第34話


「落ち着いた?長戸さん。はい、お茶」

「あ、ありがとうございます…」


清水先輩が冷蔵庫から取り出してきた緑茶のペットボトル。アリサちゃんと私に渡し、椅子に座った。


窓際にPCが3つ並ぶデスク。その椅子にアリサちゃん…いや、アリサさんか…が座り、向かいにあるソファーに私と清水先輩が座っている。真ん中にちいさな木製のテーブルがあり、そこにはさっき下の売店で買ってきたお菓子が置かれていた。


「落ち着いてきたので、改めて自己紹介するね〜。あたしは、星河アリサ。本名は星乃ほしの咲良さらだよ。よろしくね、長戸さん」


…ガチモンの、星河アリサ…。


配信画面、さっきのアーカイブ、モデル、色々と本人じゃなきゃわからない情報…疑いようのない、様々な証拠をだされ、もう彼女は星河アリサだと確定してしまった。


マジかよ…信じたけど信じられん…頭では理解してるけど心がついていかない…夢見心地のような、こう…頭がふわふわしてる…。


(…服、もっと可愛いの着て来れば良かった…くそ)


「…え、と…私は、長戸星です…よろしくお願いしみゃ、…しますっ」


ふあっ、あ…噛んだ…ていうか、声震えすぎだろ…ぅ!ぐぬぬ…。

くすくすと笑うアリサさんと先輩。恥ずかしい、恥ずかしい。


…って、あれ…待って。それはそうと、ちょっとおかしくないか。この状況、冷静に考えると意味わからんだろ。


「あの、清水先輩…なんで私をここに?星河アリサちゃ…さんと合わせてくれたんですか」

「ちゃんでいーよぉ」

「あ、はいっ…え?はい…」


にこにことアリサちゃんが笑う。清水先輩は「えーとね」と眼鏡の位置をなおした。


「それは長戸さんがアリサちゃんのこと好きだって知ってたから、かな」

「…え。けど、私…清水先輩にそんなこと言ってませんよね。ていうか、VTuberの話すらしたことないし」

「そうだねえ。でも、あたしは知ってたよ」

「…エスパー?」

「違う違う!心読んでない読んでない!」


「あはは、声だよ。長戸さん」


アリサちゃんがそう言って、清水先輩が頷く。


「前にうちの喫茶店来てくれたでしょう。相澤ちゃんと。その時、あなたの声をきいてわかったんだ…あなた、エリスちゃんでしょ」

「…!」

「あたしね、人の声めっちゃ正確に聞き分けられるんだ。だから直ぐにわかった。ただ、ほんとにこんな若い子がってびっくりして、そういう意味では信じ切れなかったけど…今日、レオネッタの事務所から出てきたでしょ?」

「…あ」

「偶然見かけちゃってさ。でもそれで間違いないなって思ったんだ。あそこ出入りできるのはそれ関係の人間だけだし、レオネッタしか入ってないビルだし」


…見られてたなんて、気が付かなかった。でも、そうか。なるほど。


「改めて、はじめまして。柊雪エリスちゃん…あたし、清水しみず涼香りょうか。ひるどきライブのライバーで、緋彩ひいろセツナって言います」


…清水先輩も、ライバー。いや、エリスちゃんと親しいしそんな気はしていたけど…。

いや、いやいや、そうだ…思い出した。私も声、どっかで聞いたことあるなって思ってたんだった、あの喫茶店で会った時。

あの時は相澤さんに気を取られていて忘れてたけど、そうだ、この声は…セツナちゃん。


ひるどきライブのライバーは人数多くて、チェックしきれてないけど。セツナちゃんは、新人の中でも人気が高いライバーだったから、記憶に残ってた。


「ライバー歴1年半のぺーぺーだけどね。んなわけだから、エリスちゃんはライバーとしてはあたしの先輩なわけ!」

「…先輩」

「よろしくお願いしまーす、エリス先輩!!」

「!? え、いやいやいや!そんなっ!!」


緋彩セツナ。ひるどきライブ8期生。ゲーマー四人組ユニットのひとり。専門はFPS、頭脳派。戦闘時にみせる狂キャラムーブで人気に火がついて、ユニット内NO1の人気に。


チャンネル登録者数、78万人。


たった1年半で78万人は、いくら企業の後ろ盾があってもかなり難しい。私が78万人こえたのも4年かかってるし…。


「ちなみに!あたし、エリスさんのファンです!」

「…え、あ、え」

「初配信からずっと追ってます!」

「ええっ」

「ライバーなろうと思ったのもエリスさんに憧れてなんすよ!」

「…え…ええっ!?」

「ひるどきライブに入る前は、エリスさん専門切り抜き師やってました!『エリスしか勝たんちゃんねる』ってチャンネル名で!」

「は!?えええっ!?なまらお世話になってたあの…収益化できないのに、私専門でやってくれてた!!えええ、清水さ…えええ!?ありがとうございますその節は?!」

「いえいえ!なんの!…ちなエリスガチ恋勢です!」

「えええええええええーーー!!?」


腹を抱えているアリサちゃん。


いや、疲れた!情報量がえげつない!!


前にはチャンネル登録者数237万人、星河アリサ。

横にはチャンネル登録者数78万人、緋彩セツナ。


なんだ、この状況は…あのひるどきライブのメンバーと同じ空間に存在できる日がくるだなんて…!!


