四 帰還と危機

「お!見えてきたぞ。あれが俺の通ってる狂人討伐学校だ」

「わあ!大きいね!」

「だろ〜?一番大きな狂人討伐学校なんだぞ!」

 あれからしばらく昼間の道を歩き続けた二人は、夕日が水平線の向こうに消えていくのも眺めながら、狂人討伐学校に到着した。

 夕日が差し込んで淡くオレンジに光る学校の入り口では、ランリがヤグルマの帰りを待っていた。

「おかえり、ヤグルマ。遅かったわね。早朝に出ていってとっとと帰ってくるとか言ってたのに。だから私、朝ごはんしか持たせなかったのに。どこかで外食でもしたの?」

「帰って早々質問攻めかよ。昼ご飯は食ったぞ。うどん屋で」

「あら、そう」

 ランリはそう軽く受け流すと、ヤグルマの隣に立つコルチウムに声をかける。

「アナタ、コルチウム?ケガしてるじゃないの。ヤグルマ、スカウト対象にケガさせて連れて帰ってくるなんて。どういうことよ?」

「コルチウムは能力持ちだ。血液操作の。で、俺が見つけた時には傷だらけだった」

「ふ〜ん、血液操作ねぇ。じゃあ、アンタが行く前にコルチウムは誰かと戦ってたってこと?」

「知らねえよ。そんなもん」

「そんな大事なことを聞かずに帰ってきたの!?」

 ランリがすごい剣幕でまくしたてる。その剣幕に、ヤグルマはすごすごと学校に入ろうとし、コルチウムはどうしたらいいかわからず戸惑う。

 ランリは退散しようとするヤグルマの腕を両手でつかんで引き留めると、言い放った。

「まったく。おバカね、アンタ。いいわ、今回はおとがめなしにしてあげる。代わりに、コルチウムに校内を案内してあげなさい」

「なんで俺が……」

「それ校長にも言ってたわよね」

「うっ……」

 何も言えなくなったヤグルマの手を離し、ランリはコルチウムに歩み寄る。

「ヤグルマがごめんね。アイツ、校内最強だけどなんか抜けてるっていうか……」

「問題ないです。そういえば、あなたの名前はなんなんですか?」

 コルチウムのそのていねいな態度に、ランリはまあ、と感心する。

「どこかのだれかさんとは大違いね。私はランリ。魔法使いよ」

「おい、どこかのだれかさんってだれだよ」

「ヤグルマは入ってこないで」

 ぴしゃりとそう言い放ってから彼女はコルチウムに向き直り、

「私のこともランリでいいわよ。敬語使われるのって、くすぐったいもの」

「じゃあ、これからよろしくね!ランリ!」

 コルチウムは満面の笑顔でランリにそう言うと、ヤグルマと共に校内に入った。ヤグルマはまず、これからコルチウムの住まいとなる寮内を案内する。

「ここは寮。まあ、家だ、家」

「結構適当だね」

「……お前、なんかランリに似てきてないか?」

「そお?」

「まあ、いいや。本当は一人一部屋なんだけどな、お前は今日は俺と同じ部屋だ」

「はーい」

 あとなんか寮内で案内しないといけないとこ、あったっけ……と考え込むヤグルマに、背後からにぎやかな声がかかった。

「師匠〜!」

「だれが師匠だ、バカ野郎」

 ゴンッというゲンコツの音とともに、ヤグルマに向かってきていた金髪に赤いメッシュを入れた男が頭をさする。

「いてぇ!師匠、弟子の頭は殴るもんじゃないぞ!」

「だ〜れが師匠だ。お前を弟子にした覚えなんかねぇ!」

「いっつもオレに体術教えてくれてんじゃねえか!」

「黙れ!スカウトしてきたやつの案内中だ!」

「え!?」

 男はヤグルマの隣にいるコルチウムを見つけ、また大声をあげた。

「おい!誰だよ!彼女か?」

 本日二度目のゲンコツの音が、寮の廊下に響き渡る。

「アホか。彼女じゃねえよ。こいつ、れっきとした男だ。……コルチウム、気にすんなよ。コイツは昔からこうだ」

「アホじゃねえよ!じゃあ、誰なんだよ!」

「スカウトしてきたやつだっつうの!」

 そこまで言って、ヤグルマとその金髪赤メッシュの男が黙る。すると、様子を見ていたコルチウムがおずおずと話しはじめた。

「えっと……ぼくはコルチウムです。あなたは……?」

「オレはジーニラス。まあ、そのままジーニラスって呼んでくれ。よろしくな、コルチウム!で、ほんとにヤグルマの彼女じゃないんだよな?」

「ジーニラス……お前というやつは……!」

