月待ミコの怪異事件簿

蓮音

骨董屋の熊手

 高校に入ってからとある骨董こっとう品店でアルバイトを始めたのだが、どうも最近様子がおかしい。昨日まであった物が消えたり、物陰から視線を感じるなんていうのはざらで(古い店だし、そんなことはまあよくあることかな)などと考えていた。しかし、店内を整理しているときに不気味だなと感じた品々が、気づいた時にはカバンの中に入っているなんてことが起き始め、それが単なる気のせいではなく、明らかな異常として、目の前に現れ始めたのだと自覚するきっかけになった。


 この怪異に心当たりがないと言えば嘘になる。あれは、二週間ほど前のことだった。その店は新井という老人が店主をしている。気さくだが、いかにもな昭和親父でちょっと面倒くさい。年齢は不詳。六十歳にも見える時もあれば、九十歳に見える時もあった。だいたい一日中、奥にあるレジの椅子に腰かけて古文書こもんじょのようなものを読んでは「お!」とか「あ!」とか声をあげているのだが、用があるときに限ってどこにもいない。大方、近所に買取か散歩でも行っているんだろうが、なにせタイミングが悪い。


 その日も、店の外にある倉庫内のガラクタ整理を命じられたいたのだが、何を基準に捨てたらよいのか、何を基準に店内に移動させれば良いのかを聞こうとしたときには、すでに行方知れずだった。とりあえず、ジャンルごとに分けて、倉庫内に仕舞い直していこうと思った。とはいえ、あまりに損傷がひどく、とてもじゃないが売り物にならないなと思ったものは捨てていくことにした。中でもひどかったのがボロボロに朽ち果てた熊手だ。熊手の要でもある持ち手と長い爪が折れて真ん中の繋ぎ合わせの部分だけが残されている。唯一残されたその部分でさえ、虫食いでところどこと穴が空いていた。ほとんど消えかかった達筆な文字で『月宮つきのみや 酉の市とりのいち』と書かれていなかったら、それが熊手とはわからなかっただろう。


「こりゃどう見ても廃棄だなぁ」と思わず独り言が出てしまう。新井のじいさんもまあ納得してくれるに違いない。俺はその熊手をゴミ捨て場行きの荷車の中へ放り投げた。


 異変が起きたのはそれから間もなくのことであった。あくる日、教室に着いてカバンから教科書を取り出そうとしたとき、奥の方で鈍く光るものが目についた。昨日、倉庫の中で見つけた銅色の鈴だ。なぜだかわからないがちょっと不気味な感じがして、倉庫の奥の方へ仕舞しまったはず・・・。もしかすると服か何かに引っかかっていて、カバンの中に誤って入ってしまったのかもしれない。そう思っていたのだが、異変はそれだけに留まらなかった。


 次に出勤した時、店に入るなり、店主が嬉々として俺にあるものを見せてきた。それは幕の内弁当くらいのサイズはあるであろうすずりだった。


「見よ少年、こんなものォ博物館でも置いてないぞ!」


 硯なんて小さけりゃ小さいほど持ち運びやすくて墨汁を使う量も少なくて済むというのに、まるで巨人が使うために造られたみたいだった。それを店主に伝えると「カッカッカッ!」とどこぞの悪代官のような笑い声を出して、店の奥へと消えていった。問題はそのあとだ。仕事を終えて、くたくたになって家に帰ると、なんと自室の机の上にあの馬鹿でかい硯が置かれているではないか。俺は愕然がくぜんとした。あのあと硯は間違いなく、土埃つちぼこりの香りがするじいさんお気に入りの和室へ運んだのだから。ただでさえ、その日は腰を言わした店主に代わって大量に重いものを持ち運びしたので正直、恐怖よりもいらだちが勝った。だが、このどうしようもない現象に俺はただため息をつくことしかできなかった。


 普通の人であれば、そんなことが続くような店はとっとと辞めてしまうのだろう。だが、オカルト好きが高じて、好き好んで骨董屋なんかで働いている自分には願ったり叶ったりなことで、良くないことなんだろうなと心のどこかで思ってはいたものの依然、辞められずにいた。そんなあるとき、学校で妙な噂を耳にした。


