クリスマスナイト〜弱気な僕はカオスなテーマパークで駆けるだけ〜

むーん🌙

第1話 Christmas Time Is Here

「ち、違うんですよ! ビッグボス!」


「何が違うのよ、サボってたんでしょう?」


「違うんですって、これには訳が……」


「まぁまぁ、ビッグボス落ち着いて……。タテノくんも何かあったのかもしれないし……」


「もう! あかねちゃんがヘルプに入ってくれたから良かったものの……」


——あぁ、また怒られちゃった


 持ち場に戻った僕を待ち受けていたのは、僕の代わりに対応をしてくれていた同期のあかねちゃん……だけではなかった。その横にはビッグボスがこれこそ憤怒であるぞという顔で僕のことを待ち受けていた。顔を真っ赤にして怒るビッグボスはまるで関羽のように見えた。


ピリリリリ


 ビッグボスのスマホに着信が入る。画面を見ると、まだヒビが入ったままだった。今は繁忙期も過ぎて余裕があるのだから、そろそろ修理したほうがいいんじゃないかなと思ったが、今それを言っても火に油になる気がした。ヒビが入ったまま酷使されるスマホのことを思うと居た堪れない気持ちになる。きっとスマホも「僕こんなにヒビ入ってるのに、まだこんなに使われるの?!」と驚いていることだろう。


「ちょっと私向こう行ってくるから、仕事終わりに話しましょう! ちゃんと待っとくのよ、タテノ!」


スタスタ


——はぁ……また居残りのお叱りだぁ……


 肩を落としてガックシと落ち込む僕にあかねちゃんが話しかけてくる。


「もう、タテノくん。一体どこに行ってたの?」


「実はさっきカッピーさんが来てて」


「えー! 元気そうだった?」


 カッピーさんと言うのは、先日パークを辞めたダンサーさんである。僕やあかねちゃんの担当するエリアで働いていたダンサーさんだった為、少しだけ交流があったのだ。


「……そういえば聞いた? タテノくん」


「え? 何が?」


「カッピーさん、ハナさんとデートしたらしいよ」


「え?! あの2人そんな感じだったの?!」


「ね?! あと噂だけど……キスしたらしい……」


「え?! ききききキス?!」


——カッピーさんがハナさんとキス?!


 カッピーさんとハナさんと言えば、先日のオールナイトイベントでトリを飾る堂々たるダンスを披露した2人だ。あの時のショーはすごかった。感動そのものが踊っているようだった。それにしても、いつの間にかあの2人の関係がそこまで進展していたことに驚く。あれかなぁ。ドラマでの共演がきっかけで付き合う俳優みたいな……そんな感じかなぁ……。


『みんなぁー! サンタさんがクリスマスのプレゼントを持ってやって来てくれたよぉー!』


『ほう、ほーう。メリークリスマ〜ス!』


 メインステージの方からダンサーさん達の声が聞こえてくる。どうやらクリスマスの期間限定のショーが始まったようだった。


——そうか……クリスマスか


 クリスマスを宗教行事として捉えている人が一体この国にどれだけいるんだろうか。僕たち一般人からすれば、クリスマスといえば……。


「お、クリスマスのショーやってんじゃん」


「そっかー。もうクリスマスだもんねぇ。今年もケンと過ごせて嬉しい丸だょ〜」


「カオル……今年も最高のクリスマスを過ごそうな……」


「きゃーー! 私ケーキ作っちゃおうかなぁ!」


「マジかよ、最高のクリスマス確定じゃん!」


キャッキャ、イチャイチャ


——くそぅ、妬ましい


 僕は近くでイチャイチャと戯れるカップルを見て、妬ましい気持ちでいっぱいだった。あぁ、僕もあかねちゃんと。あかねちゃんと2人きりで熱く赤く燃え上がるような愛に溢れたクリスマスを過ごしたい……。しかし、僕とあかねちゃんはまだ只のバイト仲間の同期だ。少しだけ2人で遊んだりはしたけど……まだ……。


「どうしたの、タテノくん?」


「え?! あ、いや何でもないよ。あはは……」


 クリスマスまであと一ヶ月半くらい。それまでに僕はあかねちゃんと恋仲になれるだろうか。いや、なってみせる! その為にも……。


——まずはデートだな


◆◆◆


——どうやってデートに誘うべきか……


 僕はパークの一角で壁に向かい、あかねちゃんをデートに誘う方法を思案していた。ここは一般にも解放されている休憩スペースなのだが、パークの中でも奥まった場所にあるせいかここで休むお客様はまばらだ。


「タテノ、こんなとこでいつもサボってたの?」


「げっ、ビッグボス……! ち、違うんです。これは……」


「あ……。タテノも、その絵気になる?」


「え?」


 そう言ってビッグボスが壁の方を指差す。そこで僕が見つめていた壁には絵がかかっていたことに気づいた。こんなところに絵が飾ってあったのか。


「この絵、ずっとここにあるんですか?」


「私がここで働き始めた頃にはあったわね」


「へぇ、そんな昔から」


「ふふ、私も新人の頃よくここで絵を見てたのよ」


「ビッグボスに新人の頃なんてあったんですか?」


「ふふ、なによ。そりゃあ、あるわよ」


 ちょっと失礼な質問だったかとも思ったけど、ビッグボスはにこやかに返事を返してくれた。先ほどの真っ赤な顔が嘘のようである。もしかしたら、この絵のおかげで柔和になっているのかもしれない。今度から怒られそうな時はここにビッグボスを連れ出すべきか……。


「……。仕事でうまくいかなかった時や、落ち込んじゃった時によくここでこの絵を見てたのよ」


「へー、ビッグボスにもそんな時が……。でも、この絵結構古く見えますね」


「噂だけど、開園当初から飾ってあるらしいわよ」


「じゃあ、20年前くらいから?! これパークの入り口の広場を描いた絵ですよね。昔から変わらないんだな〜」


「そうね。昔から色々変わったところもあるけど、変わらない場所だって沢山あるのよ」


「ビッグボスもその一つになるかもですね!」


「え?」


「ウルパーのスタッフといえばビッグボスじゃないですか! ボスのお姉さんどこですかって言うお客様もいるし……みんな頼りにしてるじゃないですか!」


「そうかしら。そうだと嬉しいけど……って、タテノがちゃんとしないから、私が大変なんでしょうが!」


「そ、そうですよね。ごめんなさい……」


「もう、いいわ。休憩も程々にしなさいよ」


スタスタ


 そう言うとビッグボスは絵の飾ってある休憩スペースから出ていこうとする。その間際、タテノくんに仕事終わりに話をすると言っていたことを思い出した。


「あ、そうそうさっきのことだけど……」


しーん


「あれ?」


 ビッグボスが振り返ってタテノくんに声をかけようとすると、すでにそこにタテノくんの姿はなく、ただ絵が飾ってあるだけだった。


「あれ、さっきまでそこにいたのに……もう帰ったのかしら?」


 そう、そこにはただ絵が飾ってあるだけなのだった。

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