第4話 本願寺の支配
百姓の持ちたる国になって百姓たちは自由な国になったと思っていたが、実際はそうではなかった。天正3年(1575年)すぐに本願寺の顕如が守護として下間頼照を派遣してきたのだ。百姓たちは自分たちで信長の勢力を追い出したが、本願寺の考えは本願寺が信長を追いやったと思っていたのだ。新しい守護の下間頼照は朝倉様の時代以上に百姓たちにきつく当たった。年貢は厳しいし、労役も課せられるしお寺の普請には特別の徴収金が集められた。一向衆たちは徐々に本願寺の守護の下間氏に対する嫌悪感を抱くようになっていった。せっかく一向衆の百姓の持ちたる国になったのだが、現実はそう甘くなかったのである。一向衆と下間守護代との対立は日に日に激しくなり、一揆内一揆の様相を表すまでになりつつあった。鳴鹿村でもその兆候が表れ始めていた。
鳴鹿村の旅籠「秋田屋」に庄左エ門が訪ねて来た。秋田屋の主人、伊右衛門が息子の栄吉と泊り客用の布団を干すために外へ運んでいる時だった。
「秋田屋さん、今日はお願いがあって来たんだ。実はね、加賀から帰って来た超勝寺の本堂の普請に米と木材を出せというお触れが守護代の下間様を通じて鳴鹿の村にも来たんだ。村じゅうで米が50石、材木は100本ということだ。秋田屋さんはどれくらい負担できそうかね。ちなみに亀屋さんは米が1石、木材は杉を2本出してくれるって言うんだ。亀屋さんの供出分を基本に出してもらいたいんだ。どうだね、同じだけ出してもらえないかね。」
庄左エ門は村にあてがわれた分担を何とか集めるためにそれぞれの家の財政状況に合わせて分担してもらいたいと考えていた。秋田屋の伊右衛門は
「うちはとても亀屋さんのようには出せませんよ。お客は亀屋さんの半分もうちには来ません。田んぼだって少ししかないですし、山だって亀屋さんの半分もないんですから。それにしても超勝寺さんもそんなでかい本堂を建てなくてもいいんじゃないんですか。百姓は細々と生きているだけなんですから。」
と米も木材も差し出すことをためらっていた。近くで聞いていた栄吉も
「戦さがあれば出てこいと百姓を動員し、本堂を建てるときには金を出せと言う。自分たちは何もしないで命令するだけじゃないですか。百姓は打ち出の小槌じゃないですから。絞ってももう一滴も出てきませんよ。庄左エ門さんのところもそう楽なわけではないでしょ。」
と食い下がった。
「わかるんだ。わかるんだけど檀家が金を出さなかったらお寺は何にも出来ないんだ。これから何百年も俺たちがその本堂を使うんだから。ご住職さんの家族の家を建てるわけじゃない。門徒の勤めなんだよ。どうかこらえてくれ。出来る範囲でいいんだから。」
と出来る範囲を強調した。
「わかりました。出来る範囲でさせてもらいますから。米は半石にさせてもらい、材木は山から2本切ってまいります。それだけで勘弁してください。」
と伊右衛門が言うと
「ご協力いただき、有難うございます。ありがたく頂きます。」
と感謝して帳面に記入して庄左エ門は帰っていった。
「おとっちゃん、大丈夫なんですか。木材は出せたとしても米はどうするんですか。蔵には商売用の米が少し残っているだけだよ。」
と栄吉が言うと
「栄吉、山から切り出す木材は10本ほど出してくれ。2本出したとして残りの8本を材木屋に売るんだ。8本あれば8石分に位にはなる。残りは家の商売用に取っておけばいいだろう。」
と答えた。
「でも、山の木材は先祖から譲り受けた大切な財産で、簡単に当てにするなとおとっちゃんがいつも言ってたじゃないか。」
純粋な栄吉の言葉に伊右衛門は苦虫をかみしめたような表情をして
「今がその時かもしれない。ご先祖に感謝して使わせてもらおうじゃないかい。」と栄吉の賛同を求めた。
「それにしても一揆に勝って百姓の国になったのに、ちっとも楽にならねえじゃないか。何のための戦さだったんだ。命を懸けて戦ったのがばかばかしいよ。」と半ば吐き捨てたように話した栄吉だった。
時を同じくして5月、織田信長は戦国時代の大きな節目となる戦いに挑んでいた。東海地方から近畿地方まで大きく勢力範囲を広げた信長だったが、最も手を焼いたのが甲斐の武田氏であった。武田の騎馬軍団は当時最強で周りの大名たちが恐れる存在だった。織田・徳川の鉄砲隊が武田勝頼の騎馬部隊を迎え撃つ戦場の様子は德川美術館の長篠の合戦屏風でも有名だが、織田・德川連合軍の大勝利に終わる。この戦いを終えて信長の軍勢は全精力を越前に向けることが出来たのである。信長の有力家臣が全員集合して木の芽峠を越えて越前に入るまでに2か月かからなかった。越前の国に地獄のような8月がせまっていた。
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