第29話 死霊魔導師は待機中です。

「……王族派、か。狙いは何だ? ティウスは確かに貴族派の筆頭だが、なんで今なんだ?」


「今回のゴブリン騒動を知らなかっただけじゃないのか?」


「いや、ああ、それもそうか、シュヴェールト辺境伯へ最初に打診したとなればあり得るのか……」


 影から出たジェイミーの説明で頭を抱えるヘルヴィに、少し前までの笑顔は跡形も無い。


 テーブルから湯気の上がらなくなったティーカップを手に取り、渋くなったお茶を喉へ流し込んだ。


 俺もヘルヴィと同じようにお茶を口にふくむが舌を刺激する渋味と生ぬるさが不快感として流れ込んできた。


 確かに今回の脅威は去ったが、気にかかる事もある。


 シュヴェールト辺境伯領と、このティウス公爵領で立て続けに起こった魔物の大量発生がこの二回で終わるのか、ということ。


 もしかすると、もっと話題に上がらないような細かなスタンピードが起こっていたかもしれない。


 さらにこれから起こる可能性だって無いとは言いきれない。


 それなのに国の中、それも中枢でいがみ合い、さらには武力衝突なんてしている場合じゃない。


 そんなのは誰にも迷惑かけないところでやっていてもらいたいもんだ。


 でもこの盗賊騒ぎはチャンスだ。


 貴族派であるティウス公爵を襲った王族派の構図を俺たち、特にヘルヴィが知ったからだ。


 問題はヘルヴィの口頭だけでどこまで王族派を追い詰められるかだ。


 追い詰め過ぎても逆効果になる。


 現状の理想は、貴族派にはティウス公爵が王族派に襲われたとは知らせず、王族派の首謀者に釘を刺すことだ。


 当然、釘を刺す最適な人物はシュテルネ国王陛下。


 幸いヘルヴィと陛下の仲は悪くないと聞いている。


 そのヘルヴィが決定的な証拠を持って陛下を説得できればいうこと無い。


 それには必要な魔道具、映像を残す魔道具……いや、できればもう一つ、音声を残す魔道具だな。


 お茶の渋みの影響か、さらに眉間に皺の入ったヘルヴィと目を合わせ口を開く。


「ねえヘルヴィ、初めて会った日、治療の前に言ってた音声や映像を残す魔道具は持ってるの?」


 俺の言葉がゆっくりと染み込んでいったように、ヘルヴィの眉間から皺が消えていく。


「……そうか! そう言うことだな! ちょっと待て、確か持ってきているはずだが……どこだったか」


 カチャカチャとティーカップを皿に戻し、テーブルに下ろすと、寝台横のサイドテーブルに向かった。


 乱暴に引き出しを開いては中を漁り、閉め、次の引き出しと、俺の言った魔道具を探し始めたようだ。


「あったぞ!」


 ヘルヴィの手には黒い魔石のペンダントトップがついたネックレスと、手のひらサイズの石板。


「このネックレスが映像と音声を記録する魔道具で、こっちの石板は記録されたものを映し出す魔道具。これで良いのだなネクロウ」


 映像と音声は一つの魔道具だったようだ。


「うん。その魔道具でジェイミーに王族派の者たちが今回のことを話している場面の記録を撮ってもらえば」


「動かぬ証拠を、ということだな」


「そう言うこと。あとは陛下にヘルヴィが報告すれば」


「うんうん。報告するにしても、好き勝手できないよう首輪を嵌める方向に持っていくのだろ?」


 さすがヘルヴィ。今から言おうとしていたことに気づくなんてな。


 俺は差し出された魔道具を受け取りながら頷いた。


 ジェイミーに魔道具を渡し、俺たちはやることがなくなった。


 影に戻る途中、『ついでにティウスの分も撮って来るっすよー』と言ってた。


 そうだ、どうせなら両方の物があった方がいいと気づいた。


 言わなくても考え実行してくれるから感謝しかないな。


 ジェイミーを見送ったあと、ヘルヴィの部屋ではなく、作戦会議をしたテントで調査に出た部隊を待つことにした。


 お茶を出してもらい、少ししたところに森へ向かった調査隊が帰ってきたと報告が届く。


 お茶菓子のクッキーが美味しくて、おかわりを頼んだところだったので、ちょっと残念だ。


 セレスも残念そうに空の皿を見つめてる。


 そっと慰めながらも、この後用意してもらおうと心に決めた。


 帰還の報告を受けてすぐに息を切らせた騎士がテントに入ってくる。


「ゴブリン村偵察隊、ただいま戻りました」


 息が乱れてる以外目立った怪我などは無さそうだ。


「ご苦労、想定より早いが、何があったか報告を頼む」


 副団長さんが報告を急かす。


 思ったより早かったのは、道中の魔物がいなかったからだと思う。


 大量のゴブリンたちが他の魔物を食料にしていたのか、この森の魔物をほぼほぼ狩り尽くしていたからだ。


 食料が無くなれば、次に起こることは森を出て人を襲い始めていただろうな。


 騎士の口が開き、まず報告したのはゴブリンの村が更地になっていたという報告だ。


 ニキロ、平坦な道のりではない森の中をこの短時間で往復してきたからか、嬉しさの興奮か、少々息を弾ませ笑顔の報告だった。


「間違いないのだな?」


 口を開いたのは副団長さん。


「はい、間違いありません副団長。村があった場所にはゴブリンやオークの亡骸と、乾ききらない血痕、砕かれ燃やされた家の残骸だけでした」


「オークもいたのか……よし、報告ご苦労。お前たちの部隊は報告書をまとめるように」


「はっ」


 報告に来た騎士は姿勢をただし、スッと俺たちに向かい一礼したあとテントを出ていく。


 その顔は疲れを感じさせない笑顔が見えていた。


 戦わずして半分は終わったと確信できた今回のゴブリン騒動だ。


 完全な喜びに変わるのは、奥の本拠地を調べに行った部隊が戻ってからだろうが、夕方には確定するだろう。


「信じられません……ヘルトヴァイゼ殿下は結界魔導師、属性魔法も堪能と聞いていますが、それにしてもあの数を……」


 答え合わせは本拠地に偵察に出た隊が戻ってからだし、疑うよな。


「なんだ騎士団長、実際に魔石があり、侵攻予定だったゴブリンの村が潰されたと報告を受けただろう」


「ですが、今回のゴブリン討伐は我々ティウス公爵家の騎士団と、シュヴェールト辺境伯家の騎士団との合同作戦ですが、少なくない犠牲を想定していたのです」


「ふむ。我ら子供三人で成し遂げたことが気に入らない、そう言いたいのだな騎士団長は」


「いえ! ヘルトヴァイゼ殿下、そうではな、くてですね、なんと言えば……」


「違うとするなら手柄を横取りされたと思っているのか?」


「……い、あ、その」


 言葉に詰まりうつむいて黙ってしまった騎士団長。ギリッと歯ぎしりの音が聞こえた。


 ティウス公爵に、総指揮権を持つ俺から何とかして指揮権を取り返せとか言われてたんだろうな。


 うちにゴブリン討伐の遠征を打診しに来て騒動を起こさなければそうなっていたはずだし自業自得だ。


 騎士団長さんにとっては奪われた感覚なのかも知れないけど、現実を見てもらいたい。






 そんな雰囲気を気にすることもなく、陽気なジェイミーの念話が届いた。


『撮って来たっすよー、あと、王族派の偽物盗賊たちが関所に向かって動き出してるっす』


 また頭を抱えたくなる内容に、『はぁ』と大きなため息が出たのは仕方がないと思う。

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