 再び、ジーニラスの脳天にヤグルマの渾身のゲンコツが落とされる。

 本日三度目のゲンコツをくらったジーニラスは少し涙目になりながら抗議する。

「なあ!二回までなら分かるけど三回目はねぇだろ!」

「二度あることはなんとやらっていうだろ?」

「なあ、コルチウム。オレの師匠、こんなんなんだぜ?ひどくないか?」

「だから師匠じゃないっ!」

ヤグルマが本日四度目のゲンコツの準備をはじめたので、コルチウムが慌てて止める。

「ヤグルマ、やめてあげてよ。二度あることは三度あるってことわざはあるけど、四度あるっていうことわざはないよ」

「そうだぞ!それに、オレの頭に穴があくぜ!」

「……今回は勘弁しといてやるが、次、コルチウムを俺の彼女だって言いやがったあかつきには、任務と鍛錬量を二倍に増やしてやるぞ」

 ジーニラスはひえぇ……と涙目になっていたが、あ、と声をあげる。

「そういえば、ヤグルマはコルチウム……ってやつの案内人なんだよな?」

「そうだ。ジーニラス、寮内で案内しといたほうがいいところって、どこだ?」

「ん〜……。廊下にいるっていうことは、寮の部屋がある場所は案内済みだろ?じゃあ、あとは食堂くらいじゃね?」

「そうか。じゃあな」

「じゃあな、ヤグルマ」

「ジーニラス、バイバイ!」

「おうよ!」

 ヤグルマたちはジーニラスと別れて、食堂に向かった。

「ここは食堂だ。まあ、道が分からなくなっても、朝とかは生徒が多いところだから、分かりやすいぞ」

「へえぇ、大きいね」

「生徒によって好みが違うからな。メニューも多いんだぜ。ちなみに、俺はカツ丼とか、ガッツリ系が好きだな」

「そんなのもあるんだね」

 ヤグルマは寮内の案内が終わると、今度は校舎を案内しはじめる。

「校舎は広いが……。まあ、同じクラスのヤツにひっついて移動しとけば、迷うことはないな。教室の場所と職員室ぐらいを教えとくぜ。あと、任務の報告があるから、校長室も行くぞ」

「はーい」

 廊下を移動するとき、コルチウムの銀髪はよく目立ち、すれ違う生徒たちからよく声をかけられる。その度に、ヤグルマは彼を、校長がスカウトしてきたヤツだと紹介した。みんなはそれを聞くと、興味深げにコルチウムと積極的に距離を詰め、またコルチウムもそれを楽しんでいた。

「みんな、やさしいね」

「この学校、校長がアレだから、色んなヤツがスカウトで入ってくるんだよ。だから、今度はどんなヤツか、みんか興味津々なわけだ」

「なるほど……」

 階段をいくつかのぼり、ところどころひびの入った廊下をしばらく歩くと、教室があるフロアにたどり着く。

「け、結構遠いね……」

「猛者はタイムアタックなんかするんだぜ。俺の記録は一分三十秒だ」

「ヤグルマ、足はやいね。長い廊下と階段いくつかのぼるルートを一分三十秒なんて……」

「足の筋トレしたらできると思うぞ。あと、体質だな。俺は筋肉がつきやすい体質なんだ、多分」

「多分……。ていうか、筋トレがつらいんじゃん……」

 めずらしく弱音をはくコルチウムに目を丸くしながらも、ヤグルマは教室を紹介しはじめる。木材で作られたログハウスのようなやさしい色の教室は、新しい生徒を歓迎しているようだった。

「お前の教室がどこになるかは知らねえが、ここまでたどり着けば、あとは自分のクラスのプレートがかかってる教室を探せばいいぞ」

 その後、職員室と校長室に行くときに通った道にあった施設をサラッと紹介し、食堂で軽食をとってから、二人は校長室の前に立った。ヤグルマが、小声で話す。

「……ここが、校長室。うちの校長がいるところ。右隣が職員室で、左隣が保健室だ。じゃ、校長室にはいるぞ」

 ヤグルマは、そっとドアをノックする。すると、中からどうぞ、という声が聞こえた。ドアを開け、一歩中に入り、ドアをていねいに、静かに閉める。普段のヤグルマの荒っぽさからは想像のつかないその一連のなめらかな動作に、今度はコルチウムが目を丸くする。彼はヤグルマの後ろにつき、校長の顔を見つめた。

 いかにも、威厳のありそうな顔。白い髪は後ろで軽く結ばれ、メガネをかけている。こんな校長が、校内最強をなんか強そうな子どものスカウトに動かすのか……?

