第3話 国宝級のミスリルナイフで、S級ドラゴンを調理する

《吾郎Side》


 ギャルが、身を乗り出す。


「アタシ……アリシア・洗馬せばって言います! 17歳です! おじさんはなんて言うんですかっ?」


 ……妙な、ギャルだ。おっさんとしゃべりたい……?

 そんなギャル、居るわけ無いだろう。若い子はただでさえ、見知らぬ異性、特におっさんになんて興味ないだろうし。


 一部、特殊な人種(年上好きとか)って可能性も……ないな。

 そんなの、フィクションの中にしかいないだろう。


「おじさん? おーい、おじさんってばー?」


 ……この子……アリシアの目的はわからない。

 が、おじさん連呼されるのは、正直つらい。事実だよ? 事実俺はおじさんだけど、そう呼ばれるのは……嫌だった。


「……吾郎ごろう上高地かみこうち 吾郎ごろうだ」


「ゴローさんですね! 一人でご飯食べるの好きそう!」


 なんでそうなる……。いやまあ、そうだけども……。


「ゴローさん、アタシ、いっぱいあなたに聞きたいことがあるんですけど……まずは!」


 アリシアは俺の前で、バッ……! と頭を下げる。


「命を助けていただき、ありがとうございました……! 死ぬところだったんで……本当に……」


 ……正直俺はこの子を、100%の善意で助けたわけではない。

 ただ、五月蠅かったから。俺の静寂を、邪魔されたくなかったから。だから……助けたという気持ちのほうが大きい。だから……。


「……勘違いするな。別におまえのためじゃあない」


 とだけ言っておいた。

 するとアリシアは「ぶっ……!」と吹き出す。


「ゴローさん、ツンデレですね!」


「……違う」


 どうしてそうなるんだ……?


「で、で、ゴローさんゴローさんっ」


「…………」


 なんなんだ、この子は……一体……。

 命を助けたお礼をした。ならもうこれで、用事は済んだだろうに……。


 どうして、まだこの子は、俺のそばにいるんだろうか。


「早く帰れ。親が心配してるだろ」


 すると、アリシアは少し、ほんの少しだけ目を伏せる……。

 だが、すぐにまた、青い瞳をこちらに向けてきた。


「帰れないですっ!」


「……帰り道がわからないのか……?」


「ですですっ。アタシ、転移トラップにひっかかって、ここまで飛ばされてきちゃったので……一人じゃ帰れないです!」


 ……なるほどね。よくわかった。

 この子……俺に地上まで送って欲しいわけか。


 やっと、理解できた。彼女の意図が。少し……ほっとした。そういう打算があったほうが、安心する。

 別に好意があるわけでやってないと。


「……わかった。じゃあ地上まで送っていってやる」


「! い、いいんですかっ!」


「……ああ。一人じゃ帰れないんだろ?」


「はいっ! はいっ! ありがとうございます! ゴローさん、ありがとう!」


 ……やれやれ。せっかくの休日、せっかくのソロキャンだっていうのに……。

 今日はお開きだな。


「じゃあテントをしまうから、少し待ってろ」


 そのときだった。

 ぐぅう~~~~~~~~~~~~~~~~~……。


 と、大きな腹の音が、アリシアから聞こえてきたのである。


「あ、あはは……すみません……安心したらおなか空いちゃって……えへへっ」


「…………」


 無視して、連れていくこともできる。だが、地上へはすぐに脱出できない。

 現代社会で飢えて死ぬことはない。が、魔物と遭遇し、この子が腹減ってるせいで被弾、死亡なんてことになったら……とても寝覚めが悪い。


 はぁ……仕方ない。


「……簡単なものでいいなら、飯、つくってやるぞ」


「取れ高きたー!」


「は?」


「あ、いや! ありがとうございます! わーい! うれし~!」


 ……そんなに飯を食えるのが嬉しいのか。まあ、それくらい腹減っていたんだろう。


「その椅子に大人しく座ってろ」


 俺がさっきまで座っていた、折りたたみ式のキャンプ椅子を、指さす。

 アリシアは大人しくちょこん、と座る。


 ……俺は、その間に調理を開始する。

 まず、リュックに手を突っ込み、そして……。


 ドサッ……!


