月、首輪

@sigatakiranpu

第1話

初稿

現代において、月見団子を実際月を見ながら喫食する人間はなかなかいないし、それが男となればもっといないし、さらにカップルでと限定すればさらにいない、ということを考える。それを口に出すと彼女からはこう返される

「当然のことをさも評論気味に言うのやめなよ。」と。

「でも哀しくも思わないか?月を見る団子と書くのに月を見ずとも食える、というかそもそもこの団子だってスーパーで買ってきた三色団子であって月見団子でもない。」

「だったら尚更どうして今哀しむの?」

「僕たちが意味を与えているんだ、月を見る時に食べることで、この団子は月見団子へと昇華される。僕らが月を見なくなった瞬間、月見団子と呼んでいられるかい?」

「もともと三色団子なのに?」

と、彼女は僕の白団子をひとつぱくっと奪ってゆく。満足そうに喉を動かすと持論を語り出す。

「そもそもこの団子は屋内で食べようとして私が君の分も買ってきたのにいきなり9月だ!月だ!とか言うからわざわざ暑い中ベランダで食べてるだけじゃない。それなのに意味だとか昇華だとか言われてもわかんないよ。」

正論である、僕は大した信条も持たず語った、もとい騙っただけなのでそれ以上続けずに最後の緑を食べてしまった。

「それじゃ、私はもう寝るからね、明日君は授業昼からだったかな?起こしはしないからね。」

ブツブツ文句を言いながら部屋入っていく彼女を横目に僕はスマートフォンを取り出す。

「これだって同じじゃないか。」

スマホだって本来はただ二進数の操作がちょっと多いだけの集合体にすぎない、なのにも関わらず現代人が十手や冠のようにそこに意味を見出して肌身離さず携帯している。

現代では必要不可欠だと?正直ガラケーの昨日さえあれば十分だろう。携帯系が必要なのは緊急の連絡程度であり調べものだか暇つぶしだかはそれが必要な時には他の代替案が存在する。つまるところ人間が「便利で小さくて欲求を満たしやすい機器」という意味を与えているだけだ。

「まあこんなことを考えてもなにも変わらないんだけどなあ。」

理工学部でプログラミングを修得しようとする自分には縁のない話だ。プログラミングこそ一番人間が意味を与えているじゃないか、とも言えるがそれはもっと根幹の話で我々はその意味を与えられたものを意味のために動かすだけなのだから。

あまりに長いこと考えていたらしく気がつくと近所の電車踏切はもう鳴らなくなっていた。そのまま寝るのも味気ないのでコンビニにでも行って感性を刺激しよう。

歩き始めて二度信号を見たあと、一匹の犬が出てきた。

「トイプードル……??ブルドック??これなんて言うんだ……?」

あいにく生物分類技能検定なんて取っちゃいないので僕には分かりやしない。だけれども彼(彼女?)についた首輪が飼い犬、迷い犬ということを示してくる。

「困ったなあ、お前どうする?警察に連れてくもんなのか?」

と信号がぴよぴよ鳴り響く中数分戯れ悩んでを繰り返していると少し愛着が湧いてきた。

ここで警察に渡すか、もしくは持ち主を見つけ出して返したらもう一生会うことはないだろう。仮に会ったとしても似たような顔の似たような犬なんて俺は分からない。やはりこの犬とはもう会えやしないのだ。

「首輪……か……」

邪推が浮かぶ。

「例えばの話だ。」

僕がこの首輪を外したら?

「この犬から飼い犬だという意味は失われる」

では僕がか首輪を買ってきてこの犬につけたなら?

「この犬に僕の飼い犬だという意味が植え付けられる。」

既に彼女を持って理系大学生として将来も約束されて深夜にコンビニに行こうとも思える財力も体力もあって、求めなくても済むのに、求めなくとも僕自身に意味は存在しているのに。

「僕が犬を飼っている、という意味は?」

意味なき意味探しを続けた末、僕は一人で帰ってきた。

僕は負けたのだ、神がこの世界に与えた意味という概念の前に、他人がつけた首輪という意味の前に。月見団子も月見団子として食べて、スマートフォンもスマートフォンとして使っていたのに首輪を首輪として扱えないわけがなかった。

僕は意味を嫌悪していたのかと思っていたがどうやらそれはある種の畏怖やら恐怖らしくその意味を変えられはしないようだった。


「おはよう……ってどうしたの……??そんなかっこして……気持ち悪いよ……??」

「大丈夫だよ、僕はもう意味に振り回されない。」

僕は意味を捨てた。

人間たる意味を捨てられない人間が意味を嫌悪できるわけが無い。僕を社会生物人間たらしめているのは他者からの意味の授与でありそれは文化的、社会的であるという信頼の元与えられる。だったらそれをなくしてしまえばいい。我ながら素晴らしく崇高だ。

「それがずっと考えてたことの結果?」

「そうだ、僕はまず人間としての意味を捨てなきゃいけないんだよ。いずれは君たちも、この世界をも。」

「……それが一番意味に振り回されてるんじゃないの??」

「……」

「意味を捨てるための行動に社会が意味を与えないと思っていたの?」

僕にはどうすることもできなかった


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