 なんでも占い研究部で黒魔術の真似事をしていた女子たちが、手順を誤ったのか集団パニックになってしまったのだという。それをたった一人、指を鳴らすみたいに事態を丸く収めた女生徒がいる―――――というのがその噂の真髄しんずいだった。


 無論、それが今、俺に声をかけてきたこの女生徒だと知るのはもう少し先の話になる。三限目の授業が終わってトイレにでも行こうかと廊下を歩いていた時のことだった。長い黒髪に切れ長の目をしたその女生徒は、こちらを真っすぐ見つめながら、俺の目の前に立ちはだかった。心の奥底まで見通すかのような黒く澄んだ瞳をしていた。


「きみ、このままだと死ぬよ」


 廊下に響き渡るざわめきが一瞬にしてかき消される。何を言われたのか理解できなかった。返事もできずに呆気あっけにとられている俺をよそにその少女は続ける。


「なぜ、あなたはそこにいるの?」


 俺を見ているようで見ていない。目の焦点が合わないのだ。しかし、その眼差しは一層鋭さを増し、射竦いすくめられるかのようにして俺は固まっていた。実際はものの数秒のことだったのだろうが、それはとてもとても長く感じられた。しかし、不思議と苦痛ではなかった。


 ふっとその少女は一歩、後ずさりすると自身を月待つきまちミコと名乗った。

 

「学校が終わったらここまで来て」


 そう言って、俺の手に小さな紙きれを手渡す。ひどく冷たい手だった。その女生徒は「じゃあ」とだけ告げると、そそくさと自分の教室へと戻っていってしまった。途端、時計の針が動き出したかのように、喧騒があたりを埋め尽くす。恐る恐るその紙を開くと、町はずれにある古い神社の名前がそこには書かれた。


比売野ひめの神社』


 始業を知らせるチャイムが遠くの方で鳴った気がした。


          〇


 ホームルームが終わり、荷物をまとめて教室を出る。結局、今日は一日授業に集中することが出来なかった。そういう時に限って、数学の授業で指名されるのはもはや何かのジンクスだろう。俺は特に部活動もやっていなかったので、いつもならすぐ家に帰るところなのだが、今日は違う。右ポケットに入れていた先ほどの紙を取り出してもう一度、確認する。あの時の会話が脳裏をよぎった。


―――――きみ、このままだと死ぬよ


 俺が一体何をしたというのか。彼女には死相というやつが見えるのだろうか。いや、そうではないはずだ。確か、あの子はもう一つ、よくわからないことを言っていた。俺がどうしてそこにいるのかみたいなことを・・・。思い返せば思い返すほど、訳がわからなかった。俺は紛れもなく姫野第一高校の生徒だし、それに制服も着ている。なにもおかしなところはなかった。では、なぜあんなことをいったんだろう。


 考えていても仕方がない。とにかく神社へ行けば、あの子がいるはずだ。もしかしたら、最近身の回りで起きている怪現象と何か関係があるのかもしれない。俺は自転車のカゴに荷物を放り込むと、少しばかり急ぎ足で比売野ひめの神社へ向かうことにした。


          〇


 例の神社は、曲神山くまがみやまの麓に位置しており、高校からは自分の家を挟んで真反対の場所にある。そこそこ距離もあるので自転車通学でよかったな・・・なんて思ったのも束の間。完全に山を舐めていた。ゼエゼエと息を切らしながら、神社に辿り着くころには、全身が汗だくでびしょびしょになっていた。共感してもらえるかはさておき、自転車で坂道を登るとき、途中で降りてしまうのは何かに負けた気がする。それが自分を余計に苦しめることになるとわかっていながら、ここまで完走してしまった。


 神社から一望できる街の景色には妙な達成感があった。悪くない眺めだ。一息ついてリュックサックから水を取り出して勢いよく飲んでいると、後ろから聞き覚えのある声がした。


「よかった、来てくれたのね」


 振り返ると、そこには涼し気な顔をしたミコがいた。おう、と返事をすると同時にミコは「さ、行くよ」と俺を促す。ミコは一礼すると鳥居をくぐって神社に入っていった。それに続く形で俺も鳥居で一礼する。その途端、ものすごい勢いで風が境内けいだいの中を駆け抜けた。樹木が一斉にガサガサと騒めき始める。ここまで来る途中、風なんて吹いていなかったのに。

