第8話:騎士団長の疑念
優馬が事件の核心に近づけば近づくほど、騎士団長アーロイの彼に対する疑念と警戒心は増していった。アーロイの目には、優馬という青年はあまりにも異質に映っていた。
王侯貴族のような気品があるわけでもなく、魔術師のような異能の力を持つわけでもない。それなのに、城一番の学者や魔術師が匙を投げた謎を、いとも容易く解き明かしていく。未知の毒の正体を暴き、誰も気に留めなかった古文書から、王家の秘密さえも掘り起こした。その人間離れした推理力は、アーロイに得体の知れない不気味ささえ感じさせていた。
(あの男、本当に何者なのだ……? まるで、未来の出来事を全て知っているかのようだ。あるいは、この事件そのものを、裏で操っている黒幕なのではないか?)
忠誠心と猜疑心の強いアーロイは、リリアナには内緒で部下の騎士たちに優馬の身辺を洗うよう命じた。彼がどこから来たのか、何を目的としているのか。徹底的に調査しろ、と。
しかし、騎士たちの調査はすぐに暗礁に乗り上げた。優馬は、リリアナが言う通り、ある日突然、光と共に城の一室に現れた。それ以前の記録や痕跡は、この世界のどこにも存在しないのだ。まさに、虚空から湧いて出たような男だった。
報告を受けたアーロイは、ますます混乱した。
そんなある日の夜、アーロイは城の廊下で、書庫から出てきた優馬と鉢合わせした。優馬は数冊の書物を抱え、その顔には疲労の色が浮かんでいた。
「……また調べ物か。随分と熱心なことだな」
アーロイは、棘のある口調で言った。
「ええ。少しでも、早く犯人を捕まえないと。あなたも、そう思っているでしょう?」
優馬は、まっすぐな目でアーロイを見返した。その瞳には、何の邪気も感じられない。ただ、純粋に事件を解決したいという、強い意志だけが宿っていた。
「……貴様は、何が目的なんだ。金か? それとも名誉か? 何のために、そこまで首を突っ込む」
アーロイの問いに、優馬は少し困ったように笑った。
「目的、ですか。……強いて言うなら、謎が解きたいだけ、なのかもしれません。目の前に、解かなければならない謎がある。そして、それを放置すれば、また誰かが犠牲になるかもしれない。それだけですよ」
それは、あまりにも単純で、飾り気のない答えだった。だが、アーロイにはその言葉が嘘には聞こえなかった。
「それに、リリアナ様にも頼まれましたからね。彼女を、これ以上悲しませるわけにはいかない」
そう言って歩き去ろうとする優馬の背中に、アーロイは思わず声を掛けていた。
「待て。一つ、教えておこう」
優馬が振り返る。
「第二王子が殺されたあの日、大食堂で給仕をしていた侍女の一人が、その後、姿を消している。病気で実家に帰ったと聞いているが……どうにも腑に落ちん」
それは、アーロイが独自に調査して掴んだ情報だった。なぜ、それをこの得体の知れない男に教えてしまったのか、彼自身にも分からなかった。ただ、目の前の男が持つ、事件解決への純粋な情熱に、何か感じるものがあったのかもしれない。
「……ありがとうございます、騎士団長。重要な情報です」
優馬は短く礼を言うと、今度こそ廊下の闇に消えていった。
一人残されたアーロイは、複雑な表情でその場に立ち尽くしていた。
(俺は、あの男を信じ始めてるのか……?)
長年培ってきた騎士としての勘が、優馬を警戒しろと警鐘を鳴らす。しかし、同時に、彼の誠実な人柄と能力を認め始めている自分もいた。アーロイの心は、大きく揺れ動いていた。
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