第28話
――…宮田は負けた。
(…嘘、だろ…)
三回戦後、顔面蒼白で画面から視線がそらせず固まる宮田とその取り巻き。
いや、宮田だけじゃない。それを見守るギャラリーや俺でもさえ、その光景が信じられなくて呆然としていた。
…勝ち方が、えぐかった。
パーカーの少女も、わざわざストバで賭けをしようと持ちかけるやつだ。それは、それなりに上手いのだろうとは思っていた。
けど、まさか今回キャラランク底辺に位置する弱キャラのDザンギで、強キャラトップスリーの王鬼に…
しかも
無傷のHPバー。色がわずかにも変色していないことから、本当にかすり傷ひとつも負っていない事がわかる。
宮田は、世界ランキング…3250…それを完璧に見切って、手玉にとっていた…!
「…お前、誰だ?」
宮田が睨見つける。拳を握りしめ、悔しさを声色に滲ませ。
「ひみつ。えへへ」
可愛らしく笑う少女。人差し指を唇に当てて、にこりと頬を緩ませた。
「…」
今にも飛びかかりそうな雰囲気の宮田。一触即発状態だったが、取り巻きが宥める。
「おい、まて…マジでヤバい!それはヤバい!」
「喧嘩なんかして、親父さんにバレたら学校も…」
「…ちっ」
宮田は席を立ち上がる。そして背を向け立ち去る。
まるで山で嵐にでも見舞われたかのような、生きた心地がしない時間だった…。
「え、待って」
そう、そんな地獄のような時間が終わったかに思った…なのに、あろうことかパーカー少女が宮田を引き留めた。
「私、賭けに勝ったでしょ。その人に謝ってよ」
「…お前…」
宮田の目は据わっていた。本気でキレたときの顔。俺は脚ががくがくとして壁にもたれかかる。
怖い…本当に、怖い…。
「さ、謝って」
パーカー少女はそれも意に介さない。声に微かな震えもなく、恐れを抱いていないようだった。
怖いもの知らずなのか、なんなのか。宮田の体型は細身だが喧嘩も強い。
格闘技も習っていて、たしかボクシングをしていたはず。絶対に喧嘩になれば勝てない。しかもパーカー少女は女だ。力的にも絶対に…。
「宮田、わかった!まて!」
取り巻きが宮田に耳打ちをした。こそこそと何かを言われると、奴は「…はぁ」と大きく息を吐く。そして、
「…悪かった。もう二度とお前には関わらない」
俺に頭をさげた。
(…え…)
「…これで良いな?」
「うん。おっけー」
そうして宮田は取り巻きと共にゲーセンから出ていった。
なんとパーカー少女はあの宮田に謝罪をさせる事に成功したのだった。
自分が絶対であるあの王様のような宮田に。
「大丈夫だった?手首、まだ痛い?」
「…あ、いや…大丈夫」
側へ駆け寄ってきたその少女は、よくよくみれば同じ身長くらいだった。
低く見えたような気がしたのは、すらりとした体型のせいか。
…なんか、綺麗だ…。
いや、フードで顔はみえないけど、なんというか気品があるというか雰囲気が。
手を差し出すその指の動きひとつとっても、自分とは違う生き物のように感じる。
(…まあ、俺はこんなだしな)
歪で不自然。ごてごてに髪を染めピアスで着飾り、周囲を威圧する。親にも白い目を向けられる嫌われ者。
…この人とはきっと正反対な生き物だ。
「怪我がないのなら良かった。…じゃあ、私はこれで」
「あ…まって」
「?」
反射的に呼び止めてしまった。あたまが真っ白になる。
どうしようかと思考をハチャメチャに巡らせ、ふと思いつく…というか、気がついた。危なかった、呼び止めて良かった。
「お、お礼!してない、俺…まだ」
「お礼」
「助けてくれただろ。あんな怖い思いさせちゃったし、だから…そう!飲み物でも」
ふっ、と花が綻ぶ。口がぽかんとあいていたフードの隙間から見えた綺麗な唇が、揺れ口角があがる。
その微細な動きに胸の奥が…いや、脳が揺れたような感覚に陥った。
「ありがと。それじゃあ、一杯だけいただきます」
「…!」
※※※
ゲーセンから5分ほどあるいた場所にある喫茶店。言葉を選ばずにいうと、時代に取り残されたかのような古めかしい外観は、店内も同じくレトロな様相。
ここは昔、家族でよくきていた店。俺のお気に入りの場所である。
あの頃は笑顔で満ちていた。家族も俺も。それがそのまま、時を止めてここにあるようで、気がつけばよく脚が向かう場所だった。
レコードが音をつむぎ、白髪のお爺さんが眼鏡をなおし新聞を眺める。あれは店長さんだ。
ぱたぱたとよってくる店員さんが笑顔で元気よく「いらっしゃいませー!」と言った。
「こんにちは」
「あー、相澤ちゃん!いらっしゃいませ…お、彼女!?」
「は!?なわけ…!」
「あはは、冗談。こちらの席へどぞー」
なんどもきているうちに顔なじみになった店員さん。清水涼香さんといい。姉ちゃんの学校の後輩らしい。
眼鏡とそばかす、ふたつおさげが特徴の可愛らしい店員さん。
席につくとメニュー表を机に置いて立ち去る清水さん。
俺はすかさずさっきのことを謝罪する。
「…ごめんなさい、なんか変な誤解を…」
「いえいえ」
彼女はなにも気にしてないっぽく、気のない返事をしたあときょろきょろとあたりを見渡した。
そして、なんとパーカーのフードをおろしだした。え、顔見られたくなかったんじゃ…と思いかけ、思考が停止する。
(…)
いや、世界の時が…止まったかのような感覚。
…な、なんじゃこりゃあああーっ!?
