第9話 選別
朝日が、燻るタタルの野営地を無慈悲に照らし出した。
そこにあるのは、栄華を誇った強大部族の残骸だった。焼け落ちたゲルの骨組み、主を失って彷徨う馬たち、そして、鼻をつく血と脂の臭い。
広場の中央には、三百人近いタタルの生き残りが、後ろ手に縛られ、膝をつかせられていた。
彼らの周囲を、ボオルチュたち五十騎が、抜き身の刀を持って監視している。
昨夜の勝利の熱気は去り、今は、これから始まることへの緊張が場を支配していた。
義経は、一段高い場所に馬を止め、捕虜たちを見下ろしていた。
その冷徹な視線は、彼らを人間として見ているようには思えなかった。使える駒か、廃棄すべきゴミか、その選別を行っている目だった。
「……クロウ殿、彼らをどうするつもりだ?」
トオリルが、恐る恐る尋ねた。
草原の慣習では、負けた部族の男は、車輪の輪留(わどめ)より背の高い者は皆殺しにし、女子供を奴隷とするのが一般的だ。特にタタルのような長年の宿敵相手なら尚更だ。
「皆殺しにするには惜しい数だ」
義経は淡々と言った。
彼の目的は、単なる復讐ではない。鎌倉に対抗しうる、強大な軍事国家の建設だ。そのためには、圧倒的な「数」が必要だった。
「だが、そのまま自軍に組み込めば、必ず反乱の種になる」
義経は馬を降り、捕虜の列へと歩み寄った。
彼の足音が近づくと、捕虜たちは恐怖に震え上がった。昨夜、鬼神の如き強さで族長を斬り殺した男が、目の前にいるのだ。
義経は、捕虜の中から、身なりの良い者、あるいは顔つきにまだ反抗の光が残っている者を選び出し、指差した。
それは、タタル族の貴族や、隊長クラスの男たちだった。約三十人。
「彼らを前に出せ」
ボオルチュたちが、指名された男たちを引きずり出し、他の捕虜たちの前に一列に並ばせた。
「貴様! 我らをどうする気だ! 身代金なら払う! 我々は誇り高きタタルの戦士だぞ!」
一人の男が喚いた。
義経は、その男の前に立ち、静かに言った。
「誇りか。それがお前たちの敗因だ」
義経の脳裏に、平家の公達(きんだち)の顔が浮かんだ。彼らもまた、家柄や伝統という名の「誇り」に固執し、そして滅びた。
この過酷な乱世において、実力を伴わない誇りなど、害悪でしかない。
「私は宣言したはずだ。抵抗する者は根絶やしにすると」
義経は、ボオルチュに目配せをした。
「やれ」
次の瞬間、三十人の首が、ほぼ同時に宙を舞った。
鮮血の噴水が上がり、首のない胴体がドサリと崩れ落ちる。
残されたタタルの捕虜たちから、悲鳴とも嗚咽ともつかない声が漏れた。
彼らは、自分たちの指導者層が、あまりにもあっけなく「処理」された光景に、魂を抜かれたように呆然としていた。
トオリル族の者たちでさえ、その冷酷極まりない処断に息を呑んだ。
これは、見せしめだ。絶対的な恐怖による支配の宣言。
義経は、血の海に沈んだ死体には目もくれず、残された二百数十人の平民兵たちに向き直った。
「聞け!」
彼の鋭い声が、凍りついた空気を切り裂いた。
「お前たちの指導者は死んだ。タタルは滅んだ。もはや帰る場所はない」
捕虜たちが、絶望の目で義経を見上げる。
「だが、お前たちには選択肢を与える」
義経は、彼ら一人一人の目を見据えるように、ゆっくりと歩きながら続けた。
「この場で死ぬか。それとも、私の兵となり、新しい国を作るための礎(いしずえ)となるか」
「へ、兵に……?」
一人の若い捕虜が、信じられないという顔で呟いた。
彼らは殺されるか、惨めな奴隷になるしかないと思っていたのだ。
「私の軍では、家柄や過去の所属は問わん。問うのは実力と、私への絶対の忠誠のみだ」
義経は足を止め、言い放った。
「手柄を立てれば、トオリルの者たちと同じように扱う。奪ったものも公平に分ける。だが、裏切れば――」
彼は顎で、転がる首を指し示した。
「――結果は分かっているな」
もはや、彼らに迷う余地はなかった。
恐怖と、そしてわずかな希望。提示されたのは、奴隷ではなく「戦士」としての生だった。
一人が、震えながら頭を垂れた。
それが連鎖し、やがて二百数十人全員が、義経に向かって平伏した。
「誓います……! あなた様に、忠誠を!」
その光景を、ボルテは複雑な思いで見つめていた。
一夜にして、弱小だったトオリル族は、三百騎の精鋭を抱える中堅部族へと変貌を遂げた。
それを成し遂げたのは、たった一人の異邦人の、冷徹な計算と狂気だった。
義経は、ひれ伏す新たな部下たちを見下ろし、満足げに頷いた。
感情はない。ただ、必要な駒が揃ったことを確認する目だった。
「ボオルチュ。彼らを既存の隊に組み込め。五人組を基本とし、トオリルの者とタタルの者を混在させろ。互いに監視させるのだ」
「はっ!」
義経は、まだ煙を上げているタタルのゲルを見上げた。
(これで、この辺りの勢力図は塗り替わる)
だが、それは同時に、より強大な敵の目を、こちらに向けることでもあった。
この草原には、タタルよりもさらに強大で、古くからの伝統を持つ部族がいくつも存在する。
彼らは、新興勢力の台頭を許さないだろう。
「……次は、誰が来る」
義経の手は、無意識のうちに、懐の錆びた短刀に触れていた。
彼の復讐の旅路は、まだ第一歩を踏み出したに過ぎなかった。
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