三月

 備忘録に全く関係ないんですけど漫画とか小説とかって三話目、三巻目って転調した方が面白くなりやすいんですよね。

 一月の後半の部分書いた時点で相当のパンチ浴びせた気がするし虚無二月のおかげで転調もクソもないんですけど。


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 三月一日。


「あ、」


 いつものように授業準備をしていて、生徒の情報がまとまったフォルダがないことに気付く。

 思えば生徒は二月末の時点で受験生は辞めていた。

 結局合否がどうなったのかは分からない。


 高校生は共通テストの点数は悲惨で、ウチの大学を志望するのは難しいという結論に至った。

 中学生は……合否の結果など教えに来る性格でもない。


 僅かに寂寥感を覚えながら、授業準備に赴いた。


「あいつら、大丈夫かな」


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 ――――三月四日。


「すみません! 先失礼します」

「ん、おぉそうか」

「お疲れ様~」


 研究室の定例報告の終わりを迎えるころに、先輩と先生を残して足早に出ていく。

 今の先生とあぁやってマトモな時間を取って話ができるのも、あと数回だろう。

 中旬には先生の追い出し会もある。過去に輩出した准教授や弊学の教授達が一堂に会するそうだ。俺のような人間が参加してもいいのか甚だ疑問だが、折角ならと参加をすることにした。