そこにはとんでもない美少女がいた。ここに住んでいるんだ、これまで芸能人やモデルもここにたくさんみてきた。けど、その誰もを凌ぐ可愛さ。
天使がもしリアルに存在するのなら、こんな感じなのかもしれない。
おひさまのように透ける黄金色の髪、長い睫毛に大きな瞳、ガラス細工のような繊細なイメージだ。
まさに黄金比…可愛さ、美しさの黄金比といっても過言じゃない。
「…あの、芸能人の方ですか」
震える声で俺はきいた。すると彼女は、一瞬きょとんとした顔をして、口を手で覆う。
くすくすと小さく声が聞こえた。体をわずかに震わせ笑っていた。
ばかかわええ。なんだ、なんなんだ…笑われて恥ずかしいとかじゃなくて、笑う顔みれて嬉しいみたいな。
そんな幸せな気持ちにさせてくれる。
「いえ、私はそんなんじゃないですよ。ちょっと誰かにみられたらまずかったので顔を隠してました。…ここの席、他の方からみえないし窓もないのでいいかなって」
「あ…そ、そうなんですか」
「はいっ。えへへ」
あ、死ぬかも…俺の心臓もたないかも。やば。笑顔の火力やば…。
「えと、そーだ!好きなもの選んでください、お礼なので!なんなら軽食も食べてください!ここの抹茶団子美味しいですよ!焼きたてで、ぱりぱりしてて!」
「え、そーなんですか!それは心惹かれますねえ」
にこにことメニュー表を眺める彼女。…そういや、名前は?なんていうんだ?
あ、つーか、まだ俺名乗ってないな…失礼か。
いや、今はメニュー選んでるから後で…。
「ストバお好きなんですか?」
「え…」
「やりにきたんですよね。並ぼうとしてたところに彼らに絡まれた…あれ、違いました?」
「いえ、そうです。まあ、そう…」
「せっかくストバしようとしていたのにとんだ邪魔が入ってしまいましたね」
「まあ、はい…」
とはいえ、そこまでやりたかったわけでもなかったが。ただ、いつもの癖でふらっと立ち寄っただけで。
「なに使われるんですか?」
「なに?」
「ストバでは何のキャラを」
「あ、ああ…王鬼を。元々は龍を使ってたんですけど、キャラ性能があれだったので…」
「あー、性能」
キャラを変えたきっかけは宮田にボコられた時だった。
話にならないほどの惨敗。1本はかろうじてとれたが、あとは目も当てられないほどの有り様だった。
それからずっと王鬼を使っている。
「…でも、すごいですよね」
「え?」
「キャラ性能でいえば、あなたのつかうDザンギは王鬼の遥かに下。それなのにあんな勝ち方…しかも、あいつはストバの上位プレイヤーなんですよ。すごい」
「…あ、やっぱりそうなんですか。あの人の動き的にそうかなって。でも、だからですかね…割とテンプレというかわかりやすく動くのでやりやすかったです」
「…」
確かに、そういう事もあるだろう。コンボの決め方はあるていど型があるし、読みやすいというのはある。
けど、それでも普通は完封なんてできない。
超人的な読みと洞察力、反射神経がなければ反応した頃にはコンボは決まっている。
「…やっぱり、所詮…人も元々の性能ありきか…」
「?」
「あ!いえ、すみません変なこと言っちゃって!…ただ、俺みたいな落ちこぼれがいくら頑張っても、すごい人には勝てないなぁ〜って。…元々の持っているものが違いすぎるから…」
「…」
「…俺、ストバには自信があったんです。誰にも負けない自信が。勉強、運動、何もかもをもつあいつ…宮田にもストバなら勝てるって思ってて。でも、ボコボコにされた…俺は好きなものですら勝てない」
初対面の人になにを言っているんだ。みっともない、恥ずかしい…それは理解しているけど、濁流のようにせきをきった感情が言葉になる。
「それが、人の性能…ふむ」
