第30話 輔弼近衛は決意する ~わずかな光明~


そのとき ――


「パチン!!」


と扇を閉じる大きな音が玉座の間に響き渡った。


「……皆さま」


澄んだ声が場を貫いた。王妃陛下だ。微笑みを浮かべたまま一歩進み出る。


(……目が全然笑ってないよ)


その笑みは穏やかなのに、空気の密度が一瞬で変わる。背筋が自然と伸びるような、静かな威圧がそこにあった。

 

「陛下の御前です。言葉を選びなさい。立場をわきまえなさい。そして、何より……」


王妃陛下は周囲を見渡してから、言葉を続けた。


「ここは公務の場です。あなた方のお話は、あとで一字一句残さず伺いましょう」

「…………」


一呼吸おいて王妃陛下は言葉を続けた。


 「ええ、じっくりと……」


一瞬で、広間が静まり返った。


あれほど傍若無人だった王子女たちが、一斉に言葉を飲み込み、姿勢を正す。

その様は、まるで場そのものが王妃という雌獅子に押さえ込まれたかのようだった。


(……あの笑顔を見た時には一瞬で命が終わるってことだな)

 

空気が整ったのを確かめると、王がゆるやかに立ち上がった。

その声は堂々としていたが、どこか恩を与える者の響きが混じっていた。

 

「よいか、皆の者。お前たちには多くの務めがある。だが、それを支える影もまた必要だ。――ゆえに、余は輔弼近衛という新たな任を設けた」


王は広間全体を見渡し、一拍置いて言葉を続ける。


「この若者、アラン・アルフォードはそのために選ばれた。血筋ではなく心を、功績ではなく理想を持つ者として、余が賜ったのだ。王家に対するその忠心と献身こそがお前たちの盾となるだろう。特に献身が……」


(…………献身って二回言いましたけど……それ、どこまで含まれてるんです?)

 

「輔弼近衛は、王子女の影となり、耳となり、目となる。お前たちが歩む道の理を量り、過ちを諫め、未来を導く。この者がいるゆえに、お前たちはもっと大きな夢を追えるのだ」

 

 その瞬間、五人の視線が同時に俺へと向いた。

 そして、その目は――新しい玩具を見つけた子どものように輝いていた。

 (……あれ、これ、今から“歴史が動く”みたいな流れじゃなかったんです? 空気、軽くない?)


「なるほど! 鉄の塊を量るのだな!」

「王国料理を変えますわよ、影さん?」

「共に詩を紡ごうではないか!」

「パイの審査をお願いできるんだね!」

「うさぎも“り”があると思うの!」

 

(……いやいやいや、軽い! 「未来」とか「理」とか、もっと重たい意味のはずだろ!)

 

王は満足げにうなずいた。

 

「よいか、アラン・アルフォード。彼らの言葉を聞き、その奥にある根を見よ。汝の目には気まぐれに見えるかもしれぬが、それは王子女の成長の萌芽と心得よ。お前の務めは、それを秤にかけ、王国の盾なることだ」

 

「……は、はい……!」

 

(……つまり、「秤」という建前で、あの王子女全員の世話まで丸ごと引き受けろってことですね?)


俺は床を見つめながら頭の中のごちゃごちゃをなんとか整理してみた。


(……「輔弼近衛は秤」――ご立派な標語だけど、実際は――王族の前じゃ盾を構えて、後ろじゃ剣を振るう、その両極を釣り合わせる役なんだよな)

 

そのとき、宰相が俺を見ながら小声で何かをつぶやいた。俺の耳には聞き取れなかったが、口の動きはこう言っていたように見えた――


(……“ご愁傷様”……って、そう思うなら今すぐ止めてくださいよ)

 

 こうして俺は、王子女五人の本性と向き合うという、不安しかない「輔弼近衛」を拝命することになった。最初の仕事――それは剣でも盾でもなく、混沌の中に秩序を生み出すことなのだ。

 

(……王族を護るって、“暗殺者と戦って陰謀を暴く”みたいな、そういうカッコいいやつじゃなかったっけ?)


どうやらこの国では違うらしい。


(……剣でも盾でも足りない。理想を失わぬための“秤”がいる。)

俺は――王族という災厄から、この国を護るんだ。


頼れそうなのは、王妃様だけみたいだ


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