちょっとしたいたずら、あるいは戒めのつもりだった。

 しかし「クサットル」という名を聞いてバルルンの眼の色が変わる。


「お前! クサットルと言うのか!?」

「言わないよ!? いや、たまにそう呼ばれるけども」


「おのれ! お父様の仇!! お前に敗れてからお父様はおかしくなられたんだぞ!!」

「お父様? それ人違いじゃないかな? 俺、こっちに転生してまだ1ヶ月くらいだし。知り合いだって村の外にはいないし。ましてや魔物のお父さんでしょ?」


 サトルの脳裏に浮かび上がるのは「フハハハハハ」と高笑いをする溶岩の魔人。

 一瞬だが、目の前にいるバルルンとバルズバランの関係性を疑った。

 だが、すぐに思い直す。


 バルルンは褐色でハリのある肌をしており、体が岩石で構成されていたバルズバランとは似ても似つかない。

 ならば血縁関係などあろうはずがない。



 ちなみにバルルンはお母さん似である。



「もう乗り掛かった舟っす。とりあえず薬使ってもらいましょ。効果は保証するっすよ。サトル師匠のスキルは本当にすごいので。スキルだけは」

「なんか棘があるな、ライカちゃん。俺、ライカちゃんのたまに捲れるスカートも好きよ?」


「はいはい。じゃあ手ぇ出すっすよ」

「くぅぅ。屈辱だ。人間ごときに助けられるなど。……はい。出した。痛くしないでよ?」


「師匠。お願いします」

「よしきた」


 サトルが『すごくキク傷薬』の薬瓶を開けて、それをドバドバとバルルンにぶっかけた。

 怪しい光がバルルンの右手を包み込む。


 それからわずか数秒。


「あれ!? 痛くない!! 痛くないんですけど!! なにこれ! ホントにすごいじゃん!! 人間! お前、とにかくすごいな! えっと、男の人間!!」

「俺はサトルだよ」


「そっか! ありがとう、サトル! これまで人間は見かけたらとりあえず殺すものだとお父様に教えられて育って来たけど、お前みたいにすごいヤツもいるんだな!! 女の人間!」

「ライカっす。この子、発言がいちいち怖いんすよぉ……。あたしは何もしてないからって殺さないでくださいよ?」


 バルルンが「へへっ」と笑ってから言う。


「お前、サトルの部下だろ? そんな事しないし! それよりライカ! お花の冠の作り方を知ってる? あたい、大至急それが必要なの!」

「うえぇ? お花の冠っすか? いやー。作り方までは知らないっす。そういうのはニナが専門なんすけど」


 一応念のため、万が一の事も考えてライカはサトルに尋ねてみた。


「師匠。お花の冠って想像できるっすか?」

「存在は知ってる! 見た事はないし作った事もないね!!」


「あ。承知っす。じゃあ『創造』は無理っすね。時間かけて頑張って、なんか変なのが出てきて終わる流れが見えたっす」

「そうだなぁ。俺たちはもう用事も済ませたから村に帰ろうかと思うんだけど。君も来る?」


「えー。またむちゃくちゃ言い出すんすからー。魔物に襲われてから1ヶ月経ってないんすよ? アシュロフト村の人たちがビックリするっすよ」

「大丈夫じゃない? この子、そんなに魔物っぽくないし。ニナに聞けばお花の冠もすぐに作れるだろうから。それ持って帰ってもらおうよ」


 どうやらこの人間たちは自分のためにまだ骨を折ってくれようとしているらしいと察したバルルン。

 サトルの腕に抱きついた。


「サトルとライカ! お前たちいいヤツだな!! あたいはバルルン! 炎魔のバルルンだ!!」


 一瞬だが、「炎魔の」という言葉に聞き覚えがあったサトルは「おや?」と思った。

 思ったが、腕がやたらと柔らかかったのでそんな事はどうでも良くなった。

 ニナも大きいがバルルンはそれを超えるかもしれない、これは大変なことだぞと思い直して、もう最後のチャンスだったかもしれないバルズバランとバルルンの共通点をスルーしたサトル。


「バルルン! 良い名前だね!! 名は体を表すというし! ライカちゃんもプルルンとかに改名したらいいかもしれない!!」

「あたし師匠に弟子入りしてから今が最も下がってるっすからね。好感度。あーあー。男ってなんでこんなにバカなんすかねー」


 男ってほんとバカなのである。

 魔王軍四天王の襲撃というか、サトルの召喚から日も浅く、焼き払われた教会は更地になって再建の目処すら立っていないというのに。


 その四天王の娘を連れて、サトルとライカはアシュロフト村へ帰ることにした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃のアシュロフト村。

 かつて司祭だった男、元司祭が「むっ!!」と迫りくる何かの気配を察知していた。


「ミネアリス様!!」

「はい。どうなさいましたか?」


「私、なにやら予感がします!!」

「な、なんの予感ですか? なんでわたくしの事をじっと見ているのですか?」



「ミネアリス様。その賢者の衣。金属の留め具が付いていますね?」

「まあ、はい。それがなにか?」


 この元司祭、未だにサトルの出した強力磁石を抱きしめて毎日を過ごしている。

 サトルの魔力を察知して、磁石復活の時が来るのかとワクワクしている。



 当然だが、もうこの強力磁石が輝いてスカートだったり何なら下着だったり、金属の付いているものを全て引き寄せる奇跡を起こす事はない。

 元司祭が察知したのはサトルと、そしてバルルンの魔力。

 意外と司祭歴が長かった元司祭、魔力感知に関してはミネアリスよりも長けていた。


「念のために確認させてください。ミネアリス様」

「だからなんですか!」


「賢者の衣の下はシャツ。つまり、シャツが磁石に引き寄せられると、次は下着ということでよろしゅうございますな!?」

「わたくし、やっぱりヒョッポリ教の在り方に疑問を抱いて正解だった気がします。司祭の中にも邪な考えを持つ者が紛れ込んでいる。こんな教団は滅びるべきなのかもしれません」


 サトルとライカがバルルンを連れて帰って来るまで、あと1時間ほど。

 幸いなことに武器屋は街道に面しており、アシュロフト村の東側の端にある。

 サッとニナを連れてすぐに村から出れば騒ぎにはならないが、果たして。

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