 小走りで大学から最寄り駅まで向かう中で、友人たちに連絡をする。


『もう少しで乗るから、一時間くらいで着く』


 数日前に昼飯に誘われ、行くことになった。

 皆、翌日は卒業旅行を控えているというのに、だ。

 それまで大学に向かう用事がなかったというのに、中々顔を合わせる機会がなかった。逆に、大学に向かわなかったから会わないという考えもできるが。

 さておき、久々ながらに誘われて食べたイタリアンの店に舌鼓を打った。


「うっま……」

「それで明日どこいく?」

「オレ箱根の名所知らない」

「同じく」

「うーんこの」


 目的地は箱根。

 俺を含め多くは大学院に進学することが決定している。学部で卒業するのは二名で、その二人の意見を元にして決まった場所だ。

 その二人は店にはいないのだけれど。


「まぁ適当でいっか」

「そだなー」

「まだ俺準備すらしてないし」

「お、俺も俺も」

「帰ってやるか……」

「明日は起きてこいよ?」

「大丈夫、多分」


 そう言いながらも、早々に準備を終えて夜遅くまでゲームをしていた。


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 二泊三日の麻雀合宿――――もとい卒業旅行。

 箱根までは新幹線。普段から朝に起きている訳ではないため、眠い目を擦って再度荷物の確認をする。


「財布よし、スマホのバッテリーもよし……行くか」


 集合場所にも余裕で間に合いそうな時間。約束事で遅刻をするのは流石にまずい。

 時間にルーズな友人はあまりいないため大方大丈夫だろうが、念のため起きているかの確認の連絡をはさんだ。


『出発報告』

『はや』

『〇〇と△△は生きてる?』

『もう家出てる』

『新幹線の乗車券と着替えとクレカあればなんとかなるよな』

『温泉とか足湯入るんだろうからタオル持ってこいよ』

『脚を振り回して乾燥を……』

『変態かよ』


 当日だろうと、どれだけともに長くいようとやはり馬鹿は馬鹿である。

 微笑みながら電車に揺られ、集合する駅の中で貯金を下ろした。

 旅行で無くなる分もあるが、それ以上にその先のことを考えておかないと時間が危うい。

 そして連絡を取り合っているグループの中で、一向に既読が着かない人が二人。

 ――――嫌な予感がして、他のメンバーが怪しみだす。


『これさ、アイツ寝てね?』

『だよな』

『さすがに起きてると思いたいんだけど』

『さすがに』

『さすがに』

『まぁ寝坊しても面白いし』

『ほなええかぁ』

『もう一人はまぁ起きてそうだけど』

『まぁ△△は大丈夫だから』

『これが信頼と実績』

『あ、起きてた』


 他愛のない会話。一人は起きていた。

 そして集合場所で退屈して待っていると、一人また一人と友人たちがやってきた。

 三月の上旬でも十二分に寒い。厚手のコートでキャリーケースを引きずる者ばかり。

 しかもこの日は雨。箱根でもちゃんと降っている。防寒対策をしていないといつ体調を崩すか……。

 感染症も鳴りを潜めているがまだ蔓延はしている。迂闊に軽装で行けば旅行が中止になり得ることもある。


「一向に連絡ないんだけど、残りの一人はどうした?」

「地下鉄で電波通じないとかじゃない?」

「マジで遅刻したら土下座するだろうな」

「よぉ~っす」

「あ、来やがった」


 飄々とした声で、最後の一人が到着する。

 面白みに欠けると言われたらそれまでだが、やはりなんだかんだ時間はきっちり守るメンバーだ。一通り皆が集まったところで、新幹線に乗った。


「よし、暇だな」

「はぇえよ」

「麻雀するか」

「はぇえよ」

「あ、オセロとトランプ持ってきてるよ」

「草」

「まぁまぁ、四麻でいい?」

「七人いるのに?」

「オレパス。ルール知らないし」

「じゃ一部観戦ってことで」


 そうしていきなりスマホアプリを開いて麻雀を始める。野郎七人集まっても結局こうだ。こんな旅行でいいのか。四年間の終わりが。

 そんなことを考えながら、吊られて麻雀をし始める。頭空っぽにして遊ぶ時間はやはり重要だと思う。

 外は雨で、止む気配は全くない。

 しばらく遊んでいると、早くも乗り換えの場所に訪れていた。


「おぉ~あれ何城?」

「さぁ……? 小田原城?」

「わかんね」


 土地勘もない所に興味もなし。終わっている。


「箱根湯本までこれ乗ったらいけるらしい」

「この感じじゃ雨っぽいなぁ」

「荷物重いし、旅館に預けたら温泉街歩くか」

「おっけ」


 そうして電車に揺られまた麻雀。懲りない。

 だが想定よりも呆気なく着いてしまい、ようやく温泉街に降り立つ。


「着いた~」

「おぉ~すげぇ色々ある」

「箱根って温泉以外で何が有名なん?」

「さぁ」

「お前なんも知らねぇじゃん」

「大涌谷の黒卵とかが有名だった気がする」

「ほーん」


 そこから旅館までしばらく歩き詰め、荷物を届けて再度温泉街に降り立つ。


「よし、戻ってきた」

「どうする?」

「自由散策でいいんじゃない? 七人だと塊で動くにも難しいし。ある程度たったら合流で」

「了解」

「じゃ、適当に~。俺あっち行ってくる」

「んじゃオレも~」


 そうして勝手に歩き出す。

 七年来の友人は俺の身勝手な行動にも何ら問題なくついてきてくれる。

 勝手にしている自覚はあるが、よくもまぁ見放さずついてきてくれるものだ。

 本来参加するはずだった、九日にある演劇部の飲み会も友人を通じて断った。

 友人には申し訳ないが、自分自身でどうにかできることではない。