「…すみません、変な話しちゃって…」
「いえいえ、気持ちわかります。私も昔似たような事で悩んでいたんで」
「え、あなたも?」
「はい。唯一の特技がある、けどそれでも勝てない人がいて、俺はもうダメだーって思ってたことが」
「…俺?」
「あ、いえ、私!あ、あはは…」
慌てて誤魔化すように笑う。どんな顔しても可愛いな、この人は。けど、その表情はどことなく少年ぽさがあった。
不思議な人だ。どうみても容姿は可愛らしい美少女そのものだ。けど、どことなく中性的な雰囲気も感じる。
「でも、それでも道はあるんですよ」
「え?」
「ストバで負けても死ぬわけじゃない。だからなんどもなんども練習する。そうしていくうちに活路がみえてくるんです…続けていけば、必ず。あなたもきっとそう」
「俺も…」
「そんなつらそうにしててもやめられないほどストバが好きなんですよね。ならもう覚悟を決めて、なんど負けてもいいくらいの気持ちで全力でやるんです。そうすれば道は拓けます、必ず」
自分なりにやれることはやってきた。だから苦しんでこんな気持ちになってるのに…。
でも、なぜだろう…この人の言葉は不思議と信じてみようと思えてしまう。
あのバトルを観たせいなのか?それともこの人自信のカリスマ性?あるいは、実際にその道を歩んできた人がもつ説得力?
(…わからない…)
「…そう、ですか。わかりました、もう少し頑張ってみます」
「はい!」
「…ご注文、お決まりですかー?」
「おおっ、清水さん」
「お話が盛り上がってるところごめんね。店長がそろそろ注文聞いてきてってさ…」
「ごめんなさい、えーと俺はこのグリーンティー…なににしますか?」
ふと目を向けると、彼女は清水さんのほうをじっとみていた。少し驚いたような、そんな表情で。
清水さんはそれに気がついたようで、にこりと微笑む。
なぞのやりとりに俺は首を傾げる。
「じゃあ、私も同じものを」
「はい、かしこまりました」
その後、注文しようと思って忘れていた抹茶団子が清水さんからのサービスできて驚いた。
やはり可愛いのは得なのか…清水さんも彼女の魅力にやられたのかもしれない。
食事が終わり、飲み物も飲み干した頃。
「さて、ゲーセンに戻りますか」
「え」
「さっきは邪魔されてしまいましたから。ストバしにいきましょう。練習して強くならなきゃ」
「…付き合ってくれるんですか」
「もちろん!私でよければアドバイスもしますよ!」
『…お前見てえな奴が何やっても上手くなれるわけねえよ。やめちまえ』
宮田の言葉が脳裏に過ぎる。
「…や、でも俺…かなり下手で」
「そうなんですか?でも、私、実践ありますよ。ゲームまったくしたことが無かった女の子を、ストバ上位勢と互角に戦えるまでにしたことが。なので、大丈夫かと!とにかく行きましょ!」
フードをかぶり席を立つ。そして俺へと手を差し出した。
みあげた彼女の背後にある黄色い照明が眩しい。
いや、違う。実際はそれほど照明の光は強くない…けど、眩しく感じるのは彼女がそこにいるからか。
ゲーセンまでの道のり、彼女はこっちから行っていいですか?と遠回りを提案してきた。その意図は分からなかったが、彼女とのこの散歩が少しでも長く続くのならという打算的な気持ちが働きよく考えず了承した。
人気のない道に入る。彼女は人混みが苦手だという話を喫茶店で言っていた。だからこの道を通るのかなと、ぼんやり考えていると。
「…はい、ストップストップ。止まれ」
目の前に宮田の取り巻き2人が現れた。
「…え?」
そして、背後の物陰から宮田も。
「やあ、お二人さん。さっきぶり」
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