三 家へと帰る道

「ねえねえ、ヤグルマって何才なの?」

「俺は十二だ」

「十二才か!意外だね。てっきり、もっと年上かと思ったよ」

 狂人討伐学校へ向かう道中、コルチウムはしきりにヤグルマに話しかける。ヤグルマもまた、小さな弟ができたような気分で、会話に乗っかる。

「俺はお前を意外だと思ってるけど。九歳だろ?それなのにそんな戦いかたがうまいなんてな」

「あはは……。親に戦い方、教えてもらってたから……」

「なるほどな。ていうか、近接戦闘苦手とか言ってなかったか?」

「肉弾戦が苦手なんだよ。でも、近接戦闘もキライっちゃキライ。ナイフ、使い慣れてるわけじゃないし。大鎌の距離が一番安心するんだ。大抵の武器は大鎌のリーチに敵わない。無駄なケガをしなくて済むからね」

 その言葉を聞き、ヤグルマは本気で顔をしかめた。彼は使い慣れていない、苦手だとは言っているが、ヤグルマの回避に合わせるかのように振り下ろされるあのナイフは彼にとっては恐怖だった。

 狂人討伐学校内でヤグルマを追い詰めることができるのは、ランリなどの、校内に数人いる高度な魔法を使うことができる者。物理攻撃でヤグルマにかなうものは、今のところ一人もいない。

「帰ったらアイツと鍛錬するか……」

 弟子……というか、自身を勝手に師匠呼ばわりする顔を思い出して言う。うるさいお祭り男ではあるが、なんだかんだいいヤツだ。

 急にしゃべらなくなったヤグルマを心配するかのように、赤い目が彼の視界にひょっこりあらわれる。

「大丈夫?」

「大丈夫だけど」

「それならいいや」

 コルチウムはぱっと前に向き直る。そして、ヤグルマの手に、そっと自分の手をつなぐ。

「急にどうしたんだ、お前」

「え〜?なんとなく。いやだった?」

「……いやじゃねえけど」

「それならよかった!」

 ヤグルマは、繋がれた小さい手になんとなく視線を飛ばす。その白い手は傷だらけで、汚れてはいるが、ヤグルマの手だけは離すまいと、しっかりと握りこまれている。隣で揺れる長い銀の髪が陽光を反射してキラリと光った。

「そういえば、あとどのくらい歩くの?」

「もうちょっとだと思うぞ。でも……腹減ったな。なんか食べて帰るか」

「賛成!ぼくもなにか食べたい!」

「なんか食べたいもんあんのか?」

「うどんとかでいいよ!」

「じゃあ俺は天ぷらうどんにするか」

 和やかな会話とともに、彼らは歩く足を速める。彼らの目線の先で荒れ果てた景色とあぜ道はいつしか途切れ、明るく、美しい都会の街並みへと変わっていった。





 その後、適当に見つけたうどん屋で二人は昼食をとることにした。ヤグルマは天ぷらうどんの天ぷら増量、コルチウムはただのうどんを頼む。うどんが運ばれてくるのを待つ間、ヤグルマはコルチウムと持ってきていたトランプで大富豪を始める。

「ヤグルマ、なんで任務にトランプなんか持ってきてるの?」

「狂人討伐の任務の時、たまに狂人が出てこなくてヒマな時があんだよ。その間、みんなでババ抜きとかして遊ぶんだ」

「遊んでる時に襲われない?」

 コルチウムがそう聞くと、ヤグルマはニヤッと笑って会話を続ける。

「もちろん襲われるぜ。でもな、大体そういう任務の時って、一人真面目ちゃんがいるんだよ。ソイツはゲームに参加しないから、ソイツをみんなアテにするんだ」

「なるほどね〜」

 コルチウムはそう相槌をうち、トランプを超高速で繰るヤグルマの手を眺める。ヤグルマは繰ったカードを配り終えると、

「大富豪のルール、知ってるよな?」

「うん。多少は。革命あり?」

「ありでいこうぜ!」

「オッケー!」

 二人は大富豪を進めていく。ヤグルマは堅実な手で勝ちを狙い、コルチウムは奇想天外な手でヤグルマを混乱させる。

「革命だ!コルチウム、手札の弱さが反転するぞ!」

「革命返し!もとに戻るよ!」

「クソー!」

 ヤグルマがそう絶叫したタイミングでうどんが運ばれてきた。コルチウムはトランプをささっと片付け、二人分のうどんを机にのせる。

 ヤグルマも食べる準備を終えると、二人で手をあわせ、いただきますをして食べ始める。

 ヤグルマは熱いものも平気なのでガツガツと食べすすめるが、コルチウムは猫舌らしく、フーフーと冷ましながら食べている。ヤグルマはそんなコルチウムをほっこりした気持ちで見つめていたが、ふと声をかけた。

「おい、コルチウム。髪の毛邪魔じゃねえのか?」

「え?」

 コルチウムはかなりの長髪だ。ヤグルマから見て、サラサラと流れる髪はジャマそうだったのだ。

「う〜ん……。でも、ぼく髪留め持ってないし……」

「んじゃ、これやるよ」

 そう言ってヤグルマが差し出したのは、弁当のフタをとめるゴムだった。

「え?いいの?」

「いいって。ただの弁当のとめゴムだ」

「ありがとう……」

 コルチウムはそのとめゴムで髪を高い位置で一つに結い、またうどんをすすり始める。やがて、うどんを食べ終えた二人はお会計へ向かった。

 最初はどちらが払うかでモメたが、コルチウムはお金を持っていなかったので、次はコルチウムがおごると約束して、今回はヤグルマが全額出した。

 うどん屋を出た二人はまた歩き出し、今度は狂人討伐学校へと向かう。昼間の道はあたたかく、そして明るかった。

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