 それに、友人はこの春関東の方で就職。心の中で僅かに感じる寂寥感を誤魔化して、あれやこれやと店の中に入り土産物や名物の食べ物を食す。


「お、ここでテレビで紹介されてたとこじゃん」

「そうなの?」

「ちょうど最近。ほら、壁に宣伝されてたのが貼ってある」

「ほんとだ」

「ここ酒もあるらしいんだよね」

「昼酒?」

「折角だし……いいかなって」


 行列に並びながら、メニューの一覧を見る。

 ビールと名物の串を注文すると、その場ですぐに手渡された。


「うっま~」

「酒うめ~~背徳~~~~」

「他のヤツらどうしてるかな」

「さぁ。でも街中見ても見当たらないな」

「店ん中入ってるのか」

「じゃない?」


 三軒茶屋の長椅子のような場所で、昼雨の中で一杯酒を飲む成人男性。

 旅行先で無ければ許されない所業だ。

 そんな満喫した店巡りを都度繰り返し、小一時間が経った頃。

 雨は相変わらず止まず。そしてやはり周囲を見渡しても一緒に来ていた残りの友人は見当たらなかった。


「何か連絡来てる?」

「うーん……お」

「どした?」

「連絡来てた。『諸事情につき徒歩で帰る』ってよ」

「諸事情って……大丈夫かな」

「さぁ……オレ等も戻る?」

「そうだな……しばらくしたら戻るか。ちょっと早いけど」

「うむ」


 そうして帰り際に友人と一つ店に寄り、そのまますぐに旅館に向けて歩いた。


「あいつら大丈夫かな……」

「なんか連絡には『部屋でけぇ~』って来てるよ」

「マジ?」


 気付けばグループの連絡が溜まっている。仔細は友人に任せていたため、ようやく見ると何故か最新の通知は――――麻雀のリンクコード。


「アイツらまた麻雀やってんのかよッ!!!!!!」

「草」

「なんか心配して損した……。まぁいい、ここまで来たし戻ろう」

「りょー」


 思わず携帯を投げそうになったのを止めて、苛立ち混じりにそう呟く。

 友人はまるで興味がないかのように笑っていて、なんともまぁ他人に興味のないことか。

 しかし部屋の大きさは気になるところ。移動ばかりで足も疲れたため、早々に温泉に浸かりたい気分。


 旅館に着き伝えられていた部屋のもとへ向かう。

 呆れ顔で扉を開けると、そこはとても広々とした空間。

 七人が同じ部屋に、と指定したことで、畳が綺麗に敷かれた部屋が三部屋ほどあるところに案内されていたらしい。

 通りで『走り回れる』と宣っていたわけだ。


「すげ」

「ひっろ……」

「おぉお疲れ~」

「…………」


 視界の端には広縁らしきところで優雅に座っている友人たち。

 手には全員スマホを横に傾けている。

 こ、こいつら……。


「夕飯は七時からだったっけか」

「おう」

「それまでに温泉入ろうとは話してた」

「なるほど」


 時刻は午後の四時。やることは特にない。強いて言えば旅館内の散策くらいだ。

 お土産を買うのも早すぎる。

 椅子の誘惑に抗えず、友人と共に深いクッションに身をゆだねる。


「んじゃしばらくしたら温泉行くか」

「お~」

「あ、そいえば卓球できるとこあったよ」

「おぉ~温泉卓球」

「一回やってみたかったんだよな」

「じゃ、温泉早めで」

「「お~」」


 そして温泉を楽しみ、卓球のダブルスで「負けたら酒一杯驕りな!」と賭けたら速攻で負けた。こなくそ。〆の一撃が温泉卓球の温度感じゃなかったのは確かだ。

 夕飯のビュッフェを満喫し、売店で缶酒を奢り、部屋に戻り遊びに耽る。


「麻雀も一旦やっちゃったし、トランプでもするか」

「本当はリア麻したいんだけどなぁ」

「麻雀ばっかやんけ」

「俺ルール知らないし」

「ともかく、トランプで何するよ?」

「ブラックジャックとか?」

「ダメだ、まだ酒回ってない」

「カードカウンティングすれば勝てるからな」

「ナニソレ」「調べろ」

「ポーカーでいんじゃね」「また賭けかよ」「賭けねぇよパチカス」「パチやってません~~~」

「馬鹿二人黙れ。ルールわかんないけどいける?」

「ディーラーさえいれば。オレできるけど」「あ、おれも」

「んじゃポーカーで」

「まず役知るとこからだな」


 人によってはロイヤルストレートフラッシュすら知らない可能性もある。

 ルールを確認するターンを介した後で、ゲームを始めていった。


「チェック」

「レイズ」

「レイズ」

「ヨシ、おーるいんだ!!!!!!」

「カモきちゃ~」


 当然ながら、酒の入った馬鹿どもが一発でゲームを終わらせるせいでマトモなゲームにならなかった。何故最初から予想していなかったのか。

 無事賭けることなく終わり、眠気のままに数人が倒れていく。


「俺ら眠いから先に向こうで寝るわ」

「りょ~」

「残ったのは三人か……」

「テレビでアニメ流しながらなんかするか」

「俺、小説書いてもいいか? 俺抜きで二人で何かしたら」

「チェスとか?」「将棋とか?」


 互いが互いの得意分野を話し出す。酔ってるはずなのになんでそんな頭回るものを。

 話半分に聞いていると、折衷案としてオセロになったらしい。

 傍で見ながらオセロの様子を見ていると、そこにはメルエ〇とコ〇ギのような態勢で相対していた。誰か知らない? ハンター〇ハンター見ろ。


「軍議でもしてる?」

「「??」」

「いや……なんでもない」


 互いが長考し始める。気になって小説の足が進まないのもあるが、それよりも盤面の状況が気になった。スマホを置いて様子を見ると、残り数手で決着がつきそうな状態になっている。


