第7話 あなたが見た悠真

【取材メモ:2025年9月18日】

今日、私のメールボックスに、見知らぬアドレスからメッセージが届いた。

件名は「あなたが見た悠真」。

本文には、たった一行だけ書かれていた。


「私は悠真を見た。でも誰も信じてくれない」


送信元のIPアドレスを調べると、

驚くべき場所から送られていた。


私の自宅。


――高橋亮


---


【メール記録:2025年9月18日 15:32】

送信者:unknown_viewer@private.local

宛先:takahashi.ryo.documentary@gmail.com


件名:あなたが見た悠真


私は悠真を見た。でも誰も信じてくれない。


彼は5月17日、午後3時07分。

桜並木通りの真ん中で、自転車から降りて、空を見上げてた。

青い手帳を広げて、何かを読んでた。

そのあと、ふっと、煙のように消えた。


私は叫ぼうとしたけど、声が出なかった。

時間が止まったみたいだった。


警察に行ったら、「 hallucination(幻覚)だ」と言われた。

友達に話しても、「柏木の噂に影響されてるだけ」と笑われた。


でも、本当だ。

あなたも見たでしょう?

だから、カメラを向けているんでしょう?


返事をください。

あなたが最後の“証人”です。


---


【IPアドレス解析報告(民間委託)】


送信元IP:192.168.1.32

※ローカルネットワーク内アドレス

※インターネット上からの送信不可能

※「private.local」は、通常、家庭内デバイスが自動生成するホスト名


結論:

「このメールは、高橋亮氏の自宅Wi-Fiに接続されたデバイスから送信された可能性が高い」

※ただし、送信時刻(15:32)に、高橋氏は柏木町に滞在中(位置情報・証言確認済み)


矛盾点:

・メール送信端末は、高橋氏の自宅PC(MACアドレス一致)

・しかし、高橋氏本人は当日、自宅に不在


備考:

「192.168.1.32」の“.32”は、意図的な設定か?


---


【取材メモ:2025年9月19日】


私は自宅に戻った。

留守中の防犯カメラを確認すると、誰も入っていない。

だが、PCの使用履歴には、9月18日15:30にログイン記録があった。

ユーザーは“ゲスト”――だが、私はゲストアカウントを無効にしている。


メールの下書きフォルダには、

「第8話構成案」という文書が保存されていた。

中身は真っ白。

ただし、ファイルのプロパティに、

作成者名として「佐藤悠真」と記録されていた。


ありえない。

だが、私はもう、“ありえない”を否定できなくなっていた。


---


【複数のメール記録(9月19日~20日)】


すべてのメールは、15:32に届く。

件名はすべて「あなたが見た悠真」。

本文は少しずつ変わる。


「彼は32分の中から、あなたを呼んでいる」

「カメラじゃなく、目で見て」

「記録は消える。でも記憶は残る」

「あなたも時守の血だ。選べる」


最後のメールには、添付ファイルがあった。

ファイル名:「final_witness.mp4」


再生すると、画面には私が映っていた。

柏木町の桜並木通りで、カメラを構えている。

その横を、悠真が自転車で通り過ぎる。

私は彼を見ている。

だが、カメラは下を向いている。


映像の最後に、文字が浮かぶ。


「あなたは見た。今、認めて」


---


【ドキュメンタリー制作チーム内メモ】

作成者:山本由紀

日付:2025年9月20日


高橋監督の様子がおかしい。

昨夜、彼が独り言で「俺が止めればよかった」と繰り返していた。

そして今朝、彼のノートに新しい記述があった。


「2025年5月17日、3時04分。

 私は桜並木通りにいた。

 悠真と目が合った。

 彼は微笑んで、『時間だ』と言った。

 私はカメラを構えたが、シャッターを押せなかった」


……監督は、本当にいたのか?

それとも、記憶が“上書き”されているのか。


怖い。

でも、このまま終わらせられない。


---


【インタビュー音声文字起こし:2025年9月21日】

対象:高橋亮(本人)

場所:取材車内


「……俺だ。あの日、いたのは。

 東京にいた記録は全部、母が作った“カモフラージュ”だ。

 母は、俺を“時守”から守ろうとした。

 だから、アリバイを作った」


「でも、俺は柏木に来た。

 5月17日、3時前。

 悠真に会うために。

 彼から前に、メールが来ていたんだ。

 『32分を記録してほしい。誰かが見てないと、意味がない』って」


「俺は現場に着いた。

 彼が通り過ぎるのを見た。

 カメラを向けた。

 でも、3時05分になった瞬間、手が動かなくなった。

 時間が止まった。

 俺も“中”に入ったんだと思う」


「……その32分の記憶は、今も曖昧だ。

 でも、彼が最後に言った言葉だけは、はっきり覚えてる」


「『あなたが見たなら、それは消えない』」


---


【柏木警察署・最終捜査メモ(非公式)】


日付:2025年9月22日


佐藤悠真事件は、

・目撃証言23件

・通信データの矛盾

・防犯カメラの不整合

・取材者の異常行動

を踏まえ、

「超常的要素を含む未解決事件」として、

事実上、捜査を終了する。


ただし、

高橋亮氏の証言を裏付ける証拠は一切なし。

彼もまた、“32分の中”を見た幻覚に囚われている可能性が高い。


本件は、

「柏木町の伝承に起因する集団的認知の歪み」として、

内部記録に留める。


---


【取材メモ:2025年9月23日】


今日は、悠真の祖母・千鶴さんに最後の面会に行った。

彼女は、ベッドの上で静かに言った。


「あなたが見たんなら、もう大丈夫。

 記録は消えても、

 “見た”という事実は、時間に刻まれるのよ」


「悠真は、消えたんじゃない。

 “選んだ”の。

 神の時間に入ることを」


「そして、あなたも選んだ。

 彼を見ることを」


彼女の手には、青い手帳の複製のようなものが握られていた。

表紙に、私の名前が書かれていた。


「次は、あなたの番かもしれない。

 でも、怖がらないで。

 あなたには、カメラがある」


---


【ドキュメンタリー制作メモ:2025年9月24日】


「あなたが見た悠真」――

それは、私への問いかけだった。


この事件は、

誰かが消えた話じゃない。

誰かが“見た”話だ。


悠真は、消えることを望んだのではない。

誰かに“見てもらいたかった”のだ。


そして、私は見た。

だから、この記録は意味がある。


たとえ、誰も信じなくても。

たとえ、明日すべてが消えても。


(つづく)

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