映画あるあるに巻き込まれ続ける俺は、絶対に主人公じゃない

鳥獣跋扈

プロローグ こうして幕が上がった

 最初に違和感を覚えたのは、あの“音”だった。


 朝の通勤ラッシュを避けようと、いつもより十分早く家を出た。まだ街は薄青い光のなか、寝ぼけた空気を漂わせている。遠くの環状線を走る車の低い唸り、パン屋の換気扇の匂い、新聞配達のバイクの音──どこにでもある、ごく普通の朝だ。


 ……のはずだった。


 信号待ちの横断歩道で、ふと耳にひっかかるものがあった。


 ドゥゥン……

 まるで映画の予告編で鳴る、あの重低音。

 鼓膜じゃなく、胸の奥を揺らすタイプのやつ。


「……え? 何か今、鳴った?」


 周りを見渡す。だが通勤途中の人々はスマホを見ているか、コーヒー片手に歩き出す準備をしているかで、誰も気にしていない。

 風の音でもない。工事の音でもない。


 誰にも聞こえている感じじゃない。

 気のせいかな。寝不足か?


 そう思って、再び歩き出した時だった。


 ビルの屋上で、何かが光った、気がする。

 小さな反射……のはずが、妙にゆっくりと視界を横切る。


(スローモーション……?)


 まるでアクション映画のワンシーン、スーパースローで映し出された見たいに、頭上を弾丸が回転しながら横切る。

 あんな小さなモノ、しかも超高速で動いているような物が視認できるはずがない。


 瞬きした次の瞬間には、まるで幻のように消えていた。

 俺は自分の頬を軽く叩いた。

 寝ぼけてる。絶対寝ぼけてる。


 その数秒後。


 ドォン!


 遠くの方で、明らかに爆発音がした。


 周囲の人々も、びくっと肩を竦めて爆発音のした方を見る。

 ざわざわと、近くの知り合いらしき人らとなんだなんだと言っている。


 全身が凍りつく感覚。

 まさか、さっきので……?


 落ち着け、深呼吸だ。

 ただの建設現場の……ガス漏れとか……そういう……。


 ファンファンファン。

 思考を切り裂くように警察車両が道路を何台も通り過ぎる。


 ──いや、出動早くないです? 爆発したの、さっきですよ?


 そう思った瞬間だった。


 俺のスマホが震えた。

 非通知。


 恐る恐る出る。


「…………もしもし」


 返ってきたのは、機械的に加工された低い声。

 ああ、あるよね、デスゲームとかで。


『──導入シーンは、中々良かった。欲を言えば、もう少し焦るような表情が欲しかったところだ』


「は? え、誰!?」


『いい朝だ。まさに“始まり”にふさわしい。さあ──幕が上がった。』


 背筋がぞわりと冷える。

 “幕が上がる”? 映画? 舞台?

 いや、そんな馬鹿な──


 突然、通りの向こうからスキール音を響かせて車が突っ込んでくる。

 空気を切り裂くようにスローモーションで回転しながら。


 破片がきらめき、太陽光を反射し、無駄に美しい軌道を描いて。

 映画でしか見たことのない“絵になる爆発”を背負って。


 スローが明けて、逆さになった車が滑って道路脇の街路樹に当たって止まる。

 気が付けば、俺以外の周囲の人間はいつの間にか逃げたのか、既に影も形もなかった。


 横転した車から飛び出してくる黒い影。

 サングラスで無駄に決めた二人組の男。白人らしきスーツ姿のイケメンと、タンクトップにジャケットのムキムキ黒人。

 銃を構え、こちらへ向かって全力疾走。


 あ、凸凹バディものかな?


 彼らの視線が、一瞬だけ俺とぶつかった。


「──伏せろ!!」


 どちらの男が叫んだか分からない。

 気づけば俺は歩道に押し倒されていた。

 直後、背後で爆風が上がり、道路から火柱が立つ。

 

 空中に舞う車が妙にコミカルだった。


 耳鳴りの中、俺は叫ぶ。


「何なんだよこれぇぇぇぇぇ!!?」


 夢じゃない。顔には炎の暑さがジンジンと伝わってくる。

 世界は突然“俺を中心に映画”みたいになり始めた。


 これが地獄の幕開けだと気づいたのは、もう少し後のことだ。

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