恋の魔法のバスソルト

@ramia294

  恋の魔法のバスソルト

「もう知らない!」


 明香里は、お隣の幼馴染み、コタローに八つ当たり。


 恋愛関係に関しては、遅咲きの明香里の初めて膨らんだ小さな恋の蕾は、花開く事もなく、澄み切った秋の空に散り散りになって消えていった。

 入れ替わる様に、彼女の心の中の失恋という空きスペースに吹き込んできた秋風は、やけに冷たかった。


 女子高生にありがちな失恋が、明香里にも訪れた。


 そもそも、それは恋といえるかどうかも怪しいい物だった。


 その初恋のお相手、御神瞬は、絶えず、学生トップの成績を争う優秀な頭脳。


 そして、体育館がアイドルのコンサート会場かと間違うほど、女子高生ファンの集まるバスケ部のキャプテン。


 さらに、生徒会長で、もちろん高身長。

 その顔は、ため息が出るほど、どの角度から見てもイケメン。

 世の中の男性諸氏の嫉妬を跳ね返す爽やかな笑顔。

 この爽やか笑顔くんは、近隣の女子高生全ての心を虜にする。


 明香里だって、


『最初は告白なんてとんでもない。遠くから見てるだけで御利益ありそう』


 と、考えていたのだ。


『近付くだけで心臓が止まりそうになる憧れだけの初恋の記憶』


 に、終わるはずだったのに。


「全てコタローが悪い」


「えっ!俺か?」


 明香里の家のお隣さんで、幼馴染み歴と年齢が同値のコタローは、高校に入って、何を思ったかバスケ部に入った。

 何故かメキメキとバスケが上達。

 1年生なのに、レギュラー。

 あの、爽やか笑顔のキャプテン御神先輩に気に入られ、練習後に仲良く牛丼を食べに行く間柄。


 当然、明香里も一緒に、牛丼屋。

 何故なら、小学校の頃から、お隣さんのコタローと明香里は、ふたり一緒に通学していたから。


 明香里だって、お年頃。

 御神先輩のあの爽やか笑顔を向けられると、真夏のアイスクリームの様に、みるみる心がトロけていった。


 初めての告白。

 初めての失恋。


「明香里ちゃん、気づいていないんだ?告白の相手を間違っているよ」


 御神先輩の謎のひと言で、明香里の初恋?は散った。


 惨めな気持ちを持て余す明香里に、コタローは何も言わずに、変わらず。

 いつも通り、ふたり一緒の帰り道。


 惨めな気持ちを持て余す明香里に、ガサツなお姉ちゃんのユキは、傷口に塩を擦り込む。


「御神?そいつ私でも知っている有名なモテ男じゃないか?フラれた?そんなの初めから解っている事じゃない」


 魔法の研究と言って、部屋に閉じこもっているお姉ちゃんが、何故先輩を知っているの?

 部屋の真ん中に描かれた魔法陣が関係するのかしら?

 明香里は、不思議だった。


 でも、今は、


「でも、お姉ちゃん。もしかしたらって思うじゃない」


 ユキは、あきれ顔。


「明香里の恋は、宝くじか?で、あたって砕けたの?あんた浮かれていると、本当に大切なものを失ってしまうよ」


 お姉ちゃんからも謎のひと言。


「何よ、本当に大切なものって?」

 

 私の質問を無視して、お姉ちゃんは部屋の中をキョロキョロ。


「待ってな。たしかあれが」


 お姉ちゃんは、散らかった部屋をガサガサ探し回って、何か詰まった瓶を私に渡した。


「これは、バスソルト。使えば、あんたの本当の恋をほんの少しだけアシストしてくれる魔法の粉」


 その夜、明香里のバスタイム。

 試してみたバスソルト。


 お風呂の中が、良い香りに包まれ、まるで雲に乗って春の空にプカプカ浮いている気分。

 秋だけど……。


 何となく失恋の痛みも明香里の小さな胸の膨らみからサヨナラしてくれた気分。


 お風呂から出て、お姉ちゃんの部屋の前で明香里がお礼。


「ありがとうお姉ちゃん。あのバスソルト効いたわよ。何となく失恋の痛みもマシになったかも」


 横着なお姉ちゃんが、珍しくドアを開ける。

 何故か部屋の真ん中、魔法陣の中で座っているお姉ちゃん。

 

『今、ドアをどうやって開けたの?』


 魔法かしら?


「あのバスソルトの効果は、そんな事じゃないんだな。気付き始めたってところか。まあ、明日のお楽しみだ」


 手を触れてもいないドアが、勝手に閉まった。

 我が姉ながら、ちょっと怖いと思う明香里。

 もしかしたら本当の魔法使い?


