「飛脚」スキルで、何処でも何でも届けます!――でも人間だけは聞いてません(;´Д`)

瑛狛

第1話:私はまだ“輝き方”を知らない

「うぇっ……うぅ……うぐっ」


 涙が止めどなくあふれる。

 母さん……。父さん……。

 私、生きてる意味、――あるのかな。


「……死のうかな」


 毎日毎日、石を拾うだけ。

 いつかはキラキラ輝けるって信じてたけど……、そんな未来、どこにもない。


 眼前に広がる夕焼け空を背に、私は宙へと身を投げた。



 ♢♢ 一日前 ♢♢



「おはようございます!」


 できるだけ元気に声を張った。

 けれど、返ってきたのは気のない一言。


「……うす」


 すでに作業は始まっていて、慌てて作業着に袖を通す。


「カナタちゃん、また遅刻か? 親方にどやされっぞ~」


「す、すみません……!」


 現場に駆け込むと、洞窟の奥から親方の怒鳴り声が響いた。


「てめぇカナタ、また遅刻か!」


「ご、ごめんなさい! あ、あの、足の悪いおじいさんを運んでたら、その――」


 のそっと顔だけ出した"親方"の強面がいつも以上に険しくなっているような気がする。


「やる気がねぇんなら帰れ!」


 慌てて作業を開始しようとするのだが――


「おい、返事は!」


「ご、ごめんなさい! 次から……気を付けましゅ!」


 噛んだ。

 現場の騒音にかき消され、親方の返事は聞こえなかった。

 小さくうなだれ、持ち場へ走った。


「掘削」スキル持ちと、「採掘」スキル持ちの男たちが掘った魔法石が今日も大量に地面に転がっている。それを拾って袋に詰めて運ぶのが、私の仕事。

 拾っているあいだにも、石は滝みたいに増えていく。


 やっぱり適切な場所で適切なスキルを発揮できる人はいいな。

 なんていう感想を呑気に浮かべながら、尋常じゃない速度でみるみるうちに積まれていく魔鉱石を見遣るが――そんな場合じゃなかった。

 私も、スキルの『飛脚』で"宙を蹴って"急いで運搬する。


「もたもたしてねぇで早く運べ!」


「は、はいっ!」


 袋を詰めては運び、また戻って――ひいひい言いながら、その繰り返し。


 そのとき、坑道の奥がざわめいた。

 ランタンの灯りを反射して、金属が煌めく。

 洞窟の最奥から歩いてきたのは――冒険者たち。


「「「お疲れ様っす!」」」


 みんなが一斉に頭を下げる。

 その中心にいるのは、ずっと噂に聞いていた人物。


 竜狩りスキル持ちの冒険者――グレン様と、そのパーティ。


 ま、眩しい。

 こんな薄暗い坑道なのに、いやだからこそ余計に……それとも私の気分のせいだろうか。

 通り過ぎるだけで空気が変わる。自分の服や手が、よりいっそう薄汚れて見えるほど眩しく感じてしまう!


「すっげぇ……今日も討伐成功か……!」


「竜狩りの称号……本物だな……」


 誰かが興奮して呟く。

 視線が吸い寄せられるようにそちらへ向く。


 ……いいな。

 胸の奥が、少しだけ熱くなる。

 私には、ああいう"キラキラした輝き"は無い。


 胸の奥で、母の声がよみがえる。

 ――「カナタの輝くところ、見てみたいなぁ」


 ……でも、私には無い。

 そんな魅力的なスキルも、輝きも。

 現実は運搬係で。モブで。

 何も持ってなくて。


「カナタ、そこ邪魔!」


「あ、ご、ごめんなさいっ!」


 慌てて下がろうとして、手元の魔鉱石が転がる。


 あ、拾わないと――


 しゃがみ込んだ瞬間。


 ――ぐしゃ。


 黒革のブーツが、石を踏み潰した。

 反射的に顔を上げる。


「……じゃまだ」


 グレン様のパーティの一人。金属鎧の男が、私なんて最初から視界に入っていなかったみたいに通り過ぎていく。

 ただ、胸の奥に小さな棘が刺さるかのように、ズキンと痛んだ。


「おーい、カナタ! 次の荷も溜まってるぞ!」


「……はいっ!」


 頭を下げたまま、足早に運搬台車へ走る。

 背中越しに聞こえてくる笑い声と、熱のこもった掛け声。そのどれもが、まぶしくて、遠かった。


 私も、いつか……あんなふうに――なれるのかな。


 手は汚れて、息は荒れて、視界の灯りは滲んで。


 それでも。


 目の前の仕事を、ただ全力でこなすんだ。

 それが、今の私にできること。


 そう自分に言い聞かせるように小さく息を吐き、また袋を抱えた。


 

 ♢ ♢



「つ、疲れた……!」


 ようやく仕事を終え、肩で息をしながら町外れにある自宅兼事務所にたどり着く。

 明日は私の十五歳の誕生日。

 久しぶりにエレノアも家に来るし、……だから、ほんの少しだけ期待してしまう。何かいいこと、あるんじゃないかって。

 立てかけた『飛脚便』の木板がまた外れかかっていて、風が吹くたびにギイギイと揺れている。"飛脚便"の文字も、勢いで書いたせいで一文字ずつ高さが違っていて、ひどく不安定な手書き感が滲んでいる。

 いつか直さなきゃと思いつつ、今はそんな気力もない……。


 ポストを覗くが、やはり空っぽ。


「今日も依頼ゼロ。かぁ……」


 分かっていた。分かってはいたけれど、やっぱり胸に重たくのしかかる。

 いつかこの看板を見た人が依頼に来てくれるかなぁ、なんて考えてたけど。現状はそう甘くない。


 明日も、明後日も。結局はギルドの下請け仕事で食い扶持を稼ぐしかないんだ。


 疲労に身を任せ、私は眠りに落ちた。



 ♢ ♢



 交易都市『レーンベル』の朝は、いつだってにぎやかだ。

 行き交う馬車、人の波、物売りの喧騒。まるで毎日がお祭りみたいなこの街を見下ろしながら、私は“空路”を編んで駆け抜けていく。

 すると――


「わっ!」


 目の前に真っ赤な風船がふわり。すんでのところでぶつかりそうになる。

 下を見下ろすと、小さな子どもが泣いているのが見えた。


「はい、どうぞ!」


 舞い降りて風船を差し出す。

 ……けれど、子どもはびっくりして、余計に声を上げて泣き出してしまった。


「ちょっと、余計なことしないでよ!」


 駆け寄ってきた母親が私をにらみつける。


「え、えぇ……ご、ごめんなさい……」


 頭を下げて立ち去ろうとしたとき、すれ違いざまに深くフードを被った人物と肩がぶつかった。


「わっ、ごめんなさい……!」


 足元に金色のボタンが転がる。拾い上げてみると、表面には茨に囲まれた剣の紋。


「落としましたよ」


 差し出すと、フードの奥から伸びた白い指がそれを奪うように取った。フードの奥、ほんの一瞬だけ――無表情な瞳と目が合った気がした。無言のまま、人混みに溶けるように消えていく。


 あ……また嫌われたのかな。怖がられたのかも……。


 胸のもやもやを飲み込み足早に歩きだす。と、坂の上から大量のリンゴが転がってきた。上ではお婆さんが困り果てている。さらに向こうでは、外れた荷車に立ち往生の男。その奥では、水路に落ちた猫を前に人々が右往左往――。


「……やば。これ、全部片づけてたら……」


 嫌な予感が背筋を走る。


「……今日も、遅刻……確定だぁぁぁ……!」

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