ピッツァ史の時代区分
■ 概要
ピッツァ史の時代区分は、人類が小麦粉を加工し、焼成技術を発展させ、都市空間・移民社会・資本構造・文化表象の中でピッツァをどのように位置づけてきたかを明らかにする試みである。
本資料では、近代以前の平焼きパン文化を起点に、ナポリにおける料理形式の成立、世界的普及、資本のグローバル化、象徴性の定着と変容を軸として、ピッツァ史を7つの時代に区分する。
■ 1. 前史的平焼きパン期
・時期
古代〜17世紀
・特徴
古代地中海世界において、小麦を石臼で挽き、薄く延ばして焼く平焼きパンが広く存在した。
ローマ帝国期には水車製粉が普及し、
中世を通じて地域ごとに製粉や生地発酵の技術が洗練されたが、
これらはあくまでパン文化の範疇にあった。
・意義
ピッツァ・ナポレターナへ直接連続する料理としての「ピッツァ」は
まだ成立していないものの、
後に特徴となる「薄い生地を高温で焼き上げる」という技術的素地が形成された。
■ 2. ナポリ都市食形成期
・時期
18世紀〜19世紀前半
・特徴
ナポリの都市文化の中で、薪窯による高温短時間の焼成技法が定着し、
発酵生地を円盤状に成形して具材を載せる料理形式が広まった。
この時期には、いわゆる「ピッツァ職人」が暗黙知を共有する形で成立し、
生地の扱い、窯の温度管理、具材配置の技術が集積した。
・意義
ピッツァはパンから独立した都市的即食料理として性格づけられ、
後のナポリ料理としての輪郭が固まった。
■ 3. ナポリ料理象徴形成期
・時期
19世紀後半〜1880年代
・特徴
庶民食としてのピッツァは都市労働者の日常食として定着し、屋台文化と密接に結びついた。
1880年代にはイタリア王ウンベルト1世とマルゲリータ王妃にまつわる逸話が広まり、
ピッツァは象徴的な物語を伴う料理として文化的地位を獲得していった。
ただしこの逸話の史実性には疑義がある。
・意義
ナポリの地域性を象徴する料理としての位置づけが確立し、
ピッツァは近代食文化の中で独自の表象を獲得し始めた。
■ 4. 移民文化伝播期
・時期
1890年代〜第二次世界大戦(1940年代)
・特徴
大量のイタリア移民がアメリカを中心に世界各地へ移住する中で、
ピッツァは移民コミュニティの料理として定着した。
都市化と産業労働の拡大により、簡便かつ即食性の高い料理として受容され、
ピッツェリアの商業化が緩やかに進んだ。
・意義
ピッツァはナポリの地域料理から移民文化の料理へと変容し、国境を越えた普及が始まった。
■ 5. 商業的大衆化期
・時期
第二次世界大戦後(1950年代)〜1970年代
・特徴
アメリカにおいて冷凍技術、広域物流、チェーン化された外食産業が急速に発達し、
ピッツァは大量生産・大量流通の体制に統合された。
ガス窯・電気窯の普及により温度管理が標準化され、
調理工程は機械化とマニュアル化へ向かった。
・意義
ピッツァは産業的フードモデルの中心に組み込まれ、
世界普及に不可欠となる商業的基盤が整備された。
■ 6. 国際的標準化期
・時期
1980年代〜2000年代
・特徴
1984年にAssociazione Verace Pizza Napoletana(真のナポリピッツァ協会)が設立され、
ナポリ起源の製法を保護する国際的制度が整えられた。
同時に、各国で地域独自のピッツァスタイルが確立し、
外食産業としての大規模資本とクラフト志向の小規模店舗が
併存する多層的構造が形成された。
・意義
「真正性」と「多様性」が共存する食文化領域となり、
ピッツァはグローバルな料理としての普遍性を獲得した。
■ 7. グローバル資本食文化期
・時期
2010年代〜現在
・特徴
世界的な食文化交流の加速により、ピッツァは国際的チェーン、
地域食材を用いたローカル・クラフト、宅配・テクノロジー型サービスなど
多様な形態へと広がった。
SNSや映像文化の中で都市の象徴として頻繁に描かれ、
グローバルな文化記号としての存在感を強めている。
・意義
ピッツァは食文化・資本・象徴性が重層的に絡み合う国際的現象として再定義され、
社会的・文化的意味は一層複合化している。
■ 締め
この時代区分は、ピッツァ史を素材・技術・職能・資本・象徴性の重層構造として捉える試みである。
ピッツァは製粉技術や焼成技法に支えられながら、都市社会、移民文化、産業構造、国家的物語、グローバル文化のなかでその姿を変えてきた。
その歴史は、人類が食をどのように作り、共有し、意味づけてきたかを示す総合的な文化の軌跡である。
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