 翌日、いつもの様に、コタローの家の窓の下。


「コタロー、行くよ」


「おっ!元気になったかな?」


 窓から、カバンを投げ落とし、階段を駆け下りる派手な音を立て、コタローがドアから転がり出てくる。

 もちろん、オバサンがすぐ後から現れるところも、いつもと一緒。


「コタロー、またお弁当忘れてるわよ。いつも助かるわ、明香里ちゃん。明香里ちゃんが声をかけてくれるまで、コタローの奴、起きないから」


「オバサン、行ってきます。あんたも言う」


「ああ、お弁当サンキュー。じゃあ」


 いつもの朝の風景。

 明香里は、そっと自分の胸に訊いてみる。


『もう、大丈夫か?私』


 小さな胸がこたえる。


『大丈夫そうよ』


「行くぞ、コタロー。あんたのせいで、遅刻するかもじゃないか。取り敢えず走れ」


「待ってくれ。何で明香里は、俺より速いんだよ。バスケ部レギュラーの自信なくす。それより、お前、今日は良い匂いがするな、香水か?」


「そんなもの付けるか、バーカ」


 いつも通りの高校生活。

 いつも通りのお友達とのおバカな話をして、

 いつも通りの眠い授業の退屈な時間。

 いつも通りコスモスが揺れる秋の校庭。


『大丈夫?』


 明香里は、自分の胸に訊いてみる。


『大丈夫』


 と、こたえる、控えめな明香里の胸。

 あんなに泣いた事が、嘘みたいだ。


 放課後、コタローを待つ。

 いつも通り、御神先輩とふたりで歩くコタローと先輩が近付く。


 さすがに胸が……。


『あれ?平気。さすが、我が姉。完全に魔法使いだわね、あの人』


 ロッカーの陰になって、まだ、コタローは、コチラに気づいていない。

 ふたりの会話が聞こえる。


「先輩、本当に、先輩なら明香里の事を任せられると思っていました。先輩も明香里の事は可愛いって言ってましたし。あの時から覚悟を決めていました」


『あれ?コタローの奴、何言ってるの?』


 明香里は、ロッカーの陰へと更に身を隠す。


「明香里ちゃんは、可愛いよ。でもな、心の中にしっかりと他の男が住んでいる女の子と付き合えないだろ。見ないふりするの?嫌だよ、俺、嘘つきじゃないもん。コタローは、酷いな。それって傷口に塩と云う奴だよ。それにしても、本人たちは、気づかないものだな。お前、もっと素直になれ。そうすれば、バスケだって俺なんかじゃ足元にも及ばない名選手になれるぞ」


「まさか、自分なんかが、先輩より上手くなるなんて。あり得ないっす」


『何言ってんだろ先輩。コタローなんて単純なんだから、素直以外取り柄ないでしょ』


 明香里は、ふたりの会話を理解出来ない。


 爽やかな笑顔が、発する爽やかな声。


「いつからだ?いつから明香里ちゃんの事を大切に想っている?」


『何言ってんだろ先輩。コタローと私なんて、ただのお隣さんの幼馴染み。それに以外に、何があるの?』


 そう思った明香里の胸は、チクリと痛んだ。


『なんだ?この痛み?』


 明香里の頬は、コタローを想い、初めて熱を持つ。


「わかりません。あえて言えば、生まれた時から、ですかね。気が付けば、大切な存在になってました」


「ハ、ハ、ハ……。それゃ、勝てないな」


 どんな時にも爽やかな笑顔の御神先輩。

 の声に、悲しい響き。


 明香里は、聞いてはいけない言葉を聞いてしまった気がした。

 ふたりに見つからずに帰ろうとコソコソと後退りすると、


「そういう事らしい、明香里ちゃん」


 爽やかな笑顔くんの声が、明香里に向けられた。


『えっ、気づかれてた?』


 御神先輩の爽やかな笑顔と爽やかな声は変わらず。

 もう悲しい響きは無い。


「聞いていただろう、明香里ちゃん。今度は、相手を間違えない様にしろよ。さてと、お邪魔虫は、消えるとするか」


 御神先輩は、ひとり帰っていった。


 いつものように、コタローとふたりの帰り道。

 いつものようには、会話が弾まず、

 ふたり黙ったままの帰り道。


 夕陽、ユラユラ。


 ただ、明香里の頬は、ますます熱を持ち。

 夕陽色に負けない赤いホッペ。

 ただ、コタローは、黙りこみ、

 夕陽と競う、ホッペの色。


 コタローの家の前で、ただひと言。


「嘘じゃないんだ」


と、コタロー。


「うん」


と、頷く明香里。


 コタローが吸い込まれていった見慣れたドアをしばらく見つめ続けた明香里。


 ようやく、我に戻り、自分の家に帰ろうとしたとき、コタローの部屋の窓が開いた。


「嘘じゃないんだ」


 窓から、明香里を見下ろすコタロー。

 頷く明香里。


 その時、明香里の制服の背中に小さな白い翼が現れた。


 手のひらぐらいの大きさの翼。


『パタパタ、パタパタ』


 と羽ばたく。

 小さな翼の 静かな静かな、秋風に揺れるコスモスの囁きよりも小さな羽ばたき音。


『パタパタ、パタパタ』


 明香里の身体はフンワリと浮かび、やがて、バルコニーから身を乗り出すコタローの元へ。

 浮かぶ明香里の視線が、コタローを見上げる。


 明香里の唇が、少しだけ動く。

 コタローの顔が、近付く。


「大切なもの、見つけた」


 夕陽の中、幼馴染みのふたりの唇が重なる。

 夕陽の中、ふたりの頬はますます赤く、

 夕陽の中、ふたりは、幼馴染みを卒業した。


 唇が離れた時、コタローが、小声で囁やく。


「これからも、ずっと俺の天使だ」


 明香里の囁きは、静かな、静かな翼の奏でる音に隠れて、コタローにしか聞こえない。


「もう知らない💓」


           終わり


 













 




 




 



 


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