病院X

@yamazorua

第1話:名無しの処方せん

道路の真ん中を一人で歩いていた。あの時の私の気持ちはなんと表せばよいだろう。人っ子一人いない深夜2時の道路の真ん中で雨に打たれながら、傘もささずに孤独に散歩する私の気持ち。今、あえて例えるなら、リードを外されたピットブル、あるいは、子供に忘れ去られた昔の玩具だろうか。そういえば、トイ・ストーリーなんて言う映画があるが、もし彼等が人間に見つかったら、一体どうなってしまうのか。非道な実験をされる?それか、動物園のような檻に閉じ込められてしまうのか?「生死をかけた隠れんぼ」。私はそう呟いた。もし、目の前に突然、人が現れたら、私も彼等のように、道の真ん中に即時に倒れるだろう。檻には入りたくないし、非道な実験も受けないように。ちゃんと綿の詰まった人形のように「ポトッ」とはいかなくても「ドサッ」と。しかし、私の前に現れたのは、人間でも、動物でも、月の残像でも、言うまでもなく、動く人形でもなかった。


それは、クリーム色のハンドバッグだった。たった一つ、道路の真ん中にポツンと落ちている。私が歩く道路の両端には、5メートル置きずつに街灯が置いてあり、飛行機の滑走路を連想した。私は、こんな深夜まで、ほったらかしにされたそのバッグをなんとなく寂しくかんじ、吸いこまれるようにそのバッグを拾った。まぁ、実のところ、殆ど好奇心なのだが。持ってみると、中身は空なのか?ペラペラで軽かった。普通、多くの人々は、他人の私物の中身を見ることはしない。しかし、夜中に誰もいない、誰にも見られない場所なら話は別だ。好奇心には勝てない。人は好奇心と少しの背徳感があったからこそ、今の多種多様な文明社会を作れたのだ!

 中には二枚の薄い紙きれが入っていた。一枚は処方せん。もう一枚には、住所と病院の名前が書いてあった。薬が入ってないのを診るに、恐らくこの持ち主はまだ薬局で薬を受け取っていないのだ。当初、私は持ち帰ろうかなと思っていたのだが、私が持ち帰ったら、持ち主が困る。だから、大人しく交番に届けることにした。私は人に迷惑かけてはいけないと小さい時から親に言われてきたのだ!親からの言いつけは好奇心に勝る。だから、世の人々は純粋な好奇心を満たすよりも薄っぺらい啓発本に流されがちなのだ。

 交番の目の前には横断歩道がある。中で、女性の警察官がペンを片手に書類を睨んでいるのが見えた。こんな深夜だから、車もないし普段なら赤でも渡るのだが、交番の前では何故か大人しく青になるのを待ってしまう。人間は無意識に裁かれるのを恐れている。それは幼少期のトラウマから?それとも、私は真人間だという自負心からかだろうか。私は青になったのを確認し、歩き始めたが…「ドスンッ」転けた!盛大に転けた!咄嗟に掌で地面を着いたから、急所は免れたが、しかし、「あー!、やっちゃった⋯。」肩にかけていたハンドバッグが腹の下じきになっていた。クリーム色のバッグが道路の舗装で擦れて、布地に傷が付いてしまった。中の紙は大丈夫かと、私はバッグから2枚の紙切れを取り出し、さっきよりも入念に確認した。そこで私はやっと気づいた。処方せんの名前がなかったことに。

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