 するとミコが揺れる木々を見上げてつぶやいた。


「やっぱりね」

「やっぱり?」

 そう返す俺に彼女はこちらをじっと見て答える。


「あなたが招かれざる客ってことよ」


          〇


 小学生の頃に何度か親に連れてきてもらったくらいで記憶になかったのだが、境内は思いのほか広い。見上げても木々が視界をほとんど遮っており、空が狭い。鎮守ちんじゅの森というのはまさにこういう神社のことを言うのだろう。


深山みやま君・・・だっけ、確か新井のおじいさんとこで働いてるよね」

「え、なんでそれを」

「だって私、あそこの骨董屋よく行くから」


 歩きながら平然と答えるミコに俺は首をかしげる。街中にただ一つの骨董品店とはいえ、客足もそこまで頻繁ではなく、たまに来るのはじいさんか、ばあさんか、あるいは自分のような好事家こうずかくらいだ。まかり間違っても女子高生が来たところなど、見たことがない。いぶかしんでいる俺に気付いたのかミコが言う。


「あ、行くって言っても別に店ン中うろうろしたりしないの。新井のおじいさんから預かりものを受け取るだけ」


 道理で見たこともないわけだ。骨董品店といっても買取やら会計、仕入れなんかはお金が絡むし、学生風情ふぜいにはまだ早いと言って全て店主が取り仕切っている。もっとも俺が学生でなくなる頃まで、あの骨董屋が続いているかは定かでないが。そんなことで店主が趣味で全国津々浦々、時には外国から買い集めてきたという蒐集しゅうしゅう品、もといガラクタを整理整頓するのが俺の主な仕事だった。ミコはきっと、その様子をたまたま見かけたのだろう。

 ああそうかと一人で納得していると、ミコが言う。


「あのね、気づいているかもしれないけど、深山君には今、良くないものが憑いている」

 心当たりはあったが、そう直接的に言われてしまうと少々面食らってしまう。何よりここが神社ということもあってか、余計に不気味な感じがした。


「さっきのやっぱりって、そのことだったんだな・・・」

 ミコはうなずいた。


「そう。まあ、何も言わずにここまで来てくれたんだし、君もなにか感じるものはあったんでしょ?」

 ミコの的確な指摘にまあ、と曖昧な返答するやいなや、彼女は社務所まで真っすぐ歩いていくとおもむろにその扉を開けた。


「あ、おい怒られるぞ、勝手に入ったりしたら・・・」

 慌てる俺を気にも留めず、ミコは靴を脱いでいる。


「大丈夫。ここ、私の家だし」

  展開が早すぎて頭が追いつかない。ミコは「ほら早く入って」と俺に声をかけると、足早に中に入ってしまった。俺は考えることをやめて、彼女に従うことにした。


          〇


 外観とは打って変わって、中は思いのほか小綺麗だった。俺が入ったところは事務室のようで、学校でよく見かけるパイプ椅子と折りたたみ式のテーブルが整然と置かれている。壁には地元警察や消防団のポスターが貼られており、本殿側に設置された窓の下にはお守りがいくつも置いてあった。正月なんかはあそこで受け渡しを行うのだろう。初めて入った社務所の中に少し興奮しているとミコがお茶をお盆に載せて戻ってきた。


「おまたせー、なんかポットが壊れてて、お湯沸かすのに時間かかっちゃった」

 コトンっと湯呑が机に置かれる。どうぞと促す彼女に、俺は軽く頭を下げて椅子に座った。音もたてずにミコはお茶をすすった。


「あのさ、」

 俺が切り出すとミコは分かっていると言わんばかりにこちらに目を向ける。


「深山君さ、あの骨董屋でなんかしたでしょ」

 今更、何かを取り繕おうなんて思いもしなかった。多分、彼女には俺には見えないものが見えている。俺はあの日のことを思い出すように話し始めた。


「ちょっと前に、倉庫の掃除をしろってじいさんに頼まれたんだ。そしたら、ボロボロになった熊手が出てきてさ・・・俺、それ捨てちゃったんだよ」

 柄と爪がなくなってみすぼらしい姿になった熊手を思い出す。今思えば、あんなボロボロになっても捨てられずに置いてあったくらいだし、じいさんの大切なものだったのかもしれない。


