第38話
「…どうしたの?」
「だいじょーぶ!」
ずっとこの調子だった。何度聞いても大丈夫しかいわない。
だから私は未來ちゃんを羽交い締めした。校舎裏の人目のつかない場所で。
「にゃあっ!?」
「…」
腕をまくる。そして包帯の巻かれた腕からそれを剥がす。
「ま、まって」
「…」
…新しい切り傷。
「…にゃ、あ…」
「…約束、したよね?」
私たちは約束した。仲良くなって、その秘密を打ち明けあった日から。
私にも濃く汚い傷が手首にある。けど、その約束をした日からはそれが増えることはなかった。
…したくなったら自分でしない。未來ちゃんは私に、私は未來ちゃんに…絶対に自分では切らないこと。
「…するまえに、言ってよ」
「ごめんにゃさい、うう」
大粒の涙を流す未來ちゃん。私は頭をなで涙をながした。似ているから、自分のことのように悲しい。
…そして、私は未來ちゃんからぜんぶきいた。
たくさんある借金のこと。そのために彼女がさせられたこと。
お母さんと離れたくないこと。好きなこと。ひどいことをされても、ばかな自分はお母さんにすがらないと行きていけないこと。
だれも助けてはくれないし、助けられないこと。
(…私にも助けられないところにいること)
「…でも、大丈夫なんだよ」
「…大丈夫な、わけ…」
「大丈夫なの」
「…」
「あたしもお金たくさんもらってるから。…それがもっといっぱいになったら、そういうことしなくてよくなるから」
「…そうなの?」
「うん、がんばるんだ」
「…強いね…」
「ねねこちゃんがいるから!」
「…私…?」
「あたし、みくちゃんにはゆめがあるんだよ」
「…夢?」
「ねねこちゃんを歌手にすること!」
「ええ…!?なに、それ」
「にゃはは!」
「…にゃはは、て」
「だーってねねこちゃんの歌はすごいんだもん」
「…ぐおっ」
くるりと回転し抱きついてくる未來ちゃん。温かい。
「あたしね、ねねこちゃんの歌をきくと、とーってもあかるい気持ちになるんだ」
「…そう?」
「そーそー!にゃはは」
私から離れ、にこにこと笑う。
「だから、あたしみたいなひとに…みんなにとどけたくて。ねねこちゃんの歌…」
「…」
照れ臭い気持ちがすごかった。でも、それをこえるなにかで私はみたされる。
嘘のない彼女の言葉。私なんかが歌手になんてなれるわけ無い。少し歌が好きで、少し音感がいいだけ。ただ、それだけの田舎の子供が…。
「にゃはは」
――…でも…あなたがそれを願い続けてくれるのなら、私も同じ夢をみたい…かも。
(…)
ふと、またもやもやした気持ちが湧いてくる。
…未來ちゃんがさせられていることは、果たして本当にそのままにしておいていいのだろうか。
きっと私なんかじゃ助けられない。頼れる大人もいない。それに本人も、夢のためだからともう受け入れてしまってる…。
(…だめ、だよ…)
…でも…これってきっと、友達として見過ごしていいものじゃない…。
(…どうしたら、いい…どうしたら…私…)
未來ちゃんのみせたキラキラの笑顔と語る夢と、対照的に暗く澱む家庭環境。
私はあたまの中がぐちゃぐちゃになっていた。
(…頭、痛い…)
「んむむ」
「…んっ、ちょ…苦しいって」
「にゃはっ」
ぎゅうっと抱きしめる未來ちゃん。ごろごろと頬ずりする様はまるで猫みたいだ。
「暗い顔するなー!こちょこちょ〜!」
「あはっ、ちょ…脇、だめっ」
「にゃははは!笑え笑えーっ!」
息が、息…苦しいっ、ひーっ!!
