人気イラストレーター

陽麻

人気イラストレーター

 うまいと思うんだけど、賞にはとどかない。


 自分の描いた一枚の絵を見ながら、さと子はずんと沈んだ顔をしていた。


「けっこういいと思うんだけど、なんで入選しないかな」


 溜息をつきながら絵を見ていると、一緒に住んでいる甥のテンヤが遊んでとさと子の部屋の扉をあけた。


「あ、おねえちゃん、また絵かいてたの? それ、すごくかわいい女の子だね!」

「ああ、テンヤか。かわいい? そうだよね~。はあ……」

「なんで溜息ついてるの?」


 テンヤは不思議そうにさと子の顔をのぞいた。


「うーん、ちょっとね」

「おねえちゃん、また絵を教えてよ」

「うん、いいよ」


 さと子の甥のテンヤも絵を描くのが好きだった。

 というか、さと子の影響で絵を描くようになった。

 さと子はこの甥の絵が、他の子とは少し違い、特殊だなと感じていた。

 どう特殊なのかは、言葉にすると難しいのだが、独創性のあるものを描くのだ。

 普通の子は絵にする対象を写し取ろうとする。

 しかし、テンヤは想像で描いているようで、それが面白い絵なのだ。


「テンヤ、今度はなに描く?」

「うーん、犬の絵描きたい」


 笑顔でさと子の目を見るテンヤは、画用紙にカラーマジックで犬の絵を描きだした。

 赤い線でかいた直立している犬だったが、その発想がさと子には不思議で羨ましかった。


「面白い犬だね。ここをこうしてこうすると、もっと犬らしく見えるよ」


 さと子がそう言うと、テンヤはほんとうだと目を輝かせて、少しだけうまくなった赤い犬の絵をながめた。


「おねえちゃん、ぼく、もっともっと描いておねえちゃんみたいに絵が上手くなりたい」


 さと子はふふふとわらい、笑顔になった。




「ねえちゃん、今度の絵はどう思う?」


 その五年後、テンヤの絵は見違えるようにうまくなっていた。

 それでも、さと子に意見を聞きに来る。

 

「良いと思うよ。すごく良い絵だと思う」


 さと子はテンヤの絵をほめまくる。子供の絵にしては上手いテンヤの絵は、大人のさと子にはまねできないセンスがあったから。

 ああ、これが絵心というものか、とさと子は思う。さと子にはさと子の絵が構築されているのだろうが、テンヤの絵はこころの何かが惹きつけられる、『良い絵』なのだ。うまい絵と『良い絵』はちがう。それをつきつめて考えるとノイローゼになりそうになるので考えないが、これが天性のセンスなのか、と思う。



「おねえ。今度の絵はどう?」


 その五年後、テンヤはいまも絵を描いている。今度は見違えるほど自然な絵になっていた。何かを見て描いたと言った絵は、デッサンなど勉強していないのにとても整っていた。

 きっと対象の構造なども理解してはいないだろうに、整っているのだ。


「うまいと思う。すごい。完璧」


 さと子はぐっと親指をたてた。

 それを見たテンヤはにこっと笑ってさと子に聞いた。


「おねえはもう絵は描かないの?」

「うん、今はね。自分の限界を知ったというか」

「趣味じゃだめなの? 俺はそうなんだけど」


 趣味でここまでの絵を描けるとは。

 さと子はテンヤの才能としか呼べない絵に感嘆の息をはいた。


「ねえ、テンヤ。このイラスト、コンテストに出してみない?」

 

 とっさにさと子は言っていた。

 さと子自身、十年前に何度も応募して、何度も落ちた、イラストコンテストのことを思い出したのだ。いまもやっているだろうか。


「コンテスト? 俺、そんなに上手くないよ」


 謙遜してテンヤは照れ笑いを浮かべたが、さと子は押し切ってみた。


「このイラストなら、良い線いくと思うんだけど。それが嫌なら一度イラストサイトに投稿してみて、反応をみてみるのはどうだろう」

「ええ! ネットに絵を載せるの? なんか怖い。ヘタっていわれるかもしれないし」

「一回でいいよ、試しにやってみたら?」

「うーん、考えとくよ」



 その後、テンヤはネットに絵を投稿してみることにした。

 テンヤの絵は無名の絵師にしてはいいねがたくさんついた。さと子が思った通りだった。

 テンヤはイラストサイトで才能を見出され、イラストレーターになった。


 そのころには、さと子はもうおばあちゃんになっていた。

 テンヤは働き盛りの二十代になっていて。

 

 さと子は世代交代の悲しさと寂しさ、そして、嬉しさを感じた。


 さと子の人生において、彼女の絵は世間的な価値は全くなかったといっていい。

 しかし、さと子はテンヤにとって、大好きなイラストレーターだった。

 そして、さと子の絵はいまは人気イラストレーターになったテンヤの糧となっていた。


 言い換えれば、さと子の絵はテンヤの絵の踏み台のようなもの。

 それでも、さと子は嬉しかった。

 

 本当は自分の絵にもっと才能があったら、と思った。

 人のこころを魅了する、『良い絵』が描きたかった。


 自分の絵を評価してほしかったとさと子は思うが。


 テンヤはさと子がいなければ生まれていなかったイラストレーターだ。

 テンヤのきっかけはさと子の絵。

 

 さと子の人生において、それがさと子の絵の意味だったのかと思う。

 その事実がさと子は嫌ではなかった。


 テンヤがもっとはばたけばいいと思う。

 もっと、もっと、人気イラストレーターになってほしい。

 そうなるほど、さと子も誇らしくなって、自分の人生の意味を感じとることができた。


「おねえ! 今度の絵はどう思う? こんど絵本に使う絵なんだけど」


 お正月に親族で集まったときに、妻をつれたテンヤが言った。

 三十も過ぎたテンヤが一枚の絵をさと子に見せる。

 もう、プロになったテンヤの絵は、明るさに満ちた、爽やかなイラストだった。


「最高に良い絵だね」


 年老いたさと子は静かな瞳で笑って、テンヤの絵を眺めた。

 その絵は、さと子の色使いと少し似て、そしてさと子の好みの絵だった。




 おわり

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人気イラストレーター 陽麻 @rupinasu-rarara

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