「あと少しじゃん」

「いや今めっちゃ拮抗してるから」

「そうなん?」

「ちょっと待てよ……」


 そうして長い戦いの末、決着が着く。

 何をどう悩んでいたかは知る由もないが、片や凄い満足そうな顔。

 片やとても悔しそうな表情をしていた。


「さ、次は〇○か」

「マテマテマテ死ぬ」

「死なない死なない」

「俺はそんな高尚な考え出来ないんだよ。やるならもう少し頭の悪いゲームにしてくれ」

「ん~……じゃあ」


 まぁ……案の定というか。分かっていたというか。

 スマホのアプリを立ちあげて、三人麻雀をし始める。

 電気を消してベッドに入りながら友人戦をしていると、二、三回くらい役満を出して騒いでいた。

 翌日他の部屋で寝ていた友人たちからクレームが入った。


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 朝に強い友人に起こされて、そのまま朝のビュッフェを食べる。


「今日どこ行く?」

「うーん――――あ、そうだ」


 そうして提案してくれた場所は、大涌谷。

 ロープウェイに乗り霧の中を征く。

 黒卵を食して、様々な観光名所を巡った。

 特に語ることもなく、面白おかしなこともなく。

 あっという間に夕暮れに近づき、旅館の露天風呂で一息ついていた。


「一日があっという間だ……」

「やっぱ露天風呂サイコー」

「沁みるぅ」


 月夜の下で空を見上げながら大きく溜め息を吐く。

 早い友人は既に上がっていたが、サウナに入ったり身体を洗っていたりすると、あっという間に夕食の時間になっていた。


 ――――夕食後、とある友人が提案する。


「フロントに言って雀卓借りれるか聞いてきていい?」

「ッマジ?」

「できそうじゃない? なくてもスペースがあるかくらい」

「まぁ別に悪くなさそうだし、聞いてみるか」


 そうして、友人と共に二人でフロントに向かう。

 話をすると受付の人は丁寧な返答で、「後ほどそちらの部屋に雀卓と麻雀牌を持っていきます」

 まさか本当にできるとは思っていなかったため、皆が驚いた顔をしていた。


「っしゃぁ麻雀するぞー!」

「もしかしてルールしらないのオレだけ……?」

「おれも正直不安」


 簡単なルール説明をしていると、コンコンと扉をノックする音。

 旅館の従業員が牌と折り畳み式の卓を持ってきてくれた。

 全自動雀卓を想定していなかったと言われれば嘘になるが、十分な代物だ。

 そうして、正真正銘麻雀合宿が始まった。


「リア麻のやり方分かる人は?」

「オレと」「ワイか」

「七人いるし、リア麻四人とオン麻三人にしよう」

「よーし友人戦つけろ~」「お~」

「酒も~」「酒酒~~~!!!」


 酒に溺れた雀士が気の向くままに麻雀を始める。

 後半から疲れたり脱落していったメンバーがいると、どんどんとルールが混沌と化していき最早原型を留めないレベル。


「スキップ!!」

「ポー!」

「ツモ! 二色同順」


 ニッチなネタなのでこれ以上は控える。

 ――――日付も周り遅くなった頃。


「流石に論文資料作らないとだし一旦集中」「同じく」

「俺らは先寝るわ」「右に同じ」「更に同じ」

「ヒマだ」


 こんな時まで学会に追われる未来の大学院生たち。素直に感嘆。

 傍では寝る予定の三人。俺も同じく寝ることにして、同室の友人に一つ提案。


「お兄さん朝早いっしょ」

「うむ」

「朝風呂行かね?」

「アリ」

「ということで起こして♡」

「お前……」

「ははは。俺もちゃんと起きる努力はするから」


 その友人は、なまじ長く付き合っているため軽い問答を受け流す。七年いればこんなものだろう、と思い部屋の電気を消した。


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「〇〇、起きてる?」

「んー……起きた」

「朝風呂行くか?」

「ゆく…………」


 寝起きにも関わらず隣で平気な声で聴いてくる友人の声で、意識がだんだんと目覚めていく。

 人に起こせと言っておきながら結局は自分自身で起きようとしていないとはとんだ体たらくだ。

 ゆっくりと起きて、寝ている友人たちを起こさないようにして朝風呂の準備をし、部屋を出た。


「朝焼け最高……」

「ちょっと寒いけど、このくらいが目が覚めて気持ちいい」


 離れた棟にある温泉施設に足を運び、露天風呂に身を投じる。


「あぁぁ背徳~~~~」

「まだあいつら寝てるだろうしなぁ」

「早起きの特権だ……」


 ジジ臭い発言の数々を繰り返し、湯に浸かる。


 ――――ぼーっとする頭で、ふと隣の友人のことを考える。

 思えば友人は、俺のような気分屋によく付き合ってくれているものだ。

 普通の人なら気を悪くすることもあるだろうに。


(ま、友人が卒業して社会人になっちまえばこういうことも減るしな……)


