第5話 ショータの日記

 僕の名前はショータ。

 大森林の入り口にある、小さな村に暮らしています。

 

 この村は本当に小さくて、家も数えるほどしかなくて、大人たちの娯楽といえば酒場くらいしかありません。

 

 でも、不思議と退屈はしていません。

 

 朝起きたら畑を手伝って、昼には森で木の実を集めます。

 午後になるとパーコと剣の練習をして、夕方前にはリーロと一緒に珍しい花をさがしに行きます。

 毎日やることがいっぱいあって、夜になるとクタクタになって、ベッドに倒れ込むように眠ってしまいます。

 

 

 僕は将来、勇者になりたいです。

 

 世界中の国と戦っている悪い魔王をやっつけて、世界を平和にしたいです。

 

 実は、僕は雷の魔法が使えるんです。

 シスター・バーバが言うには、雷魔法は伝承に伝わる勇者の魔法なんだそうです。大昔、魔王を倒した勇者も雷を操ったと言われています。だから僕は、もしかしたら本当に勇者になれるんじゃないかって思っています。

 

 まだ雷の制御は難しいけれど、練習を続ければきっともっとうまくなるはずです。だから、剣の練習も魔法の練習もがんばれます。手のひらにできた豆だって、勇者になるためのしるしなんです。痛いけど、これがあると「ちゃんと練習してる」って思えるから不思議です。

 

 そして、僕のそばには、いつも誰かがいます。

 兄さん、姉さん、ナッド、リーロ、パーコ、シスター、村のみんな。父親や母親はいないけど、みんながいてくれるから、僕はさみしくありません。

 

 だから僕は、この村が大好きです。

 小さいけれど、あたたかくて、この村が僕の宝物です。

 

 

 ――でも、実を言うと、僕はこの村の生まれじゃありません。

 

 物心ついたときから聞かされてきた話があります。

 僕は赤ん坊のころ、この村にやってきて、教会で暮らすようになったのだそうです。そのとき僕を連れてきてくれたのは、まだ五歳の兄さんと姉さんでした。二人はまだ幼い体で、赤いスライムのナッドと一緒に、遠くから歩いて旅をして、やっとこの村にたどり着いたのだといいます。

 

 考えるだけで、胸がいっぱいになります。

 

 五歳といえば、今の僕より小さい。僕なんてその頃は字もろくに読めず、夜ひとりで眠ることさえ怖かったのに。兄さんと姉さんは僕を守りながら、どんな思いで旅を続けていたんだろう。詳しいことは今でも聞かされてません。でも、その時の光景を思い浮かべるだけで、僕はふたりに頭が上がらないのです。

 

 そうだ、言っておきます。

 

 僕は兄さん、姉さんと呼んでいますが、実は血はつながっていません。三人とも生まれた場所は違います。

 けれど、そんなことは問題じゃないんです。兄さんも姉さんも、「血のつながりなんて関係ない。俺たちは家族だ」って笑って言ってくれるから。僕にとっても、それ以上に大事なことはありません。

 

 

 兄さんは、僕より四つ年上の十四歳。

 灰色の髪と瞳をしていて、背も高く、体つきもしっかりついています。村の誰よりも頼れる人です。

 授業参観で発表したように、兄さんは魔具が使えない代わりに、なんでも自分でできてしまいます。料理も、裁縫や、畑仕事も器用にこなすし、大人が手間取るようなことでもあっという間に片づけてしまうんです。

 

 この前も、村の柵が壊れたとき、大人たちが「これは大変だ」って騒いでいたのに、兄さんは一人で黙々と作業して、半日で直してしまいました。村長さんが「さすがはニィさん」って感心していたのを、僕は誇らしい気持ちで見ていました。

 

 でも、昔の兄さんはとても苦労したそうです。

 

 僕に会うよりずっと前、孤児院にいた頃に鑑定を受けて、体の中にイマジンがほとんど無いと分かってしまったのです。魔法も魔具も使えないと判断されて、まだ幼いのに別の施設に移動されたらしいです。――でも、おかげで僕やナッドに出会えたので「イマジンが無くて良かった」と兄さんは笑います。

 

 イマジンがないって、きっと辛いことだったと思います。みんなが魔法を使えるのに、自分だけできない。そんな中で、兄さんは僕を守ってくれた。今でも守り続けてくれている。だから僕は、絶対に兄さんを悲しませたくないです。

 

 

 ナッドというのは僕の友達で、普通のスライムと違って赤い色をしています。

 兄さんが、移動させられた施設に既にいたナッドは、それからずっと一緒に過ごしてきた友達なんだそうです。兄さんの手のひらより少し大きく、顔はないけど動きで感情を表します。嬉しいときはぴょんぴょん跳ねて、怒ったときはぷるぷる震えます。僕が「ナッド、遊ぼう!」って言うと、跳ねながら近づいてきて可愛いです。パーコやリーロとも仲がいいけれど、兄さんとの間には特別な絆があるようです。

 

 狩りについて行ったり、ゴミや服のシミまで食べてしまったり。食べ過ぎて動けなくなるところまで含めて、可愛い家族です。


 

 兄さんは魔法が使えませんが、ひたすらに体を鍛え、いろいろな知識や技術を身につけていったそうです。今では村の大人でさえ敵わないほどの強さと知識を持っています。

 

 僕とパーコも、兄さんから剣を教わっています。

 練習用の木剣での稽古だけど、それでも僕とパーコ、リーロの魔法を含めて全員でかかっても、かすりもしません。兄さんは僕たちの攻撃を全部見切って、するりとかわしてしまいます。「もう一回!」って何度挑んでも、結果は同じです。

 

