第1幕:Bar「終世:114」
第4話_顔合わせ
神戸の夜を見上げると、長引く戦争による煤煙に汚れた星空が見える。
では、上から見下げるとどうだろう。
答えはおなじ――星空である。
すなわち、人間が息づくところに光あり。
そうでなければ、闇が瓦礫を徘徊するのだ。
そして今、闇が支配する時のふたりの吸血鬼が降り立った。
ノアルはその身に宿った翼を器用に畳み、仕舞いながら大きく伸びをした。ウールコートとロングスカートの上にまとうポンチョを含め、ほぼ全身が黒一色。名は体を表すとはこのことで、露出した美しい素顔の白――ほんのり黄色を含む――がよく、映える。
「ここ、ちょっとした広場になっているでしょ。家一味(いちみ)総出で片づけたのよ。こうやって着地しやすいように、ね」
「ふぅん」
「ね、わたしも翼があるの? 飛べるようになる?」
「ええ、もちろんよ。これは能染疫(よせき)が持つ基力(きから)のひとつだもの。今度色々と教えてあげるわ」
「いいの!」
「一緒にツーリングしましょ?」
「うん……うん!」
ノアルは素直な反応に目を細めながら歩き出す。
灯火管制を実施中、というより燃料の枯渇により電力途絶となった闇の体内を、何の不便もなく、堂々と。
【暗視】。翅化(うか)した個体、すなわち吸血鬼に自然と備わる
「例えば私の場合は【
「わたしの場合は何になるのかな」
「それは色々と使ってみないとわからないわ。個人差が激しいから。でもシルクハットがある程度見定めてくれるから、安心して?」
「しるくはっと? 帽子がしゃべるの?」
「ああ違う違う。アタシたち
手を口前でふりながらにこやかに否定するノアル。
「おとこのこ?」
「いいえ。女の子よ。とってもかわいいの。子犬ちゃんもきっとすぐに好きになるわ」
「犬じゃない!」
とはいえ、少女の様子は尻尾を振りながらキャンキャンと吠える子犬そのものであった。
さて、最初の着地点からおよそ5分で目的地に着いたようだ。
折れ曲がり、落書きだらけの表札には
〒650-0042
兵庫県神戸市中央区5→6→□
メリケンオークラビル
とある。
入口はまっすぐ地下へと伸びている。見える範囲だけでも最低5階構造なんだな、と少女は思った。
「さ、おいで」
先に降りたノアルが右手を差し出す。
じめっとした階段を降りると、一本の廊下が現れる。ひと2人分ほどの幅に奥行きは10メートル程か。行き当りにぼんやりとした魂が――着地してから初めて見る人工の揺らめく光が。ランプだ。それは扉に備え付けている。取っ手には厳めしい番号入力装置があった。
「4桁の数字が必要よ。すぐ覚えられるわ」
ノアルの指が「1」を一回、その後続けて「9」を三回押下する。
ガチャリ――
「ようこそ、Bar『終世(おせよ);114』へ」
ノアルの顔に光点がひとつ。それはランプの光に揺れる一本の牙。
その妖艶さにごくりと少女が唾を飲み込んだ、その瞬間――
――BOOOOOOOOOOMMM!
すわ、響き渡るドアの
「たっだいまー! 見てみて、面白い子犬ちゃんをもって帰って来たわよ♪」
ぐう、と少女のお腹が鳴く。
●
<造語解説>
・神戸(こうべ)
→ 2041年8月現在においてはかつての繁栄はない。
・家一味(いちみ)
→ 吸血鬼同士の集まりのこと。その中でも4~9体が所属するものをいう。なお、3体までの場合は瀉弟(しゃてい)、10体以上の場合は潨組坐(ちくざ)となる。
・幹血(かんぢ)
→
・メリケンオークラビル
→ この建物は完全に架空、住所も含めて架空ですのでご安心を。本作はフィクションです!
・Bar『終世(おせよ);114』
→ ノアルが所属する
<キャラクターひとくち設定>
・戌弓(いゆみ)
→ 描写から、かつて『ハリーポッター』シリーズを観たことがあると思われる。
・ノアル
→ 彼女はドアを開ける時、遠慮と言う概念が文字通り吹き飛ぶ。
・シルクハット
→ ノアルの
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