死許されざる男

@epocepoc

第1話 砂漠に消えた男

 灼けるような陽光の下、砂漠の風が隊員たちの迷彩服を叩いていた。隊長のキースは、部下7名の小隊を率いて敵指導者の潜伏先を探索していた。万が一の可能性もなく、情報部が提示した拠点で“ハズレ”を確かめるだけの任務のはずだった。


「……なんか、空気が変じゃないか?」


 部下のコールマンがつぶやく。集落の入口に踏み込んだ瞬間から、明らかに住人の気配が少なく、独特の雰囲気が漂う。


 遼は小さく頷く。


「警戒しろ

 聞き込みはいつも通りにプエルとマーカス、他は後ろ三歩の距離をキープ

 聞き込みだけで済むならそれでいい、深追いするな」


 乾いた風が吹き抜けると、砂埃が舞い上がり、村の殺伐とした雰囲気がさらに重く張りつくように感じられた。


 家々を回るほどに、住民たちの反応は同じように何かを警戒しているのだとわかってきた。質問を受け付けず、厄介ごとを避けるような対応。


 警戒したまま民家で聞き込みをしていると、明らかに動揺した女が扉の間から顔を覗かせて対応した。あまりの不審さに問いただしていると、しどろもどろの受け答えに見かねた男が奥から現れた。


「なんだオメェら、ヨソの奴らがゴソゴソ嗅ぎ回って何してやがる!」


 男は乱暴に怒鳴りつけ扉を閉めたが、キースはふと見たその男に見覚えがあった。軍の関係者でも一部にしか公開されてない指名手配。その中に顔があった、敵国指導者の側近だった。“ハズレ”のはずの廃れた集落の地下——想定外の場所で、まさか最重要ターゲットを捕捉してしまった。


「隊長、……アタリだ

 踏み込みますか」


 部下の声も思わず震えていた。だが独断で踏み込むことも許されない。まずは本部に連絡し、応援を要請するのがセオリーだ。通信環境の整っている車両まで戻らなければならない。


「いや、早まるな……

 街道まで戻って本部に連絡だ

 だがその前に確証が欲しい」


「それなら、西の路地に面した納屋

 あそこは何を隠すにしても便利で、潜入してるなら使ってるでしょう」


 危ない橋を渡っているのはわかっている。だが、ここで解決できれば、この戦争自体を終わらせられるかもしれない。


「よし、あくまで確認作業に徹しろ

 戦闘は最後の選択肢だ」


 納屋はひとけの少ない路地、その割に大きく物を置くにも“集まる”にも便利が利く立地。自分が潜入してもここを使うだろう。扉にはカンヌキが掛かっているくらいで鍵も掛けられていなかった。


「クリア」


 屋内の安全を確認しながら侵入する。全体に埃っぽく生活感のない倉庫のような場所だった。放置されて砂埃が積もっている中、最近人の手が入ったようなテーブルがあった。


「これは…計画書?」


 テーブルの上にいくつか積まれたのファイルを開くと軍事的な作戦資料のようだった。他国の言語で表記されているため、詳細はわからなかったが挿絵や図面、地図を見れば自分達の国を標的にした攻撃計画ということは明らかだった。


「なんてこった、奴らは既に実行段階に入ってる……」


 十分な確証、これで退却だと目配せした瞬間。突然、複数の発砲音が浴びせられた。追跡されていた。


「射線を切りながら車両まで退却!

 まずは応戦できるやつで援護射撃しながら負傷者を確認しろ!」


 薄暗い納屋の中に銃撃の閃光が走る中、裏口に回り退路を確保する。待ち伏せしていた数人を小銃で排除し、隊員達を先に進ませる。残り2人が出てこない。


 マーカスから無線が入る。


『隊長こっちはリーが動けない

 なんとかする

 行ってください』


「俺が援護する

 一緒に抜けるぞ」


『…隊長、俺も脚を撃たれてる

 先に行ってくれ』


「応援要請したら戻る

 それまでは諦めるなんて許さんぞ」


『わかってます』


 5人で隊列を形成しながら建物の間を抜ける。開けた道で民間車両を手に入れると、キースを含む3人が乗り込み、残りが援護のため応戦する。集落の入り口までなんとか辿り着くと無線が繋がったことを電子音が知らせた。


「本部、本部聞こえるか!こちら“デルタ”」


『デルタ、こちら本部、緊急事態か』


「応援をーー」


 その時、小さな集落には似つかわしくない大型の輸送車両が走り出すのが見えた。詳細はわからなかったが、とにかくマズいことだけは間違いなかった。


「隊長、爆撃しかない…」


 プエルが血走った目と震える唇で言う。


「ダメだ、お前達まで吹き飛ばすことになる」


 離れた隊員からも無線が入る。


『隊長、一帯を爆撃してくれ』


 銃撃が激しさを増す今、考える暇すら与えられない。


「隊長、最後にご一緒できて光栄でした」


 クソッ!


「本部!本部!爆撃支援してくれ!」


 集落の座標を伝える。


『了解、最終確認だ

 今から君達のいる座標を爆撃する

 要請内容に間違いはないな?』


「あぁ、急いでくれ」


『近くを巡回している無人機が2機、いや3機

 1分以内にそちらを爆撃する

 できるだけそこを離れられるように祈ってる』


そこから最初の爆撃までの40秒間は長かった。隊員達も銃撃の中強がるように冗談を言い合った。爆風が襲いかかり、巨人が身体引きちぎったような痛みと衝撃。そしてそれで終わりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死許されざる男 @epocepoc

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る