第1話


「…寒いと思った」


はらはらと白い結晶が舞う空。バイクに付いているグリップヒーターのスイッチを押し、ヘルメットのバイザーを下ろす。


憂鬱になりながら俺、村上むらかみひとしは白い息を吐いた。


「ま、雨じゃないだけマシか…手紙濡れちゃうし」


もうすっかり暗くなった道。まだ夕方なのだが、九月の曇り日ともあって暗くなるのは早い。

心から熱を奪うように、気温もまたぐんぐんと落ちていく。


もう他の社員は帰っているのだろうか…。


「すみませーん!配達に参りましたー!」

「…ったく、おせーよ」

「すみません!」

「こっちは客だぞ?客待たせてんじゃねえよ」

「はい、申し訳ありませんでした!次から気をつけます!」


ちっ、という舌打ちと共にバン!と扉を閉められ俺は肩をびくりと震わせた。


…こ、怖え…。


ちびりそうになりながらも何とか謝り倒しやり過ごせた。この配達先は社内でも有名なクレーマーで、とにかくキレ散らかす。

毎回必ず指定された時間に行くのだが、それでももっと早めに来いとかタイミングが悪いとか難癖をつけてくる。


だが、まあ…一番やばいところは終わったし、これで一安心。あとの配達先は二十件くらいか。


ちなみにいうとここの配達先は俺の担当ではない。そもそも担当区域からこの一件は割と離れている。

しかし、お前が一番対応できるといわれここだけ担当を充てがわれていた。


接客が丁寧だとか人当たりがいいとか色々言ってはくれていたが、要は面倒な客の押し付けだろう。俺は社内でも大人しいからそういうの押し付けやすいんだろう。


おもえばずっとそうだったな。これまでの41年の人生、あらゆる場面で受け身で奥手だった俺。流れに身を任せながら行きてきて、気がつけばここにいた。


肩身の狭い会社で、色々な仕事を押し付けられサービス残業の毎日。期間雇用で年下の社員からは顎で使われ、低学歴を馬鹿にされる。頭が良ければもっと良い仕事にも就けたかもしれないが、今となっては後の祭りだ。アラフォーのここから、しかも能力もない自分がはい上がることなんてできるわけがない。


他の職に就こうと勉強を始めた事もある。けれど、上手くできなかった。覚えが悪い。年齢のせいか、それともこれまでまともに勉強をしてこなかったせいか、全く覚えられなかった。


なら、別の方向なら?例えば、イラストレーターや配信者。もしかするとそれなら自分でも何かできるんじゃないか?そう思って始めたイラストや歌。けれどダメだった。毎日が忙しくてそこに割く時間がなかった。何よりやる気が日々の仕事で削がれ、疲労も相まって心が動かない。


そうしてあっという間に41年が過ぎた。体力もメンタルも弱り、何も持たない無能がただそこに生きていた。


もう人生が詰みの状態だった。この先、どうなるんだ?増えない給料と増していく出費。不安がどんどん増していき、心を覆っていく。


しかし、そんな俺を唯一支えてくれていたものがあった。


それがVTuberだった。可愛らしいキャラクターに声をあて、沢山の視聴者と楽しげにトークする女の子達。

どの子も元気いっぱいで、面白くて、愛嬌があって。

そんな彼女らのファンになり、いつしかその配信を観ながら毎日を過ごす事で日々の辛さを忘れることができ救われていた。


…けれど正直、その反面妬む気持ちも少なからずあった。楽しい事を仕事にして生きていけるなんて、すごく幸せそうでとても羨ましい人生だなって。


だが、その内彼女らを知れば知るほど、VTuberというものがただ楽しいだけでは無いことを知る。


ダンスや歌のレッスン、配信外での仕事、私生活の殆どをそうした活動で埋められ、多忙な日々を過ごしていること。


俺とは比較にならない程忙しい日々を送り頑張っている。リスナーの中には荒らしといった誹謗中傷コメントをする者もいる。決して少なくないそれは、俺が客から受ける罵倒と同等かそれ以上の痛みを受けているはずだ。それだけじゃない。きっと見えない裏側でもいろいろと苦しみがあるはずだ。


…けど、それなのにあんなに楽しそうに配信をしているんだよな。


辞めたいと思うこともあるはずだ。逃げたいと思う事も…なのに、彼女らは配信をする。


(…俺も)


そういう人生を捧げられる程のものが欲しかった。ああやって沢山の視聴者に認められ、憧れられ、キラキラした世界で楽しく活動する。苦しみも悲しみも飲み込んで、痛みを受け入れててでもやりたいと思えるそれが。


(…けど、もう無理だ。もう、遅すぎる)


だからせめて、彼女らに貰ったこの幸せな気持ちを返すために、グッズを買ったりスパチャを投げる。

推しの為ならこの辛い仕事だって乗り越えられる。想うだけで力が沸いてくる。ストレス太り、運動不足、どうせ生先短いだろうし、出来るだけ稼いで彼女らにぶち込んで…夢を見て終わるんだ。