「それで、その日からおかしいことが続いてさ。骨董屋の物が勝手にカバンに入れられてたり、家の中にあったり・・・やっぱ俺、悪いことしちゃったのかなぁ」

 そう嘆く俺に、ミコは再びお茶をすすると「まあ悪いことって言っちゃあ、悪いことね」と頬杖をついて答えた。


「でも、これは事故みたいなものだし、たたられるほどのことをしたとは私は思わない」

 そう言うと、ミコは立ち上がって俺に言った。


「じゃあ、今から許してもらいに行こっか」


          〇


 くだんの骨董屋は、疎水そすい沿いの小径こみちにある。ここからならそんなに時間はかからないだろう。が、あろうことかミコは足が無いといって、俺の自転車の荷台に腰掛けた。ここが坂の上でよかったと心底思う。自転車をこぎ始めるとミコが先ほどの話の続きをしてくれた。


 ミコ曰く、俺に憑いているのは熊手の付喪神つくもがみだという。

「熊手ってさ、本来、幸福だの開運なんかを引き寄せるってよく神社なんかでも売ってたりするじゃん? けどさ、引き寄せるものが“良いもの”だけとは限らないんだよね」

 

 長年、店に幸福を招き入れていたのに、新参者の俺があっけなく捨ててしまったことをあの熊手は相当恨んでいるらしい。それで骨董屋に流れついた曰くつきな物を、嫌がらせのように俺のもとに引き寄せていたのだ。新井のじいさんのやつ、そういったことはもっと早く教えてくれよ・・・。


「あ、そうそう」

 店に着いた時、ミコは俺に一枚の御札を渡した。もちろん、何が書いてあるのかはわからない。


「それ、ちゃんと持っておいてね。無くしたら最悪死ぬから」

 あんまり俺を脅さないで欲しい。ミコが言うには付喪神と対面した際、普通の人間はその負荷に耐えられないことがあるようだ。これはそれを防ぐための御札。骨董屋で働くなら割とマストなアイテムな気がする。あとで貰おう。


 そんなことを考えているとミコが店のチャイムを鳴らした。

「そのチャイム、生きてたんだな・・・」


 しばらくすると、ガラガラと引き戸を開けて新井のじいさんが顔を見せた。よかった、今日は出かけていなかったようだ。


「あれェ、比売野ひめののお嬢さんに少年、どうした? 何か用かね」

意外な組み合わせに思えたのだろうか。キョトンとした顔をして俺とミコを交互に見るじいさんに、ミコは事の経緯を話した。


「あぁ、そうかい。そんなことがねェ・・・」

 事情はわかったから好きなように見ていきなさい、とじいさんはあっさり俺達をゴミ捨て場へと連れて行った。道中、俺はじいさんに聞いた。


「こういうことって、よくあるんですか」

 その問いかけにじいさんはニンマリ笑って答える。


「少年、この世は尋常じんじょうじゃ説明しきれんもので溢れているんよ」

それを理解しておきながら俺への説明を怠ったこと、決して忘れないでいただきたい。そうこうするうちに、俺たちは店から数分歩いたところにあるゴミ捨て場に辿り着いた。意外にもこの老人、ここら辺の地主らしく、姫野にいくつも土地や不動産を持っている。骨董屋はただの道楽に過ぎない。


「ここ数ヶ月は廃品の回収には来てないわ。熊手もそこら辺にあるじゃろ」

 ミコと一緒に、熊手を探す。と言っても捨てに来たのは俺なので凡そ見当はつく。


「あ、あったあった」

 俺が熊手を拾い上げようとしたその時だった。


バチンッ!


 目の前を青白い稲妻のようなものが駆け走った。その勢いに吹き飛ばされるようにして俺は背中から倒れ込んだ。


「な、なんだ?」

 ミコがこちらを呆れた顔で見ている。


「こりゃ相当嫌われているわね」

 何がおかしいのか。新井のじいさんは口を大きく開けて、仰ぐようにして笑っている。


「さっきの護符がなかったらほんと死んでてもおかしくない・・・ヨッと」

 ミコに腕を引っ張られて起き上がり、熊手の前までやってきた。


「いい? ちゃんと手を合わせて、謝るの。あとお礼ね」

 ほら、新井のおじいさんもとミコが促した。俺とミコ、そして新井のじいさんと三人で熊手の前で手を合わせる。


(勝手に捨ててしまってごめんなさい。今まであの店を守ってくれてありがとう)