「ねね、ねねこちゃん」
「…はあはあ、…あえ?な、なに?」
「ねねこちゃんは歌つくらないの」
「…歌…歌詞なら、書いたことあるけど…」
「うええ!?すごい!」
「で、でも、思ったこと書いただけで…歌になってない」
「みせて!」
「む、無理!」
「えー!!なんでなんで!?」
「恥ずかしい!下手だし、やだ!」
「そっかぁ…じゃあ、いつみせてくれるの?」
「みせないってば!?」
「でもみ〜た〜い〜!!」
「…う、ぐ…」
床に転がり手足をばたばたさせる未來ちゃん。
「き、汚い…(いろんな意味で)」
「じゃあみーせーてーええ!!」
「…わかった、みせるから、やめて」
「あいっ!」
しゅばっ!と体操選手のように首は寝起きで立ち上がる未來ちゃん。…う、運動神経いいな。すご。
「んでんで、いつ!?今日!?」
「…ちゃんと、できたら…恥ずかしくないのが書けたら」
「…いつ?」
「そ、それは…何年か後に」
「やだ!ながい!」
「…で、でも、ちゃんとしたやつききたいでしょ?えーと…あー…ほら、そのときはちゃんと歌にするから!」
「歌…!?歌ってくれるの!?」
「う、うん!だから我慢して!?」
「わあああかったあ!!我慢する!!やったぁ!!」
我慢がなにより苦手なのに、我慢する…!!偉い!!
いや、これがいつまで持つかはわからないけど。でも、それだけ楽しみにしてくれてるんだ…歌。
正直、私なんかのそれをどうしてそこまで期待するのかはわからないけれど…。
「ねねこちゃんの歌あ!にゃはは」
ばふっ、と抱きつく未來ちゃんのあったかい体温。
「うーれしぃい」
「…」
…これは、真面目に勉強して、歌にしないとなぁ。
「あ、そーだ!」「?」
未來ちゃんがポケットから何かを取り出した。それは黒猫のキーホルダーだった。
舌をペロっと出しているジト目の猫のキャラクター。名前は知らない。
「…可愛いね。これなに?」
「わからんっ!」
「わからんの!?」
「でも、映画にいったときがちゃがちゃして出た!」
「…映画」
あ、あの動き回っていた時か。上映まで時間があって、待っていた時にガチャガチャしてたんだ。
「これあげる」
「え、くれるの?ほしくてガチャガチャしたんじゃないの?」
「なんかあたしに似てるでしょ」
「…え、まあ…」
確かに自由気ままさとか猫のしっぽっぽいポニテは猫っぽい。あと着てる服がだいたい黒っぽいのも、黒猫っぽい。めっちゃぽいぽい言ってるな。
「これでずっと一緒だね」
「…!」
「ねねこちゃんの側に、おいてほしいにゃあ」
べっ、と舌を出した未來ちゃん。その顔はキーホルダーの猫とそっくりでちょっと面白かった。
「…ふふっ。うん、わかった。ありがと」
それから私たちは一つ上の学年になり、気がつけばまた一つ上の学年に。あっという間に三年生になった。
相変わらずいじめは続いていたけれど、私は未來ちゃんを支えに生きていた。
苦しくて辛いことが波のようにいくつも押し寄せて、心さらわれそうになったけど。
そのたびにキーホルダーを手に取り、手首を掻きむしって我慢していた。
あの日からもうずっと刃はいれてない。
「あたし、がんばるからさー!」
「…ん?」
「がんばってがんばって、ぜーったいねねこちゃんをでーっかいステージで歌わせてみせる!」
「どーしたの、突然に」
「気合いいれてみた!にゃはは」
「? うん…がんばろ。私もがんばるね、歌つくれるように」
「ききたいききたい!!」
「うん」
「あー、楽しみだなぁ!」
「…どうして…そんなに楽しみなの」
「え?どーして?わかんない」
「わかんないのか」
にゃはは、と八重歯をみせる。
「でもでも、ねねこちゃんの歌はね、きいてるとこころがぽかぽかしてきらきらがみえるんだ」
「…」
「めをつぶってきいてると、綺麗な夜の月がみえてね、お星さまもきらきらして…すごーいって、なるから!だから楽しみ!」
「…そか」
「うんっ!にゃはは」
にゃははが多いな、今日は。
…しかし、実のところ…もうすでに一応、歌はできてはいた。
聴かせる勇気がないから、言えないでいるんたけど。
どうしよう…いつ、言おう。
いや、まだ…雑だし、もっとちゃんとしたのが出来るまで…。
――翌日。
「…こんにちはー」
ピンポーンと鳴るインターホン。
今日、珍しく未來ちゃんが学校を休んだ。ホントに珍しかった。だって、私と友達になってからこんなこと始めてだったから。
扉が開く。…私は無意識にドアノブに手をかけていたみたいで、開けてしまった。
