第11話 荒野からきた娘

 魔導列車から降り立った彼女は、背の高いライアスに連れられていたせいか、とても小柄に見えた。


 こげ茶のズボンに生成色のチュニックを重ねてベルトを締め、茶色のショートブーツを履いた姿は少年のようだ。それでも柔らかい顔立ちと、袖口からのぞく白い手首の細さが、華奢な女性らしさを感じさせる。


 荷物は肩かけ鞄ひとつだけで、首には金属製のプレートを三つ連ねた護符を下げている。肩につくぐらいのふわふわした赤茶色の髪は、サイドを少し編んで結んでいた。


 深みのある黄緑色の瞳はペリドットみたいに煌めき、こぶりな唇はふっくらとしていて、やわらかそうなほほも血色がいい。


 グレン老が隠していたのがこの子なら、あの師団長もいい仕事をする。


「やあ、君がネリア・ネリス?」


 彼女が僕の白いローブを見つめて、「錬金術師?」と小さくつぶやく。僕はうなずいて愛想よくほほえんで手を差しだした。第一印象って大事だからね。


「僕はオドゥ・イグネル。王都の錬金術師団に所属している。よろしくね、ネリス師団長?」


「あ、はい。イグネルさんよろしくお願いしま……」


 僕の差しだした手に、彼女は握手をしようとして触れてきた。その手を両手で包むように持ちあげ、手の甲に口づけを落とすと、彼女はピキリと固まった。


「ひっ⁉」


「ねぇ、ネリス師団長じゃ堅苦しいからネリアでいい?僕もオドゥと呼んでよ」


 手を握ったまま、眼鏡越しに下から瞳をのぞきこめば、さらに彼女はビクッと肩を震わせる。


 少しでも好印象を持ってもらえたらいいな。ペリドット色にきらめく瞳が本当にキレイだ。僕がうっとりと見つめていると、手がすごい勢いで引っこんだ。なぜか彼女は怯えたように後ずさる。


「上り列車は出発した。お前もさっさとサルカス行きに乗れ」


「ライアス、うるさい」


 僕は名残惜しくて彼女にほほえむ。


「ネリア、ごめんね?本当は王城まで送ってあげたいけど、僕がひと目で君を気にいったこと、カーター副団長にはまだバレたくないんだ」


 気にいったのか……とぼうぜんと呟くライアスを、僕は眼鏡のブリッジに指をかけ、ちらりと横目で見た。


「そのかわり、竜騎士団長のライアスが責任を持って、きみを王城まで連れて行ってくれる。こいつとは同じ魔術学園の同期でね。あっ、レオポルド・アルバーンもそうなんだけど」


「魔術学園の同期、ですか」


 彼女は僕とライアスを交互に見ている。


「そう、十二歳から十六歳まで、魔術学園で五年間一緒。人数が少ないから嫌でも関わるのさ。それから先の進路はそれぞれ違うけど。ネリアは魔術学園の卒業生じゃないよね?」


「……ええ」


「どこで魔術を学んだの?ネリアって魔術学園を卒業したばかりの子たちと、それほど年が変わらないみたいだ」


「そう見えますか?いちおうハタチは超えてますよ」


「ふうん……錬金術はグレンから教わったの?」


 僕は彼女に手を伸ばす。その髪に触れるか触れないかで、いきなりバチッと音がして、僕の手は衝撃に弾かれた。


「おいオドゥ、今何をした!」


「……ってぇ……」


 痛いのは僕で彼女は平気なはずなのに、ライアスってば酷くない?


「えっと、よこしまな気持ちで触れようとする者に発動する、防御魔法が働いたみたいで……」


 彼女が言いにくそうに説明する。それ、グレンが設置したヤツだよね?


「酷いなぁ、よこしまなんて。僕はただきみがまとっている、グレンの術式に触れてみたくて。まぁ、ちょっとだけ魔力を流したけど」


「グレンの術式だと?」


 視えていないライアスには、何のことかわからないだろう。僕はずれた眼鏡のブリッジに指を当て位置を直した。


「きみさぁ、けっこうグレンに手を加えられているよね?」


 何気なく聞いたら彼女がすっと目を細め、探るような表情になった。


「その眼鏡……魔道具ですか?」


 ああ、警戒させちゃった。あれほど第一印象には気をつけていたのに。


 だけど、本当にキレイだ。


 小柄な彼女のまわりには、グレンが仕掛けた防御系の魔法陣が、複雑に交差して煌めいている。しかも胸元には真新しい護符の首飾り。


 あの老人、どれだけ護りを施せば気が済むんだか。


 魔力自体は彼女自身のものを使っているようだ。あれだけの魔法陣を維持したまま平然としているなんて。底なしの魔力と言っていい。


 この子のことがもっと知りたいし、もっと触れたい。


 けれどそれだけじゃ満足できない。


 きっと知れば知るほど、もっと暴きたくなる。


 ああ、ダメダメ、警戒されないように気をつけなきゃ。


「またね、ネリア。師団長室は気にいると思うよ」


 言うなり僕はポケットの中の魔道具を取りだし、空に放った。それには連絡用の術式が仕込んであり、伝言の呪文『エンツ』よりも大量の情報を一度に送れる。放たれた魔道具はすぐに転移して消えた。


「今の術式……カーター宛か?」


 眼光が鋭くなったライアスに、僕はあっさりとうなずいた。


「うん、カーター副団長に連絡。『ウレグで竜騎士団長がネリア・ネリスを確保、王城までドラゴンで飛ぶ』……ってね。すぐに大慌てで対策を考えるだろう。他の錬金術師たちがどうするか、あいつらの行動は僕にも予想できないな」


 気になるけれど見届けるのは使い魔に任せよう。僕はデーダスに行かないといけないから。


「オドゥ!」


 ライアスの顔つきがぐっと険しくなった。強者の余裕とでもいうのか、竜騎士団長でありながらこいつの気性は穏やかで、できたら穏便にことを済ませたかったのだろう。


「ライアスは竜騎士なんだから、ちゃんと守りなよ。当然できるよね?」


 ひらひらと手を振って、魔導列車のタラップに足をかける。ホームを振りかえると、警戒を解かず緊張した顔のネリアと目が合った。


「怖がらせちゃったかな。君のいろいろな表情が見られたのは、僕的にはお得だったけど。でもさネリア、覚えておいて」


 〝ネリア〟と呼んだ瞬間、彼女はビクリと体を強張らせ、それなのに黄緑の瞳は挑戦するようにきらめいた。


 ジリリリリ!


 発車のベルが鳴った。


「グレンの遺産はみんなが欲しがっている。錬金術師たちだけでなく、魔術師たちも。あのレオポルドだって無関心ではいられない。きみ自身も含めて……だから用心してね」


 僕が言い終わる前に扉が閉まり、ガタンと大きく揺れて魔導列車は動きだす。彼女は何も言わず、ただまっすぐに僕を見ていた。


 サルカス行きの魔導列車は遅れを取り戻すように、どんどんスピードを上げる。僕はかけていた眼鏡をはずして、自分の使い魔に呼びかけた。


「やっぱりあの子だったよ、ルルゥ」


 すると駅舎の屋根にいるルルゥの視界が、僕のそれと重なる。カラスの使い魔は、ホームでライアスと話すあの子を視ていた。


「これから忙しくなるな」


 赤レンガ造りの駅舎はあっという間に遠ざかり、眼鏡をかけ直した僕の視界から消えた。

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