武士とドラゴン娘

青野ふーか

1 武士とドラゴン

0 Prologue


その龍の名はプリマリア。

プリマリア・ペルティネオノックス・アーキタイプドラゴンという。

厄災とまで呼ばれ、一国を一夜にして地獄に塗り替えた、史上最強最悪と恐れられた原初の龍、その愛娘である。


「汝が勇者か?」


プリマリアは問うた。

矮小なる人に。

刀を携え、勇猛果敢に飛び込んできた青年に。

青年は尊大なるプリマリアに怯むことなく、


答えた。


「否−−我こそは東の国のゲンイチロウ。ハザマゲンイチロウ。住所不定無職の浪人である!」


これがとある武士ととあるドラゴンの馴れ初めである。

よもやこの二人も考えてなかったことだろう。

今はただ、であっただけの一人と一匹が伝説とまで呼ばれる様になるのを−−


1.武士とドラゴン。


「……うん。名前長いからプリンで」

「なんじゃ!その甘くてプルプルしてそうな名前は⁉︎」


西の辺境国ランドバルド。

その竜騎士養成機関の寮の一室にゲンイチロウとプリマリアは対面していた。

明日から竜騎士として二人は初任務に赴く。

それに向けてのとある儀式を行っている最中だった。

儀式−−カッコよく呼んではいるものの、要は愛称を決め合うというものである。

龍騎士は一人と一匹、その一対で成立する。

お互いがどういった間柄であれ、契りを結んだ時点で魂の底にまで、両者の絆は深く刻まれる。

それは友達というにはより深く。

それは相棒と呼ぶに相応しい関係値となる。

故に−−愛称を決めなさい。と教官がいった。

果たして決める必要があるのだろうかと、ゲンイチロウは首を傾げたが、思いの外プリマリアが乗り気だったのと、流石にドラゴン娘と呼び続けるのも非道かなと思ったので、渋々愛称を考えることにした。

そして捻り出した答えが−−プリンである。


「いいじゃないか。なんか可愛げがあって」

「いーやーじゃ!なぜ妾がそんな美味しそうな名前で呼ばれなきゃならんのじゃ」


腕を組んでそっぽを向くプリマリア。

毛先がふわりと舞い、金色と黒のグラデーションに染まる長髪が陽光で輝いている。

見た目は幼い。

幼いというより若い。大体15から16の容姿をしている。

しかしゲンイチロウの10倍は生きているという。


「そんなことゆーたらゲンイチロウ。お前はもやしじゃ!」

「……なんかすごい貧弱そうな響きだ」


対してゲンイチロウは28歳。

痩せ型で長身のためあまり力がありそうには見えない。

この国では珍しい刀を一振り腰に差した侍である。

東の小国出身で、髪も黒いことも相まって機関でもかなり奇異の目で見られていた。

しかも相方がとても見目麗しいとはいえ、

大変傲慢で

大変不遜で

大変世間知らずのドラゴンなのだから尚更である。


「ふふん!たまたままぐれで妾に勝った貴様にはその程度がお似合いよ!」

「あれはどちらかといえば君の怠慢……」

「うるさーい!アレは妾が実質勝ちなの!わかった⁈」

「あーはいはいわかった。わかったよプリン」

「〜〜っ!だから妾をその名で呼ぶなぁー!」


こうしてプリマリアことプリンとゲンイチロウことゲンの儀式は終わった。

終わったわけだが。


「納得がいかん!妾は納得がいかんぞ!ゲン!」

「何がですかープリン姫?」


そう呼んだ瞬間だった。

一瞬にしてプリンの目つきが変わり、その赤い瞳でゲンを睨みつける。と同時に"まるで世界が歪んでいる"かの様な錯覚を感じさせるほどに怒気を孕んだオーラが辺りを包んだ。


「貴様……殺すぞ?」


背筋が凍るほどの殺気とはこういうものなのだろう。

並の人間であればそれだけで即死だ。

だがゲンは違った。


「で、何が納得いってないの?」

「………貴様に負けたことだ」


淡々と受け流され拍子抜けしたプリン。

やや不貞腐ながらゲンの問いに答えた。


「うーん。そうはいっても結果として勝っちゃったしね俺」


出会いの日。

傲慢で高飛車な龍の娘は突然現れた男に喧嘩をふっかけました。

お前が勝ったらお前と龍騎士契約してやる。まぁ勝つことはないと思うけどね!