きいっ、とあいて中へ呼びかける。
「…誰か、いませんかー?未來ちゃんー?」
その時、奥から誰かが出てきた。ふらふらと薄着の女性がおぼつかない足取りで、私のよこを通り過ぎ外へでていく。
…未來ちゃんのお母さんだ…。
焦点の合わない目で、ぶつぶつと何かをつぶやいていた。
『私は知らない』『こんなこと』『頑張ってお仕事するって言ってたのに』『まさか死ぬなん…』
嫌な予感がして私は中へ入っていく。
するとそこには、ぶら下がっている未來ちゃんがいた。
輝いていた目は虚ろに、はだけた制服姿で、脱力して伸びたロープに吊るされている。
…腕…痣が…顔にも…。
(…)
(…)
(…)
(…)
(…)
(…)
(…)
(…)
(…あ…)
(…はやく、おろしてあげなきゃ…)
(…)
(…)
(…)
(…未來ちゃん…)
私は転がる椅子をおこし、未來ちゃんをだっこした。ロープを切るものを忘れてて、「ごめん」といってはなす。
あたまがうまく回らず、切れるものとして包丁をもって戻る。
ぎっ、とかなりのあいだ使われてなかったのか切れ味の悪い包丁で無理やりロープを切る。
いっきに未來ちゃんの体重がかかり椅子が倒れる。
びちゃっと、下の水溜りに落ちる。
…痛い。
でも、私はそれでも未來ちゃんを抱きしめ離さなかった。
「…ひっ…ぅ」
あれだけあったかかった未來ちゃんの体は、とても冷たくなっていて…それがすごく寂しかった。
「…ごめ、わた、私…」
どうにかできたかもしれないのに、未來ちゃんの異変にまえまえから気がついていたのに…まさか、どうして、でもその可能性は…あったから、見過ごした私が悪くて…けど、私なんかに…。
いろんな事がぐちゃぐちゃに頭のなかを押しつぶす。
「…ごめん、ごめん…ね、歌…聞かせてあげれば…」
未來ちゃんの笑顔が過ぎり、私は激しく後悔した。
もし、歌ができていて、聴かせられるって言っていれば…まだ、もう少し生きていてくれたのかもしれない。
そう思うと…。
――
未來ちゃんが亡くなって、未來ちゃんのお母さんが逮捕されて、私へのいじめが激しくなって、いくつかの日が過ぎた。
…私も、未來ちゃんの気持ちがわかったよ。
未來ちゃんが残していた遺書のような携帯のメモ。そこには、彼女の悩みがたくさん書き込まれていた。
『あたしがあたしだと上手に生きられない。お母さんもいってたから。もっとあたまの良い子でお金をたくさんかせげる子が良かったって。頑張ったけどダメみたいだった。だからこんどはばかじゃなくふつうのひとになりたい』
…そうだね。
誕生日に貰った黒猫のマグカップが、割れた時に私の中のなにかも壊れた。
そもそも、私として生まれた時点で…ダメだったんだよね…。
でも、もう…疲れた、疲れたよ…。
人の世界は、もう…疲れた…。
――憧れも、夢も…暗い心に塗りつぶされ見えなくなっていた。
あの日みつけた未來ちゃんの夢も、私自身の憧れも、つぶされ…消えた。
だから、いつも眠れない時に使っていた薬をのんで飛び込んだ。
どぼん、と…綺麗な月をめがけて。
ぼんやりとした頭で、未來ちゃんの笑顔を思い浮かべる。黒猫のキーホルダーを握り、抱きしめて。
…冷たい海水の中…。
まるで、未來ちゃんに抱かれている気がして、不思議と怖くなかった。
…私もそっちに行くから…もう、寂しく…ないよ…。
――映画が、終わった。エンドロール。
失ったものが、溢れて伝った。
私はそれを拭うこともできずに、ただあの子を想う。
心のどこかにあった喪失感、それが今はっきりと蘇った。
(…なんで、忘れていたんだろう…)
防衛本能?こころが思い出すのを拒んでいた?転生したからうまく思い出せてなかった?
(…)
『もう、離さないから…健太!絶対に…』
映画のヒロインの言葉が心の中で反響する。
「…ありがとう」
「んお?」「…?」
私は坂本くんと雨ちゃんに頭をさげた。
「今日、映画に誘ってくれて。来て良かったよ」
「おお、マジで!?楽しめたなら良かったぜ」
「…うん、うん」
…大切なこと、思い出せた。
私がどうして歌をうたうのか。
未來ちゃん、私…がんばるね。
夢は絶対に叶えてみせる。
だから、聴いててよ…。
――5日後。
「…あと5分ほどで開始です」
「はい!」
神岡美月。
ライバー名、
配信開始。
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