遺伝子組み換えアイドル
逆三角形坊や
遺伝子組み換えアイドル
かつて、アイドルは発掘され、育っていく存在だった。
整った容姿。透き通った声。
誰もを虜にする仕草や喋り方。
そうした素質を秘めた少女たちが、
努力と経験を積み重ねた末に、
国民的な「アイドル」へと駆け上がっていったのだ。
だが、それはすでに過去の話だ。
西暦20XX年現在のアイドルは、
遺伝子組み換えによって生成される人工生命へと変わっていた。
資源不足が深刻化した日本では、
アニメやゲームを筆頭とするIP産業が国家の生命線となり、
その中でもアイドル市場は、もっとも効率よく経済を回す装置として
特異な進化を遂げていった。
ひとりのアイドルにつき数十万単位のファンが生まれるこの業界は、
「育てれば育てるほど国が潤う」というわかりやすい構造を持っていた。
国の後押しで予算は年々拡大し、やがてアイドルは「発掘される存在」から、
「製造される商品」へと、静かに置き換わっていったのだ。
もはや芸能事務所は、育成とマネジメントを担う組織から
美少女を培養、加工する生体製造業へと姿を変え、
いつしか日本を支える巨大産業になっていった。
当初こそ倫理的な懸念も多く上がったが、
深刻な少子化のなか、容姿・内面・芸能センスを
すべて備えた人材を探すことは、もはや困難を極めていたのだ。
そんな中、遺伝子操作による美少女の設計は、
国内外の市場を潤す「国家主導の一大プロジェクト」
として整備され、気づけば、それは当然の選択肢として
国民の間でも認知されるようになっていった。
いまや、全てのアイドルは工場で生産されている。
調整されたヒトの胚には、声質・行動特性・身体能力など、
アイドルに求められる因子だけが発現するような遺伝子の組み換えが施された。
ただし、初期の個体には不具合も多かった。
整いすぎて無機質に見える顔立ち。
瞬きや笑い方が機械的すぎるもの。
違和感を生む生体は、不安要因として即座に処分された。
人間の目が心地よいと感じる微小な非対称性、不均一性を意図的に組み込むこと。
それこそが、アイドルに生命的な魅力を付与する主要な手法となったのだ。
こうした数多ものプロセスを経て生まれた決定版のアイドルが、
のちに日本中を熱狂の渦に巻き込むことになる「愛莉ちゃん」である。
愛莉ちゃんは、これまで人々が美少女に求めてきた全ての理想を、
そのまま物質的に再現した存在だ。
毛穴はなく、汗も体臭も生まれない。
髪・眉・まつ毛以外の体毛は一切生えない。
「ムダ毛という現実」は、ファンの幻想を壊すからだ。
鼻の穴は途中で閉じており、汚れは一切入らない。
腸は最初から設計から外された。
誰も、アイドルの排泄を望まなかったからだ。
こうして愛莉ちゃんの体からは、
「アイドルらしからぬ要素」が全てオミットされていったのだ。
愛莉ちゃんは、何をしても失望されることがなかった。
しかしその体は、アイドル活動が増えていくとともに、
徐々に崩壊していくことになる。
美を優先して改変された臓器は、
本来の機能をまったく保てない状態になっており、
彼女は「生きる力」そのものを失っていたのだ。
そしてその結末は、予想どおり、短命だった。
だが、商品とは、つねに改良され続けるものだ。
確認された不具合やSNSでのネガティブ評価、
寄せられた無数のレビューをもとに、
愛莉ちゃんの遺伝子は大幅にアップデートされ、
後継機となる次世代型美少女へと受け継がれることになる。
その名は「夢花ちゃん」。
夢花ちゃんは、愛莉ちゃんの上位互換モデルとして
あらゆる点でファンを魅了した。
彼女の毛穴は開閉式に再設計されており、
そこから甘い香りが自然に漂うよう調整されていた。
これはユーザー投票で最も支持された仕様であり、
握手会やライブに訪れた者たちは皆、
夢花ちゃんの体から立ち上がるその香りに魅了された。
また、鼻の穴や腸といった「管」の構造もゼロから見直された。
その結果、生命体として維持機能は大幅に安定し、
生体寿命も従来モデルに比べて10年程延長された。
夢花ちゃんは成長するほどに、
「国民が望む理想のアイドル」へと近づいていき、
その人気は、国家そのものを揺らす熱狂装置と化していった。
こうして日本は、世界随一の「アイドル産業国家」としての道を、
これからも迷いなく進み続けていくのだろう。
アイドル万歳。
アイドル最高。
This is Cool Japan!
遺伝子組み換えアイドル 逆三角形坊や @gainenM
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