異型願望症 ~キメラシンドローム~

森野 葉七

異型願望症 ~キメラシンドローム~

 白く大きな立派な建物が立ち並ぶ。

 そこは中堅レベルのまあまあ有名な大学。

 入口の大学名の付いた簡素な門をたくさんの学生がくぐる。

 その学生の集団から少し外れて、一人の男が下を向いて溜息をつき、重い足取りで歩いていた。


 男がなぜそんな状態になったのか。

 それは突然何らかの悲劇が起きたという訳ではなく、日々の慢性的な疲れからくるものだった。

 毎日一人で、いつ役に立つかも分からない勉強をして、帰って何もできずに寝る。

 そんな男の習慣は一見普通の学生生活かのように見えるが、男にとっては娯楽のない牢屋に閉じ込められて放置されるようなものだった。


 その上、男は大学の勉強についていけなくなりつつあった。

 男にとって唯一人並みにできることだと思っていた勉強ができなくなったことで、男は自信をため息と共に下り階段へ落とした。


 キャンパス中央の広い道を眺めてみれば、大勢の楽しそうに会話をする人達が目に映る。

 男は自分と景色を対比させ、劣等感や自分の場違いさを感じた。

 男は歯を強めに食いしばり、握り拳を作って太ももに押し付けた。


 男は講義をサボったことはなく、課題だって欠かさないし、ズルなんてものは以ての外だ。

 だが、それなのに、なぜ男は自分はこんな風なのか。

 なぜ周りの人たちの方が自分より幸せなのか。

 これでは自分が余りにも惨めで馬鹿らしいじゃないか。


 男は願った。

 周りがあっと驚くようなものを。

 そして、自分だけのものを。


 だが、ここは現実世界。

 そんなに都合よくファンタジーのような神からの贈り物なんてのは来ない。

 むしろ男は溜息と精神を下り階段にすり下ろされ、減っていくものしかなかった。


 男はある夜から夜更かしをするようになった。

 少しでも長く学校以外の時間を過ごしたかったのだ。

 夜更かしは続き、習慣となり、明らかに男の体に悪影響を及ぼしていた。

 すると朝、男が鏡を覗くと目が赤くなっていた。

 充血している。

 確実に夜更かしのせいだろう。

 ところが、男はその赤くなった目を見て気分を逆流させた。


 目が赤い。

 普通じゃない。

 自分は今、特殊な状態なんだ。


 と、男はそう思った。

 また、ある日風邪をひいた時。


 これは病弱というやつではないか。

 ほら、親も心配してくれる。


 と、男はまたも気持ちを持ち上げた。

 もはや普通じゃなければなんでもいい。

 とにかく自分が特別で居たい。

 自分だけのものが欲しい。

 男は追い求めていた欲を満たす特別感をそうやって手に入れていった。

 それが悪か良か、なんてのは欲の霧で見えていない。


 そんな状態の続く男に、ある情報が目に入った。

 それは自傷行為だった。

 男は素直にそれを"楽しそう"だと思った。

 自分で「特徴」を作ることで、自分から「特別」になることが出来るのだ。

 男にとってやらない手はない。


 男は試しに小さな刃物を一振り、左腕に当てた。

 左腕に赤い線ができる。

 男はまた「特別」に近づいたと思い快感を得た。

 最初の数日は少しだけだったが、傷を見た人の驚く表情が男の欲を掻き立て、赤い線の本数は日に日に増えた。


 やればやるほどに周りからの視線が自分へと向けられる。

 まるで舞台のスポットライトを浴びているかのような高揚感が感じられる。

 ずっと考えていた願望が満たされていき、男の気分は人生の中でも最高峰へ登っていた。


 男の行為は急加速でエスカレートし、刃物も少しずつ大きくなる。

 大学から帰宅し、真っ先に自室へ籠る。

 引き出しを開けて刃物を取りだし、今日も自分づくりに励もうとした、瞬間。

 刃物は男の左腕を通り抜けた。

 男は家族によって急いで病院へ運ばれ、一命を取り留めたが、結果は残念なものだった―― 一般人なら。


 男は左腕を眺めながら、笑った。

 それも満面の笑顔。


 ――もっと「特別」になりたい。

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異型願望症 ~キメラシンドローム~ 森野 葉七 @morinobanana

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