そうすれば俺の人生にも少しは意味が生まれるはずだ。


「おい、デブ…お前、帰ってくんの遅えよ」

「…す、すみません」


配達が終わり帰ると怒鳴られた。年下の社員である彼は帰る準備をしながら俺を睨みつける。


「ったく、もう20時だぞ…こんな時間までかかりやがって。お前がやるはずだった仕事、こっち回されてこの時間まで残業だぞ…」

「申し訳ないです」

「ホントにトロくせえ奴。やっぱ頭わりいから要領も悪いんだよな…マジで。まあ、いいや。荷物配達、三件やってやったから今度何かで返せよ?」

「…はい」


ふと配達予定の荷物をみる。ざっとまだ残りが三十件くらいある。もう20時半だから、帰りは日付跨ぐかもな。


「じゃあなポンコツー」

「…お疲れ様です」


背を向け帰るのかと思いきやそのまま止まる。こちらをみてにやにやと笑う彼。


「…ほんと、お前みたいな使えないやつ。なんの為に生まれてきたんだろうな」


「…」


俺はなるべく何も考えないように作業に努めた。荷物を車両に詰め込み、車を走らせた。

配達の度にエンジンを切るため、暖房が機能せず車内は寒いまま。だが、体は熱く寒さが気にならない。


気がつくと視界が滲んでいて、急いで手袋で拭う。


(…くそ)


これまでの人生を思い返し、自分の不甲斐なさを悔やむ。

あの時、こうすれば…もっと早くあれに気がついていれば。もっともっと学生時代に勉強をしておけば。

好きな事にもっと努力していれば。


「…くそ、くそ…俺は」


こんな人生…生まれてこなきゃ良かっ――


凄まじい衝撃だった。


青信号で進んだ交差点。最期にみたのは横から迫る大きなトラックと運転席の眠ったおっちゃん。


そう、最期だった。


運転席にピンポイントに突っ込んできたトラックは俺の全身を潰し、「あ」と思った瞬間に視界が暗転。意識は飛んだ。


※※※


(…あ)


子供用の机。画用紙に色鉛筆で絵を描いていた時、俺はそれを思い出した。


いや、今の俺は俺では無い。


なぜなら男では無いからだ。


小さな手のひらをみる。肩に掛かる長いブロンドの髪。

俺は椅子からおり、ベッド横に置いてある化粧台に向かった。いつか必要になると気が早い母親が購入した木製の高級感あふれるそれには大きな鏡がある。

そこに自分の姿を映し確認する。


「…やっぱり女だ」


一人の子供部屋。ぽそりと独り言をつぶやく。


背中まであるブロンドヘアー。頭部にある赤いリボンつきのカチューシャ。子供ながらに長い睫毛と、これから先おそらくはそうとうな美人になるのではと予感させる整った顔立ち。そしてふわっふわのフリルがついた白いワンピースが相まってまるでお姫様のよう。

バチクソ可愛い。なんだこりゃあ、最強のロリ幼女じゃねーか。


(…母さんが日本人で父さんがイギリス人だったよな、確か。髪も染めたわけじゃなく天然物、よく見たら目の色も…マジか)


そういえば、母さんは雑誌モデルをする程の綺麗な人。この顔立ちはその遺伝なのか。

いや、まあ…これから先このまま可愛く育つのかはわからんが。親が綺麗で子はそれほどってのは山程いるからな。子供って育つと顔結構変わるし。…あ、これ炎上しそうな発言だな。


そんな事を考えながら、鏡にポーズをキメて笑顔を作る。一番可愛く見える角度を探し、くねくねと髪を振り乱しつつ十分くらいが経過。

結論、どの角度も等しく鬼可愛い。現場からは以上です。


ま、とにかく、あれだな。肌のケアや美容関係に気を遣ってなるべくこの可愛さを維持していく方向で努力し続けよう。この先どうなるかはわからんが、まあ造形が微妙になっても化粧が上手ければ問題ないだろ。可愛いは作れると言いますし。


って、それよりも…。


俺、転生したみたいだな(今更)


トラックに横から突っ込まれて、そのままって感じか…。


ふと気がつくと手が震えていた。これはおそらく恐怖のほうだろう。美少女に転生できた喜びももちろんあるが、それを凌ぐあの死の強烈な体験に本能が恐れをなしている。


私は恐怖を払うように首を振る。


…生きてる。


いつ死んでも良いと思っていた。こんなどうにもならない世界なら、いっそ死にたいとも。

けど、本当に死んでみて感じる。生の温もりと後悔。


俺が死んでどのくらい経っているんだろうか。母さんは…前の俺の親はどうしてるんだ?

一人残してきてしまった母さんは。


…自分の事で手一杯で、親孝行もろくにしてやれなかった。


せめて、死ぬ前に何かしてあげられたら良かった…。


村上むらかみ凛子りんこ


まだ高校生の頃。若くして俺を身籠って、相手にも逃げられ女手一つ。

相当な苦労をした事は想像に難くない。朝も夜も働いて、俺を何とか高校まで卒業させてくれて。

けど、俺は…こんなポンコツだった。頭が悪くて、要領も悪い。あげく、手ごろな娯楽に現実逃避して…。


『――仁が幸せならお母さん嬉しいな』


胸の奥がじんわりとした。


『好きな事たくさんして、夢叶えて、ああ楽しかったって…。何でもいいよ。仁がどんな形でも幸せになってくれれば、それで』


高校に入学した時に言ってくれた事。今になってわかる。あれはきっと母さんがしたかった事なんだろう。

自分はそうは出来なかった、だから…。


ぽたぽたと頬を伝う涙。


いくら手で拭ってもどんどん溢れてくる。


「…幸せになる」


それが母さんの願いなら、俺は…いや、私は幸せになる。姿も形は変わってしまったけれど、今度はこの人生で。私は後悔の無い生き方をする。



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