なんて、ゆめゆめ敗北のことは考えていなかった。

男は金に困っていた。龍騎士になれば稼げると聞いていた男は目の前の龍が大金を運んでくる天使に見えたことだろう。

龍の喧嘩を即購入。

結果はご覧あれ−−男ゲンイチロウの勝利だった。


「アレは卑怯じゃろ」

「だから君の怠慢だって」

「いーや卑怯じゃ!ずるじゃ!詐欺じゃ!」

「うるせーこの高飛車娘!図にのったお前の落ち度だろ!」


ギャーギャーと二人の声は空高く−−


「うるせーぞお前ら!少しは静かにしろぉ!!」


響き渡る前に寮長が殴り込んできて大人しくする羽目となった。


◇◇◇


一夜明けランドバルド郊外。

そこにゲンとプリンはいた。

互いに装備を確認し、そばにいた教官に視線をやる。

その視線に気づいた教官は軽く咳払いをすると、手にした文書を簡単に読み上げた。


「−−今回の任務はワーウルフの討伐だ。領内に群れが発生しているらしく、周辺の村が被害を受けているらしい。情報によると大型の特殊個体が扇動しているという噂もある。君らにはその群れの調査と殲滅をお願いしたい」


要は害獣駆除、である。

龍騎士は一対で戦場を決めるほどの力を持つ。

故にその力は厳格に国で管理され、活用される。

今回の様な所謂害獣駆除の様なもので合っても、龍騎士が動く時は必ず国の許可ありきである。

それが初心者龍騎士であっても、だ。

そしてなにより。


「油断はするなよ新人。新人であっても君らは龍騎士だ。龍騎士が要請されるってことはそれなりの事情あってのこと。−−ただの害獣駆除じゃない可能性もある、ってことだ」


教官の親心もあるだろう。

ゲンとプリンの不安を少し煽る様に、任務について詳細を説明していく。

プリンのスカートの下からゆっくりと龍の尻尾が伸び、ペシペシとゲンの足を叩き始める。

イライラしている証だった。

腕を組みやや下を見、足はつま先でトントンと地面を叩き尻尾はゲンを叩く。

教官の煽り性能が高いのか、はたまたプリンの沸点が低いのか、その両方か。


「あ、あのー教官殿。そろそろ話を終わらしてくれないと俺の足壊れちゃうんですけど……」


プリンとしては児戯にも等しい程度だろうが、生身の人間がそれを受けるとなると、常に全力で殴られている様な感覚。

ついに、辛抱しきれずゲンが挙手する。


「おぉ、すまなかったな。君らのことが心配なんだよがはは」


すごい心にも無さそうな口調だった。

その様にプリンが呟くように口を開いた。


「ゲン。此奴喰っていいのか?」

「ダメだよプリン。その前に俺が斬るから」


ある意味似たもの同士の二人だった。

気に食わなければ斬る/喰う。

おそらく二人の過ごした幼少期は環境は違えど過酷だったのだろう。

ゲンは戦場を駆け人を斬り、

プリンは戦場を飛び火を吐き敵を喰らう。


「さぁ新人龍騎士よ。見事この依頼を成し遂げ、我がバルドランド此処に在ということを世界に知らしめてくれ!」

「「りょーかいいたしましたー」」


二人のやる気のなさそうな返事を聞いて共感はやや眉を顰める。

こうして二人の初任務が幕を開けたのである。

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武士とドラゴン娘 青野ふーか @humbluk

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