 無表情に、無情に思う。

 その間も友人は何を考えているのか分からない表情。こちらに気が付くと首を傾げて質問を飛ばしてくる。


「……? どした?」

「なんでも」


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 そうして部屋に戻ると、目覚めかけの友人たちを叩き起こして朝食会場に向かった。

 最終日は俺の要望で箱根神社に行き御朱印を取得。

 各々が土産物を買い箱根を後にした。


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「……ただいま~――――っ」

「あら○○くん、こんにちは」

「こんにちは……叔母さん」


 旅行を終えた翌日――――荷物の整理をして、実家に戻る。

 お土産を持って扉を開けると、そこには葬式で見た叔母と従姉弟の顔が見えた。

 驚いて奥を見ると、父母が俺を見て納得。


「おかえり」

「ただいま、これお土産」

「あぁ~。どうだった?」


 そうして旅行のことを聞かれながら、叔母さんたちが実家に来ている理由を聞いた。

 色々と状況の整理をして、視界の端に移る遺影を見る。


「……ちょっと手合わせてくる」

「うん」


 遺箱とともに飾られている祖母と祖父の顔を見て、掌を合わせる。

 ゆっくりと眼を閉じて数秒。


「……よしっ」


 晴れた気持ちで祖母たちに顔を合わせて、両親のいる場所へと戻った。


「姉貴たちは?」

「明日来るって」

「わかった」


 四十九日は明日。

 当日に来ても問題はなかったが、別に下宿先に籠っている理由もない。

 それに、前回は前準備を手伝えていないのもあったため、先に来ておきたかった。

 結論から言えば、それは杞憂だったのだが。


「そいえば、あれからどうなったの?」

「大変だったわよ。だって家に仏間の空間なんてないんだから」

「それはまぁ……確かに」


 下階は全て仕事スペース。上階は生活空間である。そんな中で置ける場所を確保しようだなんて、部屋に余裕のある家でなければ難しい。

 どうにか頑張って仕事スペースの一部を使って設置したようだが、母は釈然としていない顔。

 姉二人は早々に後帰ってしまっていたらしい。

 正直、こんな環境で帰りたいとは思えない。それは俺も同じで、はた迷惑な問題を抱えたくはない。


 かといって、因縁のある人間との飲み会を優先するかと問われればどうとも言えないけれど。


 頭を振って当日の流れを確認。問題事は起きそうになかったが――――それは予想外の点から起きた。


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 四十九日――――が終わった翌日の未明。


『今日は遅いから明日帰りなさい』

『そうする』


 元自室の寝床で寝ていると、とんでもない熱病にうなされて飛び起きる。


(なんだこれッ……死ぬ……っ……死ぬ?)


 咳が止まらず呼吸ができない。

 口から吐瀉物が出そうになるのを必死に抑えて、トイレに向かった。

 誰も起きていない。どうにかするしかない状況で、悶え苦しみながら必死に呼吸する。

 儘ならない喉で必死に息を吸って茹るような身体を動かして寝床に戻る。


(駄目だコレ……やば……今日バイトあるのに)


 気絶すると、母親に叩き起こされる。


「…………熱!?」

「ちょ……やばいかも……」

「うーん……とりあえず、休んでなさい」

「うん……」


 熱い……服が肌にぴっとりついて気持ちが悪い……。

 とりあえずバイト先に連絡を……代わりの講師が見つかればいいけど……。

 手当たり次第に代わりができないか連絡を送り、今後の予定を想起する。

 先生の追い出し会もあるし……誕生日に焼肉行く予定も……下手したら卒業式行けないとかあるか……?


 嫌な想像をしてしまい、余計に気が滅入る。

 まずは家で休養を……と思っていると、母から「とりあえず下宿先に戻りなさい」と。

 鬼か悪魔か?


