番外編:騎士団長の憂鬱な一日
事件も解決し、王城に平和な日常が戻ってきた、ある日の昼下がり。
騎士団長のアーロイは、自身の執務室で、一本の報告書を前に頭を抱えていた。
「ううむ……」
その報告書は、城下町で最近頻発している、パン屋を専門に狙った連続窃盗事件に関するものだった。被害はパン数個という些細なものだが、同じ犯人による犯行が続いているため、騎士団としても見過ごすわけにはいかない。
しかし、犯人は非常に用心深く、全く足取りが掴めなかった。目撃者もおらず、捜査は完全に手詰まり状態だった。
コンコンとドアがノックされ、優馬がひょっこりと顔を出した。
「アーロイさん、ちょっといいですか? 図書室の本の整理を手伝ってほしいって、リリアナが」
「む……ユウマ殿か。すまないが、今、取り込み中でな」
アーロイは、憂鬱そうに溜息をついた。
「何か悩み事ですか? 眉間に深い谷が刻まれてますよ」
優馬に言われ、アーロイは渋々、事件の概要を説明した。どうせ彼に話したところで、剣も魔法も使わない窃盗事件の解決にはなるまい、と高を括っていた。
優馬は、ふむふむと話を聞きながら、報告書に書かれた被害店舗のリストを覗き込んだ。
「なるほど。被害に遭ったのは、アルファ商店と、チャーリー・ベーカリー、それからフォック工房……。面白い共通点がありますね」
「共通点だと? 何も無いはずだが」
「いえ、ありますよ。この三つの店は全て、街の東側にある古いパン窯を使っている。確か、燃料には特殊な香りのする薪を使っているはずだ。そして、盗まれたパンは、決まってライ麦を使った固いパンばかり。犯人はおそらく……」
優馬はそこまで言うと、にやりと笑った。
「……子供ですね。それも、親とはぐれた、飛べない小竜の」
「はぁ!? 小竜だと!?」
アーロイの間の抜けた声が執務室に響いた。
優馬は説明した。小竜は、特定の香りのする薪の匂いを親の匂いと勘違いして集まる習性があること。そして、彼らの主食は、硬い木の実や穀物であること。
半信半疑のまま、アーロイが騎士たちを連れてパン窯の裏手にある森を捜索したところ、果たして、盗まれたパンを大事そうに抱えて丸くなっている、一匹の小さな竜が見つかったのだった。
事件はあっけなく解決。アーロイは、優馬の恐るべき観察眼と知識に改めて感嘆した。しかし、同時に、自分が何日も頭を悩ませた事件をいとも簡単に解決されてしまったことに、ちょっぴり複雑な気持ちになるのだった。
(あの男がいると、どうも俺がポンコツに見えてしまうな……)
平和な城下町で、騎士団長は一人、嬉しくも悩ましい、憂鬱な溜息をつくのだった。
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