「同時に」をやってみる

霧縛りの職工

ーーひとつひとつやろうとするのは止めた方がいい

指導員にそう言われて驚いたのは今年の夏、馬場のレッスンで騎乗をして装備の確認などをしている時のことだった。


台を借りてそのレッスンでお借りしている馬の背中に跨り、鞍のあおり革を持ち上げて腹帯を締め直した後、まだ慣れていない折り返し手綱のねじれを取ろうとしていたところで注意を受けた。振り返ってみると前回レッスンに続いて2度目の注意だったのを覚えている。1度目の注意は単純に「他の参加者の方を待たせないように」という意図で解釈していたのだけど、そうじゃなかったことが分かったのが2度目だった。


要は「馬を休ませてしまうと次のアクションが鈍くなってしまうから準備ができたらすぐに動かすように」ということで、その「準備ができたら」というのが自分の思っているより手前だったというのが一つ、理解が足りていなかったところ。そしてもう一つがまず「ひとつひとつ」をやればいいという30年以上やってきた自分の習慣の誤りだった。


馬場2級ライセンスを色々技術習得を省いて合格ラインに到達するために必要な補助具の折り返し手綱を買って使い始めた時期だ。手元を見ずに正しく握ることも覚束ない有り様だったので、まず「ひとつひとつ」と2つの手綱を正してから蹄跡行進に加われば良しとしていたのだ。


で、慌てて馬を前に進め始めた時に言われたのが先のことである。


振り返ってみると乗馬というのはとにかく「同時に」やることが多いスポーツだ。手綱の張り、騎座での姿勢、手や肘、肩の位置、馬に送る脚の質、鐙の踏み方、さまざまな自分の状態を「同時に」正していく必要がある。しかも常に同じ正解があるわけでもない。これらは馬ごとの気質や特徴、騎乗時の状態に合わせて変えるべきものであって、ある段階からのレッスンはそれをこなせるだけの手札が揃ってはじめて成立する。手札の枚数と切り方は乗り手の腕の見せどころだ。


3級までは求められていることの質として一度にできている必要性がそこまで多くなかったので身につけてきた「ひとつひとつ」でも十分だった。けれど2級を目指すならそうはいかないということに漸く気付いた瞬間だった。

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