 心の中でそう念じていると、じんわり胸の奥が熱くなってくるのを感じた。目を閉じているのに、視界が乳白色の穏やかな色で包まれていく。次第に、頭の中に白黒映画のようなぼんやりとした映像が流れ始めた。


          〇


 ここはどこだろう。縁日かな。屋台がひしめく境内を、着物を着た女性といがぐり頭の少年が二人、手を繋いで歩いているのが見える。どうやら親子のようだ。大勢の人が行き交う中、二人はいろんな店を覗き込むようにして、ゆっくり、ゆっくり進んでゆく。


 すると、ある屋台の前で、少年が母親の手を引いて立ち止まった。その屋台には、達磨だるまやら扇やらといった縁起物がたくさん置かれていた。少年はおかめのお面や鯛の装飾が施された熊手を指さして何かを言っている。どうやらあれが欲しいみたいだ。

 

 最初は首を横に振って、ダメよと言っていた母親もとうとう根負けしたのか、店主からその熊手を買って、少年に手渡す。少年はその熊手を片手に飛ぶように喜ぶと、母親と手を繋いで再び縁日の中を歩き始めた――――――

 


「あぁそうか」


 新井のじいさんの声が聞こえた途端、視界が暗転し、俺は目を開けることができた。目の前に廃品の山がある。急に現実に戻されたような感覚だった。


「この熊手は、あん時ンやつかぁ」

 じいさんは目を赤くしながら誰に言うとでもなく、しみじみとそう呟いた。


「この熊手は思い出してほしかったのね」


 ミコの言葉に俺は静かにうなずいた。


          〇


 店を後にしたときには、夕日がすっかり西の空を赤く染めていた。ミコと二人、並んで小径を歩いていく。


「今日は、ありがとうな」

「いいよ。私が好きでやったことだし」

「・・・やさしいんだな」


 疎水を流れる水の音が耳を心地よくなでていく。


「ま、なにはともあれ一件落着。よかったね、あたしと同じ学校で」


「ほんとだよ、しかもほぼ初対面なのにこんな・・・」

と言いかけたところで、学校でのあのやり取りを思い出す。


「そういえばミコ、俺に『このままだと死ぬよ』っていったよな?」

「え、うん。言ったけど」

 それがどうかしたのかとミコが首を傾げる。


「こう言っちゃ悪いが、熊手の付喪神なんかが取り憑いて死ぬことなんてあるのか? 俺もオカルト好きだから付喪神がどんなものかは知っている。でも、人の命を奪い取るような、そんな怖い存在とは思えないんだよ」

 俺の問いにミコがニヤリと笑って答えた。


「よく付喪神は精霊や妖怪の類で神様とは違う、なんていうけれど重要なのは信心しんじん。要は信じる人間が多ければ多いほどその力は増すのよ」

 日本人の多くは思想的、文化的に無意識下でアニミズムが根付いている。だから付喪神と言えども、その力をあなどることは出来ないとミコは続けた。


「日本の神様がもし人を殺そうと思ったら、じわじわ体調を悪化させて次第に・・・なんて回りくどいことはしない。一瞬で、ポックリよ」

 俺はその言葉に戦慄しながらも、思わず想像せずにはいられなかった。もしあの時、ミコに神社まで呼び出されてなかったら・・・俺の身に一体、何が起こっていたんだろうか。黙りこくる俺をミコは一瞥した。


「あのさ、今日のこともう忘れた方がいいよ。付喪神を祓ったからといって、まだあんたの中にはそいつがいた穴がぽっかり空いたままなんだから」

ミコの瞳に、あの人を射竦めるような鋭い光が宿る。


「あなたには見えないだけで、居場所がないやつらってそこら辺にウヨウヨいる。そういう奴らは、いつでもあなたのその隙間を狙っている」

 そう言い残して、ミコは山の方へと歩き始めた。辺りはすっかり暗くなり始めている。


「ここでいいよ、じゃ」

 右手を挙げて、彼女は立ち去った。緋色ひいろの西日が山の稜線ににじむようにして沈んでいく。その中で彼女の影がいつまでも揺れていた。

 

 これが月待ミコとの最初の出会いだった。


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