スレ番9が退職するまでの顛末『退職願の効力は絶大』
「おはようございます、部長」
会社に着くと、自分の席に座る前に部長の机の前に立つ。
「ああ、最上さん。おはよう」
昨日、俺にリストラ宣告したばかりなのに、その表情は特にいつもと変わらない。
罪悪感など微塵もないんだろうなぁ……
俺だったらリストラ宣告を部下にするハメになったら、宣告した後、どんな顔して部下と話せばいいか凄く悩むに違いない。
「昨日の話の件なんですが……」
と切り出し、俺はおもむろにめーちゃん印の退職願を部長に差し出す。
「ああ、悪いねぇ……僕も君にああいう事いうのは心苦しかったんだけどねぇ。ボクは会社に必要だけど、最上さんは……」
退職願に手を伸ばす部長の表情は言葉とは裏腹に底意地悪そうにニヤニヤしている。
そして部長が退職願を手に取った。
その瞬間、部長の底意地の悪い醜悪なニヤニヤ顔が無表情に変わり、俺を見下すような視線は光を失って虚空を彷徨うようなものに変化した。
瞳の中には昨日退職願に吸い込まれた魔法陣が浮かんでいる。
「ああ、お疲れさまです。最上さん……もう帰っていいです。必要な手続きは会社でやっておきます」
その声は人間特有の抑揚がなく、どことなく無機質なものに変化していた。
「あ、あの引き継ぎは?」
部長のあまりの変化っぷりに俺はびびり、腰が引ける。
「こちらから退職をお願いしたのだから、そんなのしないでいいですよ」
いつもの部長なら、ネチネチ俺の仕事の意味のなさを挙げ連ねて、最低でも1週間くらいは働かせるはずなのに……
「部長! そんなのこっちが困ります」
俺たちの話を聞いていた社員の1人がそう口を挟んできた。
まぁ普通はそうだろうな、俺も一応課長だ。一応部下たちに指示もしてきたし、俺が決裁してた書類もいくつかある。
どちらも引き継ぎしないと分かりづらいだろう。ただ全く分からない訳ではない。真面目に仕事をしてれば簡単にアタリは付けられる程度のものだ。
「引き継ぎはして欲しい……いいえ、引き継ぎなくても大丈夫です。最上さんには、最速で退職して頂ければと思います」
更に言葉を続けようとした社員の表情も焦りと必死さが滲んだ表情から、虚ろなものへと変化する。やはり瞳の中には魔法陣が……
「じゃ、じゃあ、自分の机の私物まとめたら、もう帰りますんで」
大卒からだから、勤続26年。
私物も結構会社にはおいてあるので、整理はしなくちゃならない。
「ああ、そうしてください。私物まとめている間に、人事に話しておきますので、細かい諸々の事は人事から聞いてください。あと退職日までは有給消化としておきますので……」
そう言うと部長は退職願を手にし、その場を後にした。多分人事部に向かったのだろう。
俺はなるべく動揺を表情に出さないように、自分の机に向かい、私物を整理し始めた。内心は心臓がバクバクだ。
え、え、えっ……ナニコレ、めーちゃんが言ってた大丈夫ってこの事なの?
あの部長があんな状態になって、異を唱えた社員もあんな感じになって……
こっちの意を汲むどこの話じゃないぞ、ほぼ洗脳状態じゃん。
大丈夫か大丈夫じゃないかでいえば、大丈夫だし、大いに大丈ばない。
めーちゃんの能力凄いな。しかもなんか唱えてた時、めーちゃんはそんなに大それた事やってる感じでもなかったんだよな。
そりゃあ、瞬間移動したりはしたけど、効果範囲としては俺とめーちゃんだけだったし……
面識のない人間を紙切れ1枚だけで、ここまで操れるなんて思いもしなかった。
今まではなんだかんだで言葉だけだったから、実感わかなかった。
けど、こんな事出来るならそりゃあ、めーちゃんが言う断じるの内容を実行するなんて、朝飯前だよなぁ……俺は思わず身震いする。
とにかくめーちゃんが荒ぶらないように、これから『ざまぁ』頑張ろう。
そんな事を思いながら私物整理していると、部長が人事部の社員を連れてきた。
その人事部の社員も瞳には魔法陣、同じく虚ろな表情で今後の手続きを説明をしてくる。
最後に私物の整理が終わったら、人事部に寄って欲しいと言い残し帰って行った。
どうやら今日貰える退職関係の書類を用意してくれるらしい。
人事部社員もあの調子なのか……きっとこの人事部社員も即日退職に難色を示したんだろうなぁ。
俺は残りの私物整理を1時間ほどで終える。
その間、私物整理をしている俺を訝しみ、俺に状況を聞きに来る社員もいた。
聞きに来た人には事情を説明するのだが、みんな一様に『引き継ぎなしで退職は困る』と言う。
しかし、それは長くは続かず、直ぐに部長のように無表情となり生気が削ぎ落とされ、フラフラと俺から離れていく。
結局、俺が総務部を後にする頃には、部署内にいた部員は全て、俺の退職に関してのみ、洗脳状態になっていた。
だって普通に他の社員と話していた部長に最後の挨拶しようと声かけたら、部長もそこにいた社員も途端にあの状態になるんだよ。
あれはもう神の御業だよ……いや、めーちゃんは神さまなんだけどさ。
言われた通りに人事部に寄ると、そこも総務部と同じようにほぼ全ての人間がめーちゃんの影響下に入っていた。
人事部員が皆、部長のような無表情でウロウロ、ユラユラ、気怠げに仕事をしている。
おいおい……この会社の奴ら、どれだけ俺を即日退職させたくないんだよ!
そんなに即日退職させたくないなら、本当リストラなんかするなよな!
やって来た人事部員から退職関連の書類と、これからの手続きについて説明書きがされたプリントを貰う。
退職後にしか発行出来ない書類は後日郵送されてくるらしい。
そして最後に社員証と名刺を返して、長年勤めた会社を後にした。
長年の務めが終わった……
一抹の寂しさはあるが、心の大半を占めるのは爽快だと言う気持ち。
きっとめーちゃんがいなければ、こんな気持ちで退職出来なかったと思う。
悔しくて歯痒くて遣る瀬無くて、敗北感に満ちた退職だったろう。
これからはめーちゃんと一緒に、めーちゃんの手助けをして生きて行くんだ。
そう思うと、途端にめーちゃんに会いたくなって、俺は家路を急いだ。
電車に乗り、自宅の最寄り駅を降りて、そこからは自宅まで久しぶりに走った。
そして見えてくる俺の住むアパート。
部屋の前に付き鍵を開ける。
「ただいま、めーちゃん!」
扉を開ければ、リビングからめーちゃんが出てきて、小走りで駆け寄ってくる。
「おかえり、リュっちゃん」
ボスンとめーちゃんが抱きついてくる。受け止めきれなくて、少しよろめいてしまったのはご愛嬌。
出迎えが嬉しくて、俺の眼下にあるめーちゃんの頭を思わず撫でてしまう。
そんな俺にめーちゃんが抱きしめる腕の力を更に強めた結果、胸に感じる柔らかな感触が色濃く強くなる。その感触に俺の体がイケナイ反応をしそうに……
結果、高かった俺のテンションが一瞬で元に戻り、思わずめーちゃんの体を引き剥がさざる得なくなった。
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