 コルチウムが色々と思案をしている間に、ヤグルマの報告がはじまる。

「おっしゃられたとおり、資料の廃村で今後ろの子どもをスカウトしてきました。名前はコルチウム、九歳です」

「九歳……。能力は?」

「血液操作です」

「だけ、か」

「だけです」

 その会話を聞いて、コルチウムはますます首をかしげる。本当に、こんな立派そうな校長が、あんなてきとうな任務を出したのか……?

「やあやあ、考えごとしてるときに悪いけど、握手してくれないかい?」

「え」

 首をかしげながら考え込んでいたコルチウムに、急に校長は握手を求めた。コルチウムは、さらにわけがわからなくなる。が、ヤグルマの方をチラと見ると、ヤグルマは無言で握手しろと合図を送った。コルチウムは、素直に従うことにする。

 コルチウムが校長の手を握ると、握られたその指が淡く光った。彼は、小さくつぶやく。

「……能力開示アビリティオープン

 何秒かの沈黙のあと、校長は驚いたような表情でコルチウムに向き直った。ヤグルマは、校長が話し出す前に、そっとコルチウムに耳打ちする。

「校長は能力者なんだ。能力は、能力開示アビリティオープン。体に触れた相手の能力、身体能力、魔力など、特性がすべてわかる。」

「そうだ。すべての情報がわかる……はずなのだが」

 校長は、自分の手をじっと見つめた。その手は、小さくけいれんしている。

「君の魔力量は規格外だ、コルチウム。この学校で最も魔力が多いランリでさえ、魔力量は六百程度。通常の魔法使いは、百〜二百程度。だが、君はどうだろう。魔力量が計測できない。本気で探ろうとしても、計測できない。なんなら、測ろうとして魔力切れを起こすほどだ」

 校長は、そう言ってメガネの奥の目をニッと細める。

「やはり、わたしの予想は正しかった。大体、派手な格好をしている者、特徴的なものを身に着けた者は強いものだ」

「その科学的根拠はないですけどね、校長。ウチの学校がたまたまそんなヤツが多いだけで」

「そうかな?まあ、いいじゃないか。確かにこの子は強いんだから。いやぁ、写真を見て、この子はいける!って思ったわたしは天才だったね」

「……校長。どうせ写真を見てた時、酔っぱらっていたんでしょう?酔っぱらった校長って、自尊心のカタマリみたいですもんね」

 ヤグルマの湿度の高いツッコミに、校長はギクッと肩を震わせる。ヤグルマはそれを完全にスルーし、一つの疑問を呈する。

「……校長。血液操作は確かに魔力が必要です。でも、ランリをも上回る強大な魔力はいらないはず。なのにも関わらずそんな強大な魔力を持っているのは、怪しすぎます。ひょっとすると、もう一つ、能力を持っているかもしれません」

「もう一つ能力を持っていれば、それは狂人か狂人と人間のハーフということになるぞ?」

「だから検査しましょうって言ってるんです。俺はコイツは狂人でもハーフでもないと思いますけどね。狂人特有の、あの独特な歪んだ雰囲気がないですし」

「まあ、念には念を入れて、か」

 校長はしばし顔を伏せると、じっくりと考え込む。その間に、ヤグルマは、コルチウムに質問する。

「おい、ほんとに能力は血液操作だけなんだよな?お前」

「そうだけど?魔力量は元から多かったんだ。でもおかけで、血液操作が精密にできるんだよ」

「なら、いいんだけどな。あと、親のことを教えてくれ。今のところ、俺らはお前の親が亡くなったことしかわからない」

「……お、親……のこと?い、いいけ、ど……」

 急に元気がなくなったコルチウムに、ヤグルマは首をかしげるが、校長はその異変に気づく前に検査を発表した。

「では、念には念を入れて血液検査しましょう。人間の血液検査で結果が出なければ、彼は狂人か、ハーフです」

「まあ、それがいいだろうな。コルチウム、いいな?」

「う、うん……」

 コルチウムは元気のないままだったが、血液検査には素直に応じた。残された彼のキズから血液が少量採取され、検査所に持っていかれる。

 少し強張った表情でいるコルチウムに、校長はやさしく声をかける。

「念のためだ、と言っているでしょう。君からは、確かにヤグルマが言うように狂人の雰囲気が欠如しています。そこまで怖がらないでください」

「はい……」

「なら、わたしが面白い話をしましょうか」

「え」

 しかし、ヤグルマがそれをさえぎった。

「校長。あなたの面白い話って、大体あなたが酔っぱらった時の話でしょう。プールにスーツのままま飛び込んだ話とか、酔ってカラオケ歌ったら、音程全外しでゼロ点取ったとかの」

「ヤグルマ……」

 校長が再びギクッとしたようにヤグルマの名前を呼ぶ。それを見て、コルチウムの表情も少しやわらいだ。

 三人は、検査の結果が出るまでそうして過ごしたのだった。

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