嬉しすぎて発狂しそう。ガチ目に。


「あの、その言葉遣いはちょ、ちょ、ちょっと…」

「そ?」

「学校の先輩ですし、年も清水先輩のが上なので抵抗が…」

「ん、りょーかい。じゃ、エリスちゃん星ちゃんて呼んでい?」

「それでお願いしますっ」

「あー!じゃあ、あたしもそうやって呼んでいい!?」

「あ、はいっ…もちろん!」

「やった!ねね、連絡先交換しよーよ。こんどネズミーいこー」

「ネズミー!?」

「そ、ネズミーランドでデートしよ!たのしいよ〜!」


で、デートッ…!!憧れの人達と、テーマパークデートだと…これは、ぜひとも美月も連れて行かねば。


「ていうか、エリスちゃんほんとにすごいよね。個人勢で100万人超えとかさ。しかも、6年前からやってたってことは、小1からでしょ?ヤバすぎでしょ。あたし、小1の頃とかおままごととかに夢中だったんだがw」

「あたしもです。TVゲームばっかしてて、たのしいーってしてました」

「ね、すごいよね、そんなちいさな頃からVなんて!」

「ですです!」


やあ、でも…中身あれなんすよね。なんかその持ち上げられかたは心苦しいというか、なんというか。

前世ありきの行動と、努力と結果なんで。…ようするにズル的な、あれだからな…。


気まずいので話題を変えよう。


「…あの、咲良ちゃんは、どうしてVTuberになろうと思ったんですか?」

「むっ、あたし?」

「はい!前に雑談配信で、あたしが輝ける場所を探していたって言ってましたけど、他に理由があったりするのかなぁって。咲良ちゃんライバーじゃなくてもどこでも輝けそうだし」

「おおう、嬉しいこと言ってくれるねえ。そだなー、なんていうか…あたしひとりだと限界があることに気がついたというか」

「限界?」

「あたしはあたしが可愛いって自信がある。でもそれって、例えばアイドルだったりモデルだったりだと、ファンが限定的になるでしょ?」

「確かに…そうですね」

「動画サイトをみる人口がバク増してる近年、アルゴリズムの関係でみたいものしかでてこない。アイドルファンにはアイドルの、モデルさんのファンだとモデルさんのコンテンツ。それだと存在を広く知ってもらうのって難しいでしょ」

「…それで、ライバー?」

「そそ。ライバーって、いろんなジャンルで活躍してる人がいる。歌やダンス、イラストにゲーマー、今や漫才やスポーツに精通しているひと。どんどんと広がりをみせている」

「…そっか、そこで興味をもった多種ジャンルの人達が、もしかしたらVにも興味をもってくれたり」

「いま業界はいかに多くの人に興味を持ってもらうか、Vのファンになってもらうかを考え色んな戦略を立ててるの。最近ヒットしてそれが効果的にあらわれたのがゆるキャラみたいなジャンルかな。視覚的にわかりやすい可愛いは世界的にも当たりやすいから」

「なるほど…」

「そうやってたくさんの人がVを認知して、ひるどきライブを知ってくれれば、あたしの存在も広く知られる。あたしが輝いて魅力的なライバーである限り、かならず目に留まるはず!だからあたしはVTuberの世界に入ったの!あたしの輝きをたくさんの人にみて貰うために、さ!!」


そう語る咲良さんの瞳は光に満ちていた。きらきらとした星屑の散りばめられたかのように、綺麗で深く力強い目をしていた。

自分の魅力を多くの人に知ってほしい、魅了したい…そしてもっともっと輝きたい。

大きな星の光のように、燃えている魂。そんな風にみえた。


(…シンプルが故に、真っ直ぐで力強い想い…)


だからこの人は、こんなに眩しいのか――。


「…じゃあ、ひるどきライブに入ったのも」

「そう、メンバーが多くて色んなジャンルで活躍してる人が多かったから。世界展開しようとしていたし。誰かが活躍したらあたしも知ってもらえる可能性が高いって思ったから」

「そこまで考えてたんですね」

「まあね、ちゃんと考えないとだよね。事務所に入るなら先の事はさ。一度所属したらたくさんの人が動いて、色んな企画が始まる。決して少なくないようなお金も動く。そうなれば簡単には辞めれないし、正直なはなし気乗りしない仕事もやらないとだし…だから、これぞっていう自分の目的を強く持ってないとね!」

「夢、ですか」

「そー!夢、Dream!!あたしはVTuber界のおっきな星になるのさ!!みんなの目を惹くようなおおおっきなね!!」

「もうおっきな星ですよ。私、そんなアリサちゃんの光に惹かれてライバーになったんですから」

「…お、おお、そっかい?なはは、照れるなぁ…へへ」


「あ、咲良ちゃんそろそろ案件の時間じゃない?部屋出なきゃ」

「え…あ、やべマネちゃんから連絡きてる!マンション前にいるっぽい!ちょっとごめん、また今度お話しよ、星ちゃん!」

「はい!」


慌ててカバンにモノをつめ、マスクを手に取る咲良ちゃん。ふと、何かを思い立ち、白い八重歯をみせ笑う。


「いつか星星コンビでコラボしよーぜぃ!へへ」


一緒にいるだけで、ことばのひとつひとつで、心が明るくなる…ひるどきライブの中でも上位のライバーである理由がわかる。


「はい!ぜひ!やりたいです!!」




しかし、このとき私はまだ気がついてなかった。光あるところには影がある…その当たり前ともいえる現実の存在に。




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