第15話「書庫での誓い」

 カイゼルに想いを告げた翌日、俺は彼を二人きりの書庫に誘った。俺たちの距離が縮まるきっかけになった、思い出の場所だ。そして、どうしても彼に話しておかなければならないことがあった。


 薄暗い書庫の中、埃っぽい本の匂いに包まれながら俺たちは向かい合っていた。


「カイゼル様。あなたに、話しておかなければならないことがあります」


 俺の真剣な表情に、カイゼルも黙って頷く。


「俺は……この世界の人間ではありません」


 それは、俺がずっと胸の内に秘めてきた最大の秘密だった。聖女として召喚された、異世界人であるという事実。


 この世界の常識も歴史も、本来の俺は何も知らない。そんな俺が、本当に彼の隣にいていいのか。最後の不安が、俺の口を重くさせていた。


 俺の告白に、しかしカイゼルは少しも驚いた様子を見せなかった。彼はただ静かに、俺の話の続きを待っている。


「俺がいた世界には、獣人も魔力もありませんでした。だから俺は皆さんと違って耳も尻尾もないし、身体も弱い。本当は、あなたのいるべき世界の人間ではないんです」


 そこまで言って、俺は俯いた。拒絶されるのが怖かったのかもしれない。得体の知れない存在だと思われたくなかった。


 しばらくの沈黙の後、カイゼルの大きな手が俺の頬にそっと触れた。驚いて顔を上げると、彼の黄金の瞳がどこまでも優しい光をたたえて俺を見つめていた。


「……やはり、そうだったか」


「え……?」


「初めて会った時から、どこか違うと感じていた。お前の話す知識、物事の考え方、どれもこの世界の常識から外れていたからな。だが、それがどうした?」


 カイゼルは、俺の髪を優しく撫でながら言った。


「お前がどこの誰であろうと、関係ない」


 その声は、絶対的な確信に満ちていた。


「俺が見つけたのは、『聖女』でも『賢者』でもない。ミコト、お前自身だ。お前が俺の世界に来てくれた。俺が、お前を見つけた。ただ、それだけだ」


 そして、彼は俺の身体を強く、強く抱きしめた。


「だから、何も心配するな。お前のいた世界のことも、いつか聞かせてくれ。だが、お前のいる場所はもうここだ。俺の隣だ」


 その言葉と温もりに、俺の目から涙がこぼれ落ちた。


 そうだ。もう、俺は一人じゃない。


 俺のすべてを受け入れてくれる人が、ここにいる。


 俺の居場所は、ここにある。


 俺たちの間にあった最後の見えない壁が、静かに取り払われていくのを感じた。俺はカイゼルの背中に腕を回し、その胸に顔をうずめた。


「ありがとうございます、カイゼル様……」


「カイゼル、と呼べ」


 耳元で囁かれ、俺は顔を上げた。


「俺の番になる男が、様付けなど他人行儀すぎるだろう」


 少し意地悪そうに笑う彼の顔を見て、俺もつられて笑った。


「……うん、カイゼル」


 名前を呼ぶと彼は満足そうに目を細め、そして俺の唇に優しい口づけを落とした。


 それは二人の魂が本当の意味で結ばれた瞬間の、静かで厳かな誓いのキスだった。

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