「ええええええ! でっかぁあああああああああああい!」


 ……振り返ると、すぐそばにアリシアがいた。

 なんか……近くないか? 近すぎやしないか?


 その、なんだ。デカすぎる胸が、背中に当たっているんだが……。

 長い金髪から、甘い匂いが……漂ってくるんだが。


 ……なぜだ? なぜそこまで近付く……? くっついてるって気付いてないのか。そうだな、そうに違いない。

 ……俺は少し、距離を取る。よし。


「ゴローさんっ。これ、何のお肉なんですかっ!?」


 ……なぜ、また距離を詰めてくるんだ……?

 俺はそっちのほうが疑問なんだが……。


「……深淵竜だ」


「ええええええ!?」



《アリシアSide》


 し、し、深淵竜ぅううう!?


《ふぁ!? S級モンスターの肉だって!?》

《うっそやろ!?》

《深淵竜の鱗って、たしか神威鉄オリハルコン級の硬さって聞いたぜ!?》


神威鉄オリハルコンってなん?》

《迷宮で採れる一番硬い鉱石だよ! 加工すら難しくて、神威鉄オリハルコンの剣は裏でうん億円するんだぜ?》


《まじかよ!?》

《しかも神威鉄オリハルコン神威鉄オリハルコンでしか傷つけられない……この意味がわかるか?》


《わからん、どういうこと?》

《この肉、どう見ても鱗がないだろ。つまり、神威鉄オリハルコン級の鱗を、このソロキャンおじは削ぎ落としたってことだよ》


《どうやって!?》

《アリシアたんそこ聞いて!》


 ……コンタクト型コンパクトモニター通称CCに、みんなのコメントが流れていく。

 ど、ど、同接数が200……300万……どんどん上がっていくよぉ!


 ふぁああ……!


「え、えっと……深淵竜の鱗って、たしかめちゃくちゃ硬かったですよね? 一体どうやって削ぎ落としたんですか……?」


「…………」


 ゴローさんはリュックに手を突っ込むと、何かを取り出す。


「ナイフ……?」


 包丁、ではない。ナイフだ。でも……なんだか不思議な色をしている。


「……刃には絶対触れるなよ」


魔銀ミスリルだ! それ、魔銀ミスリルでできたナイフだよ!》

《はぁああああああ!? うせやん!》


《なんで驚いてるんw?》

《素人は黙っとけよ》


《魔銀。魔力をこの世で最も通す鉱石だ。これも神威鉄オリハルコン並にレア。だが……神威鉄オリハルコン以上に、加工が難しいんだ》


《おまえ詳しすぎだろw》

《なんで加工がムズカシいん?》


《加工前の魔銀は、めちゃくちゃ壊れやすいんだ。それこそ、水に張った氷よりも壊れやすい。だから、加工が難しすぎて、世界で誰も加工できないって言われてる》

《まじかよ……!》


《でもおっさんは魔銀ミスリルのナイフもってるやん》

《だからおかしいんだよ! 加工はだれにもできないんだから!》


《じゃあなんでソロキャンおじはもってるん?》

《知らん、ダンジョンでドロップしたんじゃあないか……?》


《でもダンジョンドロップで魔銀武器が出てきたって聞いたことないぞ……?》


 ……コメント欄は、もう大盛り上がりだっ。

 同接数もうなぎ登り!

 エックシ(旧ツブヤイター)を、CC内で開く。


 世界トレンド1位! アリシアたんの生放送! そして、同率1位でソロキャンおじ! き、きたあぁああ!


《その間にソロキャンおじが料理を勧めてるんだが》

《ほんまや》


 あ、そうだった。そっちもちゃんと見ておかないと。

 ソロキャンおじことゴローさんは、魔銀ミスリルナイフで、深淵竜のお肉を削ぎ落とす。


《深淵竜の筋肉も相当硬いはずだよな……》

《まあワンパンで神威鉄オリハルコン砕くほどの膂力もってるしな》


《つか、そんな肉……もしかして食べようとしてるのか?》

《うまいんかそんなの……?》


 ……魔物の、肉。食べたことなんて、ない。そりゃそうだ。

 だってそんなもの……食べたくないでしょ?