 良心は容態を深く把握せぬまま、最寄り駅に俺を捨てる。許すまじ。

 倒れそうになりながら下宿先に戻る。

 咳やばいけど……まぁもう受験生はいない。万一誰とも代われなくとも、行くだけの体力は回復できるだろう。


 案の定、スーツを着る羽目になり塾に向かうと塾長は驚いた様子でこちらを見る。

 直後、話を聞くとケタケタと笑いながら「まぁ大丈夫や!!!! なんとかなる!!!」

 死ねホント。


 究極的に言葉を発さないことでなんとか切り抜け、夜の十時に寒風に吹かれながら家に戻る。


「あ……飯ねぇ」


 着替えるのも面倒くさい。風呂も、飯も……。

 考えるのを諦めて床に突っ伏す。

 意識を手放しかけたその時に――――誰かがいてくれたらまだマシだったかもしれない。

 けど実際はそんなご都合展開などなく、どうにか自我を保って目を覚ます。


「風呂は入るか……飯はカップ麺でいいや」


 独り暮らしの病気は頼る相手がいないことが欠点だと改めて感じる。

 要らぬ思考をぐるぐると回し、薬を飲んでベッドに倒れ伏した。


 そうして結果焼肉は中止、先生の追い出し会は泣く泣く先生に連絡をして欠席になった。

 何故か誕生日に寿司は食いに行った。友が奢ってくれたので。


「治ったの?」

「喋らなければ咳は出な――――ゴホッ」

「馬鹿なの?」


 そうして一週間ほど寝込む中で、塾の最後の出勤日になる。


「〇〇先生……今日最後ですよね?」

「ソッスネ……」

「最後の最後にこんな酷い容態で……」

「まぁ〇〇らしいなっ!!」

「はは……ハハ……」


 結局受験生の合否は知り得ぬまま。

 周りの後輩や同僚が、驚きと心配を灯した表情をしている。

 あの塾長、今度会ったら刺そう。


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「はぁ……だんだん回復してきたぁ」


 気付けば卒業式まで残り数日。体調はようやっと回復してきたところ。

 連絡事項は逐一返していたはものの、頭の中に入れていなかったため改めて確認をする。


「研究室の掃除が卒業式の翌日で――――アイツの引っ越しの手伝いは……月末か」


 新しいバイト先も応募しないといけないし、研究室のことに関しては何日要するか分かったものじゃない。

 スーツも一旦洗って……その前に掃除をして……と、卒業式を前にしてあたふた。

 これで本当に大学院生になれるのだろうか。


 てきぱきと作業をこなして時間が消費されていくと、いつの間にか卒業式の前日になる。

 その日は飲み会があったため、弁えながら飲んでいた。


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 ――――卒業式当日。


「スーツも完璧。荷物は……そう大してないな」


 少しだけ早く起きて、身だしなみを整える。

 といっても、そう大した準備などではないけれど。


「さ、――――行くか」


 ほんの少しだけ。他の人より早く大学に向かう。

 誰もいない大学内をうろついて、色々なものを目に焼き付けるために。

 それは中学校でも高校でも同じことをしていた。


 特筆して理由なんてない。勝手に感傷的になって勝手に懐古しているだけ。

 なんとなく、どことなく。

 ただ、少しだけ先に空気に慣れておかないと言葉を詰まらせると思うから。


 嫌いな人元彼女と、友人と共に入ったここに。

 いよいよ自分だけになってしまうという取り残されてしまうような、やっと自分だけで歩けるような。そんな形容できない感情を今でも大切にしている。

 どうせ他人は塵ほども感じ得ない。要らぬ思いと一蹴されるだろう。

 そんなものを抱いて歩いた。


「……あ」

「おっす」

「おぉ。早いな」

「もう着いてるって連絡してたじゃん」

「まぁそうだけど」


 友人が、ぽつんと立っていた。

 慣れぬスーツを羽織って、こちらを見かけて笑うでも嫌な顔をするわけでもなく。

 仕事相手に会うのかよ、って思わず言いたくなるほどの俺に慣れた顔で。


「あっちに看板設置されてたけど行く?」

「おう、行く」


 看板の前でそれぞれ写真を撮り、その後ともに別の友人を探しながら大学構内を歩く。

 続々と友人が増えていき、同時に他の卒業生も増えていく。


「看板の前でみんなで撮りたいけど……」

「この行列じゃなぁ」

「早めに会場入ってるヤツもいるってよ」

「先に入るか」

「だな」


 会場に入ると、一足先に着いていた友人たちとも合流する。


「おぉ、いたいた」

「よっす~」

「何してんの?」

「暇だから麻雀」

「お前らさァ!!!!! 混ぜろ」


 卒業式自体の思い出なんて大してない。せいぜい俺が爆音で腹鳴らしたくらいだ。

 式辞が淡々と行われていき、どうでもいい人たちの言葉を話し半分に聞く。


(学部代表なんてそんなんあったんだな……)


 ウチの学部は誰なんだろうか。

 他の学部でも知っている人なんていないだろう。そもそも関わりがない。

 知らない人の名前ばっか聞いてても何にも面白くないのに――――


「□□学部。〇〇」

「ブはッ!!!」

「お、おい」

「大丈夫か……?」


 聞きたくもない。聞くことなんてもうないと思っていた元彼女の名前が呼ばれて、思わず大声で噴き出す。


「す、すまん……」

「なぁアレお前の元カノじゃ」

「あ、あぁ……でもなんで」


 なんで、なんて我ながら変なことだけど。

 馬鹿みたいに真っ直ぐ突き進んでいる人間なんだから、おかしくはないはずだった。

 ないはずだったのに。


(なんでこんな最後の最後まで、アイツは人の記憶の片隅に……!)


