追放された男、佐藤

青柳導

追放

「お前をこのパーティから追放する」

 

 田中がそう言ったので、殴った。

 

「言われなくても出てってやるよ」

 

 私は捨て台詞を吐き、酒場を後にした。

 泊まっている宿に向かう。その途中で飯を食べた。預けている荷物を取りに行く。

 荷物を持って宿を出ると、目の前に警察がいた。

 

「佐藤〇〇さんですか?」

 

 話しかけられた。

 

「違う」

 

 嘘をついた。

 

「あなたを署まで連行します」

 

 逃げようとしたが、動けない。魔法をかけられたのだとわかった。

 

「やめろ。私が何をしたっていうんだ」

「田中◇◇さんへの暴行。食い逃げ。目撃者も多数います」

「事実無根だ」

「言い分は署で聞きます」

 

 腕を掴まれて、引っ張られる。相当な魔法の使い手だ。暴れようとしたが、身体の自由が効かない。魔法も使えない。封じられている。

 

「金をやる。見逃してくれ」

「できません」

 

 にべもなく断られる。

 

「誰か!助けてくれ!こいつは偽物だ!警察のフリをしてるんだ!」

 

 苦し紛れに叫んでみるが、誰も助けてはくれない。

 

「お前ら、騙されてるぞ!おい、そこのおま」

 

 魔法で、口を閉ざされた。面倒になったので、抵抗をやめて、目を瞑った。


 

 脳が動き出し、瞼を開けると、カツ丼が目に入った。食べようと試みるが、腕を動かせない。

 二帖半くらいの、狭い部屋だ。私の他には誰もいない。椅子と机、カツ丼の他には何もない。扉や窓は見えない。

 カツ丼の匂いが、食欲を刺激する。食欲が脳を支配している。どうにか食べられないだろうか。

 腕や脚は動かせない。頭部も動かせない。目は開けられる。呼吸もできる。口は開けられない。まず、口を開けないといけない。私は口を使ってものを食べる。

 ふと、魔法を思い出した。皮膚でものを食べられる魔法。何某という魔物に教えてもらった記憶がある。田中は、「そんな魔法どこで使うんだ」と言っていた。私もそう思ったが、教えてくれるというので、教わった。親切な魔物もいるものだ、と思った。

 その教わった魔法を、頭の中で唱える。すると、皮膚に変化が起こった……気がした。なぜだか、魔法は使えるようだ。

 しかし、それだけだった。カツ丼に皮膚を近づけられない。つまり、食べることができない。

 

 しばらくカツ丼を睨みつけていると、急に何かが落ちてきた。人だ。少し遅れて理解した。ドスン。机にぶつかり、音が鳴った。落ちてきた衝撃で、机が揺れた。カツ丼が、私に向かって飛んできた。私の左腕に、当たる。ちょうどタンクトップを着ていたので、カツ丼は全て私の皮膚に吸収された。とても美味しい。

 

「いたたた…ん?あんた誰?」

 

 落ちてきた男が、話しかけてきた。悪いが、今は言葉を発することができない。目で訴えかけた。

 

「……?……ああ、魔法がかけられてるのか。いま解除する……それっ!」

 

 男が腕を振ると、私にかかっていた魔法が全て解除された。感覚でわかった。

 

「どう?話せる?」

 

 まず、身体が自由に動かせるのかを確かめた。首を回し、腕を伸ばす。背中を伸ばして、ジャンプしてみる。頭の天辺から足の爪先まで、全て問題なし。

 

「……あ、あーあー、寿限無寿限無五劫の擦り切れ」

 

 声も出る。滑舌も好調だ。

 

「おー、解除できたね。で、あんた誰?」

「天下の大泥棒、石川五右衛門だ」

 

 適当な嘘だ。

 

「泥棒?何盗んだの?」

「彼女の心だ」

「は?」

 

 アホだこいつ、といった顔を向けてきた。

 

「……まあいいや。で?報酬は?」

「え?」

「いや、魔法を解いてあげただろ。その報酬」

「……そんなことより、お前、どうしてここに?」

 

 都合が悪くなったので、話題を変えた。

 

「あー、逃げてきたんだよ、あいつらから」

「警察のことか?」

「それ以外ある?」

「今も逃げてる途中なのか?」

「うん」

「じゃあ、ここに留まってていいのか?」

「……おお、確かにそうだ」


 うまく誤魔化せたようだ。

 

「じゃあな、大泥棒」

 

 別れを告げると、男は床に穴を開け、落ちていった。姿が見えなくなると、穴は塞がった。

 私も逃げ出そうと、部屋を観察する。天井に穴はない。座っていたときの死角を見たが、何もなかった。万策尽きたかと、壁に触れてみると、すり抜けた。身体を全て部屋の外に出すと、壁は固くなった。コンクリートだった。

 

 廊下に出た。突き当たりは、右へ進む。次の突き当たりは、左へ。

 階段があった。数えてみると、二十五段だった。登り切った先には、エレベーターがあった。乗りこむ。ここは地下一階らしい。ボタンは、地上三十階、地下三十階ある。一階のボタンを押した。

 小学生らしき少年が乗っていたのに今、気づいた。

 一階に着いたので、降りた。少年は降りなかった。

 降りた先は、エントランスだった。人はいない。出口はまっすぐ先にあった。そこに向かって走った。

 

 署を出てしばらく走っていると、ハンバーガーチェーン店が見えた。口での食事をしたいと思っていたところだ。

 店に入って、ハンバーガーを注文した。先払いだったので、魔法を唱え、偽札を作り、支払った。テーブルに座り、ハンバーガーを待つ。食欲をそそる匂いだ。

 番号を呼ばれたので、頼んだものを受け取りに行く。今回食べるのはチーズバーガー。

 席につき、バーガーにかぶりつく。チーズとパティのハーモニー。レタスもシャキシャキして美味い。バンズも香ばしくて最高だ。満足して、店を出る。

 

 駅に向かって歩いていると、田中のことを思い出した。今の状況は、あいつのせいで起こっているのだ。そう思うと、ふつふつと怒りが湧いてきた。もう一発、殴らないと気が済まない。隣町だ。まだそこにいるはずだ。

 駅に着いて、切符を買う。

 電車を待つ。

 学生らしき集団が見える。修学旅行かもしれない。

 子供を連れた女が見える。子供ははしゃいでいる。どこか楽しい場所に行くのだろう。

 その光景を見ていると、なんだか楽しくなってきた。到着時刻まで、あと三分だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追放された男、佐藤 青柳導 @aoyagi82prpr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画