第9話 村山くんという人


 「それで」という言葉と共に、私の前に座る、同じ顔なのに見分けがついてしまう二人の少女が口を開いた。


「花怜お姉さんは、結局兄さんの何なんでしょうか?」


「そ……そうだそうだ」


 丁寧に、でも探るように尋ねる愛海ちゃんと、腕立てを指示通りにやった結果ぜいぜいと言っている奈海ちゃん。


「兄さんが初めて家に連れてきた女性が、お姉さんみたいに美人で、しかも……」


「こんなギャルなんてアタシは認めないぞ!」


 自分の言葉に被せるようにして小声で叫ぶ、隣りに座る片割れを残念な目で見た後、愛海ちゃんは私の目を見つめるようにして首を傾げて答えを促した。

 二人とも可愛い。愛海ちゃんは自分が可愛いことをきちんと理解している仕草で、奈海ちゃんは理解していない仕草。こんなにも似ているのに似ていない双子だけど、村山くんのことをそれぞれ心配しているのはわかって微笑ましかった。


「うーん……」


 だけど、私は言葉に困って、少し考えるようにして口に人差し指を当てる。

 答えたくないわけでは勿論ない。

 まだ出会って間もないけれど、私はこの家のことが。そう、椅子に座ってにこにこと私たちを見ている八重さんに、宿題を机に出したものの手を付けずに私を凝視している二人が醸し出している空気のようなものが好きだ。


「……友達、かな?」


 私は村山くんの何なのか。村山くんは私の何なのか。

 単純なようで難しいその問いに、迷いながら言葉にしてみると、何だか少し、不思議な感じがして、語尾に疑問符がつく。


「"かな"ってなんだよ? あれだけ料理もできて強くて優しいおにいに何か不満でもあるっての?」


 私の言葉尻に奈海ちゃんがむむっとしながらそう詰め寄ってくる。

 お兄ちゃんラブらしい、可愛い。そしておそらくだけれど、叱られて腕立てをさせられたから、キッチンの村山くんに聞こえないように小声で凄んでいるのも、可愛い。


「……えっと、そういうわけじゃなくてね、何ていうのかな」


 雑念のように、私もこんな風に妹が欲しかったなと思いながら、私は言葉を選ぼうとする。


 正直にパッと出てくる村山くんと私の関係性は、ただのクラスメイト、だった。

 同じクラスの、隣の席の男子。うるさくもないし、かといって暗くもない。瞳の彼氏である裕也くんとよく話しているし、女子とも話したりしている。


 成績が凄く良いと聞いたこともないし、部活動関連で名前を聞いたこともない。

 前に一度だけ、いい人なんだな、と思うことがあったけれど、それも一方的にこちらが知っているだけ。


「だからはっきりと―――――んぐ、んが」


 だけど、成り行きでクラスメイトの家にお邪魔しました。で納得してはくれないだろうなぁと悩んでいたら、迫ってこようとした奈海ちゃんが、愛海ちゃんに背後から絞められていた。タップしているけど大丈夫かしら。


「ごめんねお姉さん。ちょっとこの子、同じ遺伝子と思えないくらいお馬鹿なの、特に兄さんが絡むと。少し黙らせとくから、ゆっくりでいいから事情を聞きたいな」


 逆に言うと、ゆっくりでいいから吐け、と言っているようにも聞こえて、私はくすくすと笑ってしまった。


「……げほ、愛海、締めすぎだし……ってか何で急に笑ってんのさ」


「うーん、奈海の馬鹿さに可笑しくなったんじゃない?」


「何でだよ!? 大体アタシだって成績はわるくないぞ?」


「そういうところよ」


 目の前で繰り広げられる寸劇に、今度はくすくすではなくて、あはは、と笑みがこぼれる。昨日の夜からずっとむかむかしていたのに、村山くんに助けられてから、なんだかそんなことで悩んでいるのも馬鹿みたいだと思った。


 そして、自分の自然な思考に、そっか。と思う。


「あのね、私と村山くんはクラスメイト。正直それ以上でも以下でもなくて、友達と言えるほどの関係でもなかったんだけどさ」


「……家まで来てるのに? いいわけとかじゃなくて?」


 話し始めた私に、二人が首を傾げて疑問を口にした。


「うん、まぁ、確かに不思議なんだけど、助けてもらったんだ。ちょっと元カレと揉めてさ……何かそこから、成り行き、というかわがまま? で、お買い物に付き合わせてもらって、家に帰っても一人だって話ししてたら……」


「話してたら?」


「えっと、ご飯でも食べるか? って言ってくれて、そのまま家に上げてもらっちゃった。だから彼女とかじゃないし、友達とすら呼んでもいいのかわからないけど、友達って呼びたいなぁって私は思ってますって関係」


 大幅に端折ったが、私の言葉を聞いて、事情を聞きたそうにしていた奈海ちゃんと愛海ちゃんは、無言でなるほど、という雰囲気ですとん、と腰をおろす。


「柊二は、昔から、色んな怪我したもんを拾ってきたからねぇ。面倒だ面倒だと言いながら、放っておけない子なのよ」


 そして、それまで孫と孫が突然連れてきた女の子のやりとりを微笑んで見ていた八重さんが、そう言った。


「……確かにそれはおにいの良いトコなんだけど」


「まさか犬猫だけじゃなくて、クラスメイトの女の子まで同じように持ち帰ってくるとは想定外です」


 それに、奈海ちゃんと愛海ちゃんが呆れたように呟く。


「えっと、村山くんって、そんなに色々と……?」


 私がそう尋ねると。


「そうよ。昔から、がりがりの犬や、死にそうな猫とか、偶に連れて帰って来るのよねぇ。それでご飯を食べさせて、フクフクさせて、元気になるまできちんと面倒をみるの。この子もそうよ。ねえ、タマ」


 八重さんはどこか楽しそうに頷いて、膝の猫をひと撫でするとタマと呼ばれた猫はにゃあ、と鳴いた。


「だからね、貴女がもしも寂しかったり、疲れているならご飯を食べてお腹いっぱいになって、ゆっくりしていくといいわ」


 そして、優しげな目で八重さんがそう続ける。

 私はそれに「別にそういうわけじゃなくて」と咄嗟に答えようとして、でも、何故かその言葉は出てこなかった。


「ご飯用意できたから運ぶの手伝って~」


 村山くんの声が聞こえて、奈海ちゃんと愛海ちゃんが「はーい」と言って立ち上がる。私は、口を開こうとしたまま固まってしまって、そんな私を微笑んだままの八重さんは、静かに見つめてくれていた。

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