 うざったいことこの上ない。

 嘆息を吐いて記憶から飛ばし、閉式まで大人しく待った。



 ――――閉式後。


「はぁ……なんか疲れた」

「爆音で腹鳴らすからだろ」

「それはゴメンて」

「元カノに挨拶はいいの???」

「あいつはいいよ」


 もう一生会うことはないし、それに不服だが思いの丈は告げた。

 それだけで十分じゃないか。


「それに――――」

「それに?」

「――――――いや、なんでもない」


 。


 ###


「一旦皆研究室で集まりがあるんだっけか」

「ウチはそんな時間取られないと思うけど」

「オレの所は分からん」

「うーん……適当で」


 そう言って解散し、自分も研究室に向かう。

 同輩二人は既に待っていたようで、担当教授が二人と話しているようだった。


「遅れてすみません」

「おぉ、来た来た。どこかで撮ろうか」

「はい」


 写真を数枚撮り、結局関わりの少なかった同輩に最低限の謝辞を告げて後を発つ。


「あ、先生」

「?」

「研究室の掃除は明日でいいんですよね?」

「おぉ、助かる」

「時間は」

「まぁ良い感じに来てくれれば」

「りょ、了解です」


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「あ、いた」

「おぉ、さっきぶり」

「まだ皆いないか」

「探しながら歩くか」

「だなぁ」


 友人一人を見つけて、看板付近を回って知り合いがいないかを探す。

 道中、いろいろな人に出くわした。

 バイトの同僚。同じ学部の知り合い。いつか会った、数回言葉を交わした程度の人までも。

 思った以上に様々な人に会っていることを自覚させられる。


 道中で拾った友人たちとともにこの後の予定を聞く。


「夜に用事あるから昼何か食べたい」

「昼って言っても今三時だぞ……」

「寿司、食いたくない?」

「夜焼肉なのに?」

「夜にオレは用事があるの!」

「はいはい……今の面子で昼寿司行くか」

「「「お~~~」」」


 そうして寿司を食べ、焼肉を食べ、カラオケに入り。

 一人また一人といなくなっていく様子に、特別な時間が終わっていくのを感じた。

 友人たちは卒業する人が少ないから、寂寥感は感じ得ないけれど。

 七年来の友と、大学に入って初めて話したオタ友だけはその日をもって卒業だった。


 友が帰り、他の面子は僅かに寂しむ。


「……行っちまったか」

「大丈夫だろ。死ぬわけじゃないんだし」

「いやまぁそうだけど」


 その時皆が感じていたことは、その時の俺は分かっていなかった。

 というよりも、ただ俺だけは先送りにしていただけだった。


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「すみません! 遅れました」

「おぉ! お疲れ様。卒業式は楽しめた?」

「は、はい……(?)」


 研究室の掃除の日。

 飲んで騒いでを未明まで続け、完璧とは言えないコンディションで再度大学に赴く。

 研究室の前にはこれまで使用していた机や棚がずらっと並べられており、早くも先輩と先生が作業をしているのが見て取れた。


「大丈夫だよ。昨日お酒呑んだろうからもっと遅れてくると思ってたし」

「はは……。その通りです」


 易々を見透かされており、本当に先輩には敵わない。というかそれ込みでフォローしてくれる先輩、やはり神。

 軍手をもらい、同じく作業に取り掛かる。


「五日後ぐらいに床の張替えをするから、この部屋にあるものを全部外に出してほしい。ある程度は先生とやったけど大きいものは二人必要で……。先生は今自分の部屋の方やってるから」

