第10話 あたたかい夕食
「お客さんなのにごめん、運んでる間にそっちの布巾で拭いといてもらっても良い?」
村山くんが、何かをしようとして何をしたら良いかわからないでいる私に気づいてそう言ってくれる。お邪魔して、ご飯を作ってもらって、何もしないで座って待っているだけは気まずいから、正直助かった。
そして、何となくだけれど、そういうこちらの気まずさをわかった上で、"お願い"をしてきている気もして。
「…………すごいなぁ」
ぽつりと、私の口から言葉が
脳裏に不意に、綺麗な部屋と、一人分の食事が用意されたテーブルがちらつく。
「大丈夫? お客さんにまで働かせてごめんなさいね。私が本当はやれてしまったらいいんだけど」
「あ、はい、大丈夫です! 八重さん、足を痛めてるって村山くんも言ってましたしお邪魔しているのはこちらなので。何だか、布巾でテーブルを拭くのって、何だか新鮮だなと思って――」
私は声をかけてくれた八重さんにそう答えながら、長い、年季の入った木のテーブルを拭いていく。そして、拭き終わったところに、奈海ちゃんと愛海ちゃんのコンビが色々と並べていくと、たちまちに、部屋に食卓の香りが広がった。
お店の中の様々な料理の匂いでもなく、作り置きをレンジで温めたものとも、出前で取った出来たてのものともどこか違う、この家と、作りたてのご飯の匂い。
(どうして、懐かしい気がするんだろう)
記憶にはないはずなのに、不思議な懐かしみを覚えて、私はその空気を吸い込んだ。少しだけ、憧れていた景色に、自分が存在していることが、不思議だった。
「おにい、早く早く」
奈海ちゃんに急かされながら、村山くんが自分の分も運んでくる。
そして、こちらと自然と目が合うと、にこりと笑って言った。
「ね、本当に庶民的でしょ? お口に合うといいんだけど」
「合うに決まってるじゃん」「兄さんのご飯は美味しいですからね」
「……うん。本当に美味しそう」
それぞれの言葉に頷きながら、私は心からそう言った。
いつも作りに来てくれる佐々木さんのご飯が美味しくないわけじゃないし、整えられた家はとても綺麗だ。
でも――。
椅子ではなく畳の上の座布団に座る。手を合わせて、いただきますの元気な声と共に、そっとハンバーグを箸で割ると、肉汁が染み出して。添えられた大根おろしと大葉にポン酢がかけられたものを載せて、口に運ぶと、口の中に肉の旨味と、さっぱりした酸味が広がった。
「……美味しい」
感想として出たのはそれだけだった。本当は、こんなものが作れる村山くんへの尊敬だったり、どうだと言わんばかりにこちらを見ている奈海ちゃんと愛海ちゃんに反応をしたりしたかったのだけれど。
でも、私の様子を伺っていた村山くんはそれに少しほっとしたようにはにかんで、頷いて自分も食べ始めて、妹達二人もそれぞれに美味しいと言いながら口に運んで。
何だかそれが、どうしようもなく、優しく感じた。
よそってもらった白米を食べて、お味噌汁を飲んで、ハンバーグを食べる。
温かくて、この空間も暖かくて、団欒というのはこういうものなのかもしれないと思った。そして、その団欒の中に今自分がいるということを自覚すると、不意に鼻がつんとするのを感じる。
(…………)
黙々と、食べた。静かだけど、しん、としているわけでもない食卓。
あまりにもそれが居心地が良くて、私の心の中は、騒がしかった。
パパとママと食べるご飯は美味しい。仕事にやりがいを感じて毎日忙しい二人はかっこいいし、幸せなオーラを出している二人を尊敬していた。そうなりたいな、とも思っている。
仕事ばかりでもなくて、きちんと休みの日には出かけたりするし、有名なお店のランチやディナーにも連れて行ってくれるパパとママ。
仕事も人生も楽しい上に可愛い娘がいて僕らは幸せだよと、パパはよく言う。
私も勿論、幸せだった。
幸せじゃないなんて言ったら、罰が当たるくらいに、私は恵まれている自覚がある。
家だけじゃなくて、容姿も、能力も。
「花怜ちゃんは本当に美人だよね」「美人なだけじゃなくて勉強も運動もできるし尊敬する」「誰が釣り合うんだよ……」「あぁ、あの先輩なら確かに、わかりやすい組み合わせっていうか納得するよな」
きっと、凄くわかりやすい形で、当然のようにして、私は目立つ立ち位置にいた。
目立つということは、好かれるか嫌われるかどちらかを選ぶと言うことだ。そして、最初から目立たないと言う選択肢がない私は、無難な人生をきっと送れない。目立つけど、幸せになるためには、好かれた方が得。
だから、私は明るいギャルをやっていて、そんな自分も嫌いではない。
でも時々、一人で広くて綺麗なマンションにいて、配信の向こうでドラマとして描かれているような家族の食事を見たりするたびに。家族が作ってくれた食事を食べて、美味しいねって笑う。
そういう世界もあるし、人それぞれ。友達の話を聞いたりもして、もう高校生にもなってからは、そこには見えないけれど、明確に線があると思っていた。
「はぁ……温かくて美味しい」
私はまた、ぽつりと呟く。
「ありがと、ご飯、少なめについじゃったからさ、良かったらおかわり、いる?」
「あ……ありがと。ごめんね突然一人増えただけでも、大変なのに」
呟きを当たり前のように拾ってくれて、村山くんがおひつからご飯をよそってくれようとする。それにお礼を言ってお茶碗を差し出してしまって、私ははっとなって付け加えるように謝った。
「新米を送ってもらったやつだから、美味しいのよね。花怜さんも、スタイルは物凄くいいのだけれど、私みたいな年齢からしたらもっと食べなさいってなっちゃうから。あら、これもハラスメントかしら?」
八重さんがいたずらっぽく笑う。
沢山の笑い皺の奥からの目が、優しい。「どうぞ」と言って渡してくれる村山くんの目も、どうしようもなく、優しかった。
でも、それがどこまでも、普通で。
(…………あぁ)
ずっと、心に波が立っている気がした理由がわかった。
私はきっと、この普通さがどうしようもなく――――羨ましかったんだ。
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