 普通。一般的に。だってそんなよくわからないお肉よりも、マクドのハンバーガーやサイゼのステーキのほうが美味しいし……。


 ゴローさんはまたリュックから、フライパン、そしてバーナーを置く。


「あ、あの……さっきからリュックから、めちゃくちゃいろんな物でてくるんですが……これってどうなってるんですか……?」


「……迷宮で拾ったもんだ。何でも入る」


「なんでも……?」


「ああ……」


《はいまたオカシイ!》

《なんでや?》


《深淵竜のクソでか肉すら入ってたんだぞ、その普通のリュックに!》

《ああ、たしかに言われてみれば》


《それもしかして……迷宮で出土するっていう、Sランクの遺物アーティファクト【無限収納袋】じゃあねえか……?》


《うそぉおお!?》

遺物アーティファクトってなん?》

《お前ほんとに現代人かよ、知らなすぎだろw》


遺物アーティファクトっていうのは、迷宮で出土される、不思議な効果を持つ道具のことだ。人間では、決して作ることができない不思議な道具》

《ああ、ドラえ○んの秘密道具@迷宮ってことね》


《その理解でおk。で、遺物アーティファクトっていうのは、深層でしか出土されない。そのうえ、Sランク遺物アーティファクトとなると……もう激レア中の激レア》


《たしかに無限にいろんな物入れられる四次元ポケ○トって考えれば、レアすぎてやばいってわかるわ》

《【朗報】ソロキャンおじ、ドラえ○んだった》


 すっごい……すごいすごいすごい!


「ゴローさん、すごいよ!」


 同接数が……ご、500万人も突破しちゃってるよぉお! こんな数字見たことないよ!


「……下がってろ。火を使うから」


「あ、はい……」


《ソロキャンおじって、なんか無愛想よな》

《ばっかおまえ、寡黙で渋いの間違いだろ》


《たしかに》

《余計なことを言わない、困ってる人を助ける、そして食事まで無償提供。ええひとやん、ソロキャンおじ》


 たしかにいい人よね……。



《イルカ・くまくま:寡黙で素敵ですわ♡》


「え!?」


《ちょ、イルカ・くまくまがコメントしてない!?》

《うそぉお!?》


《登録者数1000万人の、S級探索者もこの配信見てるの!?》

《まぁ……!?》


 あ、あ、え、S級も配信を、み、見てるぅ!?

 それだけアタシ……いや、違うか。ゴローさんに注目してるってこと……?


 ……その間、ゴローさんは調理を開始。

 といっても、フライパンの上に、バターを敷いて、肉をのせる。


 作業としては、これだけだ。なのに……。


 ジュウゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!


「!? す、すごい……良い匂い……なに、この甘い香り……」


 嗅いだことない、とても甘い香りがした……。

 

「そう、脂の匂いだわ。でも、焼き肉店で嗅ぐような、煙くさくない! とてつもなく甘く、それでいて芳醇な香り!」

 

 そこに、ゴローさんが醤油を垂らす。


 あああ!


「今度は焦げた醤油のかんばしい香りが!」


 やばい……よだれが垂れる……。お、美味しそう……。

 ただ肉にバターと醤油をかけただけの……ステーキ。


 なのに……

 ぐぅうううううう!


《すげえおなかの音(笑)》

《いやでも美味そうだぞ……》

《シンプルすぎる味付けやけども……》

《あ、あかん飯食えないのに、飯テロ受けている!》

《飯テロのパワーが全開だぁ!》


 ゴローさんはリュックから紙皿を取り出し、ステーキをのっける。

 魔銀ナイフで、すっすっす、とステーキ肉を切り分けた。


《今更だけど魔銀ナイフなんていう超レア武器を調理道具にしてて草》

《ソロキャンおじやばすぎるわ……》

《てか、お味は!? 食レポはよ!》


 ゴローさんはいつの間にか割り箸も出していた。

 

「い、いただきますっ!」


《魔物肉……大丈夫なん? 食中毒にならん?》

《さっきまでアリシアたん、魔物肉にドン引きしてたのに、今はメスの顔してて笑う》

《飯の顔の間違いやろw》


 アタシは、深淵竜ステーキを……箸で摘まむ。

 そして、一口。


「!??!?!?!?!?!?!?!?!?」


 な、な、なにこれぇええ~~~~~~~~~~~~~~~~~!?


「ちょーやわらかぁい♡ ちょーーーーおいしー♡」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る