「分かりました! 手伝います」


 てきぱきと二人で作業をし、処分に困るものやホコリを浴びた古いゲーム機などを整理していく。


「このPS2……。どうするんですか?」

「うわぁこれ昔の先輩が置いてったヤツだからな……。欲しかったら持ち帰ってもいいよ」

「いいんですか!?」

「うん」


 思わぬ収穫もありつつ、作業を進める。


「そいえば、新しい先生はいつ来るんですか?」

「あぁ、○○くんは先生の最後の講演のときいなかったからまだ会ってないのか」

「先輩はもう会ったんですか?」

「うん。確か来月頭には会えるはずだよ」

「分かりました」


 未来の話を仕事半分にする。今の先生ほどゆるくはないだろうけど、優しい先生だといいな。

 なんてことを思い作業しつつも、一学生研究室を二人でどうにかするのは困難を極める。

 数日を要して整理を行い、また数日かけて新しい床になった部屋にモノを入れ込んでいった。


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 三月末。


「よぉ」

「お~おひさ」


 旧友が車でウチに訪れて、俺は助手席に座る。


「友の家分かるんだっけ」

「確か前地点登録してある」

「なる」

「早速向かうか」


 目的は友の引っ越しの手伝い。

 引っ越し業者に頼むよりも、持っていくモノが少ない故に車を所望した。

 俺は持っていないため、つながりのある旧友へ声がかかるという流れだ。


「にしてもまさか○○の引っ越しだけじゃなくて友の引っ越しまで手伝うことになるとは」

「マジでお世話になってます」

「全然ええで。運転してるだけだし」

「ガソリン代とかは向こうが持つらしい」

「お、それは助かる」


 友の家までかっ飛ばし、早くも家の前まで。


『今着いた』

『おけ、荷物運ぶの手伝って欲しい』

『任せな』


 家の前で旧友を置き、俺のみ友と部屋の前まで向かう。

 なんだかんだ初めて部屋の前まで向かう。――――僅かな緊張。


「これとこれお願い」

「りょー」


 ここでもてきぱき作業。大学は休みでも人は動くんだなぁとしみじみ。

 友の――――もとい友の親が吸っている煙草の匂いがして、初めて借りた本を思い出す。


「これで終わりや」

「よし」

「車出してくれて感謝」

「今日はある程度買い出しして、明日東京に向かうでいいよな」

「おっけ」

「んじゃ、一旦〇〇の家にトンボ帰り~」


 ###


 その夜は友の希望でピザを頼み、未明の四時から東京に向けて出発した。

 俺は隣で寝ていただけなので記憶はない。


「こっちは雨か」

「まぁまぁ」

「部屋の鍵もらったらそのまま部屋に直行で」

「了解」


 友が不動産屋で鍵をもらい、荷物を置いて再度買い出し。

 なんだかんだで夕方を過ぎ荷物を整理をしている段階で旧友が限界を迎える。


「オレは先に失礼。〇〇はどうすんの」

「俺は……どうしよう。まぁともかく帰りは自分で帰るよ」

「なるほど。じゃあの」

「ありがとな」「本当に感謝」


 静かな部屋で、二人で荷ほどき。


「この時間だけどどうすんの? 泊ってく?」

「いや」


 反射的に答えてしまい、紡ぐ言葉を急いで探す。


「どうせ快活あるだろうしそこで泊るよ」

「おう」


 自分で理由が分からないまま、なぜ反射的に拒絶したのかは分からない。

 決して嫌いではない。嫌いだったら今この場に居ない。

 ではなぜか――――それは、多分。


 卒業旅行の時から。

 否、それよりもっと前から分かっていた。



 恐らく心のどこかで依存していたことに。


 何をしても無機質に肯定をする不気味さはあれど、それを勝手に利用して様々なことを共にしていた。

 それを失うことでどことない不安に駆られることに忌避感を抱いていた。

 自分がどれだけ卑しい人間かを自覚する。

 自覚して、だけどそれでも。それを言ったとしても肯定する友に、ある種の不安を感じていた。



「……あ、これ。高校の部活の色紙じゃん」

「あぁ」

「捨ててなかったんだ」

「流石に捨てねぇ」

「……なつ」


 込み入った言葉なんてかけても、多分軽い言葉で一蹴される。

 それに勝手に思っているだけで吐露してはそれこそ意味が分からない。

 頼るのはもうやめだ。依存するのはもうやめだ。


 だから――――


「俺、そろそろ出るわ」

「おう」


 互いに強く生きていけるように、と。

 幼い拙い思いで、友に背を向ける。



「じゃあ」

「また今度」



 ###


















「え、快活空いてないの!?」


 雨夜、都内某所。


 放浪者、一人。


「へぶしッ」


 ###


 明治神宮と秋葉原を巡って帰りに静岡で五千円のうなぎ食って帰ったよ。

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