 あと、兄さんの剣技はとてもきれいです。

 たぶん、それは五歳の頃から剣を学んできたからです。たまに村を訪れる「剣じぃ」と僕たちが呼んでいる旅の剣士から、来るたびに手ほどきを受けてきました。剣じぃは白いヒゲのおじいさんで、いつも笑っているけど、剣を持つと目つきが変わります。そんな剣じぃと兄さんが稽古をしている姿は、僕たちの時とは全然違って、本当の戦いみたいで息を呑みます。

 

 僕にとって兄さんの剣は、ただの強さの象徴じゃありません。

 イマジンがなくても諦めなかった兄さん。血がつながっていなくても、僕を守ってくれた兄さん。

 兄さんの全部が、その剣には込められているんです。

 

 ――だから僕は、そんな兄さんが大好きです。

 

 

 次に、一緒に暮らしている姉さんのことも書きます。

 

 姉さんも兄さんと同じ十四歳。

 夜空みたいに黒くて綺麗な髪は、ところどころ星が瞬くように光っています。透き通るような青い瞳をしていて、村一番の美人です。

 

 村に行商人が来ると、姉さんを見て「お美しい……」って小さく言っているのが聞こえます。でも姉さんは軽くあいさつするだけで、いつも通り落ち着いています。そんな姉さんが、僕は素敵だなって思います。

 

 でも、姉さんのすごさは見た目だけじゃありません。

 

 姉さんはイマジンをたくさん持っていて、本当は秘密なんだけど――『傷を癒す魔法』が使えるんです。

 普通は、イマジンが少なくなった人に『イマジンを分け与える』ことはできても、体の傷までは治せません。でも姉さんはできるんです。

 

 僕やパーコがしょっちゅう怪我をして泣きつくと、姉さんは優しく手を当て、淡い光で治してくれます。

 

 まるで伝説に語られる聖女のようです。

 

 この前、僕が木から落ちて膝を擦りむいたとき、姉さんは心配そうな顔で駆けてきて、「痛かったね、もう大丈夫だよ」って言いながら手を当ててくれました。温かい光が膝を包んで、痛みがすーっと消えていきました。僕は毎回「すごいなあ」と感心してしまいます。

 

 僕はまだイマジンをうまく調整できなくて魔具を壊してしまうけど、姉さんはイマジンの扱いが上手で、いくらでも魔具が使えます。だから僕たちは、生活に困ることはほとんどありません。火を起こすのも水を汲むのも、姉さんがちょっと魔具を動かすだけで済んでしまうのです。

 

 そして何より――姉さんは僕を、本当の弟のように大事にしてくれます。

 

 風邪をひけば徹夜で看病してくれるし、僕が寂しいときはぎゅっと抱きしめてくれる。いくら血がつながっていなくても、僕にとっては「姉さん」で、それ以上でもそれ以下でもないんです。

 

 でも、僕は気づいています。

 

 姉さんの一番は――兄さんだってことを。

 

 姉さんは、まるで兄さんとでつながっているみたいです。

 

 兄さんが森で狩りをしているときも、村の外で荷物を運んでいるときも――帰りが近づくと、姉さんは必ず気づいて扉の前に立って待っているんです。どこにいても兄さんのことが分かるなんて、不思議だなあと僕は思います。

 

 それに、兄さんが僕たちをかばって怪我をしたりすると、姉さんはすごく慌てた様子で駆けつけます。

 

 この前も、僕が森で魔獣に襲われたとき、兄さんは僕をかばって腕に傷を負いました。兄さんは普段どんな攻撃でも避けられるのに、僕を守るために自分から前に出たんです。

 僕が泣きながら「ごめんなさい、ごめんなさい」って言うと、兄さんは笑って「大したことないさ」って言ってくれました。でも姉さんは泣きそうな顔で兄さんの腕に必死に手を当てていて、僕はすごく申し訳ない気持ちになりました。

 

 兄さんはイマジンがほとんどないから回復魔法が効きづらいみたいで、姉さんは光を込めた手を何度も当てて、体が治るまで絶対に離れようとしません。兄さんは「大げさだな」と笑いますが、嬉しそうな顔をしています。ふたりの間に流れる空気は、弟の僕には入り込めないくらい強くて、あたたかいものです。

 

 だから、僕は思っています。

 

 あと二年で兄さんと姉さんが十六歳になって成人したら――きっと結婚するんだろう、と。血のつながりなんか関係ない。二人は長い旅を共にして、互いに支え合ってここまで来た。当たり前のことだと思うし、僕も心から祝福したいと思っています。

 

 もちろん、ちょっとだけ寂しくもあるけれど。でも、ふたりが幸せならそれでいいんです。

 

 僕の毎日は、兄さんと姉さん、そしてナッドとシスター・バーバ。何よりも大切な家族と一緒にあるから幸せです。

 

 ――この気持ちを忘れないように。

 

 今日もこうして日記に書き残します。

 いつか大人になって読み返して、この時の気持ちを思い出せるように。

 

 

 ◇

 

 

 出典:『名も無き村の教会に残された日記』

 

(一)本文に見える「大森林の入り口にある村」は、後世に記録される辺境集落(通称:名もなき村)と同一とされる(『辺境伝承集』第一巻参照)。

(二)筆者が「兄さん」「姉さん」と呼ぶ二人は血縁関係にないが、共同体的家族として記録され、後世では「黒の騎士」および「聖女」に重ねられ解釈されている。

(三)本文に記された「人体への癒しの力」は通常のイマジン魔法に見られず、聖女の治癒能力に関する最古の記録とされる。

(四)記述は十歳前後の児童(当時の勇者と推定)による日記とされ、感情的な表現が多いが、同時代の生活実態や勇者一行の関係性を示す貴重な歴史的一次史料である。

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