The Third/レッドセーバー 第2話
『再会』
出勤のエレベーターの中、樫尾は、人事部の新人、田村と一緒になった。まだ時間が早い。2人きり。それを見越してか、田村が話しかけてきた。
「樫尾さん、聞きました?」
「何を?」
「樫尾さんのとこに中途採用者入りますよ。昨日で新人研修も終わって、今日から配属です」
「へ〜、そ〜なの」
せっかくのニュースなのにって感じで、田村が不服そうにしている。樫尾はそれに気づかないふりをして、エレベーターの階が上昇する表示を見つめていた。
やな空気感。
やれやれ、仕方ない。
のってやるか。
「男、女?」
樫尾の問いかけに田村が反応する。
「女性ですよ」
「若い、年増?」
「若いです」
「かわいい、ブサイク?」
「メッチャ、かわいいです!」
「何で知ってるの?」
「ぼくが面接しましたから」
「その子の名前は?」
「村上 悠香さんです」
「···どっかで聞いたことある気がする」
「人気セクシー女優と漢字が一字違いだそうです」
「···そんなんじゃないんだけどな」
「樫尾さん、手出さないでくださいよ」
「出すわけないだろ、会社の子に」
「ホントですか〜、樫尾さん、手早そうだから」
エレベーターが停止する。田村が降りて行った。
扉が閉まる。
閉まった扉に樫尾は指を差した。
「死ね」
言ってやった。
「ナイトじゃなくて、命拾いしたな」
樫尾は独り言を言って、エレベーターの起動を待った。
動かない。
もう一度、自職場の階のボタンを押そうとしたとき、エレベーターの扉が開いた。
そこには見たことないスーツ姿の若い女性が立っていた。
落ち着いた色合いのレザートートを肩に提げてる。
女性と目が合う。
「あ、おはようございます。乗ります」
女性はていねいに会釈して、エレベーターに乗り込んできた。
「おはようございます」
あいさつを返し、ボタンの前にいた樫尾は彼女に聞いた。
「何階ですか?」
彼女はすでに押されているボタンの点灯を見た。
「あ、大丈夫です。行き先、同じみたいです」
そう言って、彼女は笑った。
メッチャかわいい。
愛想笑いでも、媚びた笑いでもない。内面から自然に出る笑顔。樫尾は女性に好感を持った。
「あの、もしかして、今日からうちに来る村上さん?」
樫尾の問いかけに彼女は少し、驚いた。
「はい、
···って、どうして、ご存知なんですか?」
「さっき、人事の田村に聞いた」
「あ〜、それで」
目的階にエレベーターが到着した。開ボタンを押して、村上を先に行かせる。彼女は軽く頭を下げて、フロアに出た。
「あの田村って、真面目なだけでつまんない奴だったでしょ」
村上はニヤッって笑って、うんってうなづいた。
そして、彼女は自分の首から下げた社員証をチラッと樫尾に見せた。
樫尾は自分の首から下げた社員証を見た。
「あ〜、ゴメン。
そういえば、自己紹介、まだだった。
おれは事業部の
よろしく」
「樫尾 俊雄さんって、カシオ計算機の創業者と同じお名前ですよね」
「え、何で知ってるの?」
「さぁ、何となく」
村上は首をかしげた。
この子、初めて会った気がしない。
ずっと前からの知り合い、いや、それ以上の親近感を感じる。
なぜだろう?
樫尾は妙な違和感を感じた。
朝のミーティング。
事業部長が村上を紹介した。
村上は同業種の企業からの転職らしい。しかも、かなりの大手から。
朝ちょっと話しただけだけど、できそうな子だな。経歴もまじえて、樫尾はそう思った。
村上は、樫尾のデスクの左隣の配置になった。村上は席につく前に、背を伸ばし、樫尾に頭を下げた。
「あらためまして、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく。
村上さん、わからないことがあったら、何でも聞いてね」
急に村上の表情が怪訝になった。
「あの、村上さんって呼び方、何か違和感あるんですけど」
不思議なことを言う。
村上さん。とても、ベーシックな呼び方。
「···じゃ、村上様」
「何か、神様みたい」
「村上どん」
「庄屋さんか」
「悠香ちゃん」
「メッチャいいけど、もっとビジネスライクで」
「村上女史」
「蓮舫みたい」
「村上」
村上が目をつむった。
少し、恍惚の表情を浮かべている。
どうやら、正解らしい。
「それ! メッチャしっくりきます」
村上がもっともっとって、手招きしてる。では、ご期待に応えてと、樫尾はもう一度、口にした。
「村上」
「うん、やっぱ、それだわ」
確かに、村上がスゴくしっくりきた。
言い慣れてる感がハンパない。樫尾は妙に納得した。
「あ、それ!」
樫尾の机の上の黒猫。チェロを弾いているマスコット人形を指差して、村上が言った。
「じゃ〜ん!」
村上がトートバッグから、白猫のマスコット人形を取り出した。その白猫もチェロを弾いていた。
怖いくらいの偶然。どう見ても、対のマスコット人形だった。
「お揃いですね。
何か、うれしい。
もしかして、樫尾さんもチェロ弾きですか?」
「ま、学生のときにちょっとね」
「わたし、まだやってるんですよ。
今度、サークルのコンサートあるんで、良かったら、聞きに来てください」
「え、そ〜なの、村上さ···村上の弾いてるとこ見てみたいな」
「今度、チケット持ってきますね」
朝イチで会って、席が隣同士になって、瞬く間に仲良しになった。
この子と話すと、スゴく落ち着く。
今日初めて会った気がしない。
樫尾が村上の横顔を見ていると、視線を感じた彼女はチラッと樫尾に向いて、ニコッと笑った。
村上は早速パソコンを開いて、資料を見始めた。
樫尾が勤める会社は、半導体を製造する際に必要な薬液などの高機能材料を製造·販売する化学メーカー。
事業部では、生産計画の立案、原料の手配、製品の納入手配などが主な業務となる。
また、顧客の要望の対応、現状の問題の対処なども事業部の仕事だ。
「あの樫尾さん···」
「ん、何?」
村上がパソコンのモニターを樫尾に向けた。
「これから進める案件なんですけど、製品容器のコストダウンの件ですが···
半導体原料ってコンタミネーションが許されない。
ウチの製品は、物質の性質上、完全密閉の容器に保管しないといけない。
容器も材質はep処理したSUS316Lから落とせない。
今、使用しているフランジタイプの容器の利点は、組み立て前に徹底的な洗浄を容易に出来ることだけど、欠点は経年劣化で容器のシール部がダメになってくることですよね。
そして、それのメンテ費用がバカにならない」
「うん」
「先行投資はかかるでしょうけど、シール部のない溶接容器を投入する。
すると、メンテ費用がかからなくなる。
結果、経年劣化によるコンタミネーションも無くなり、製品を安定供給出来る。
これが得策だと思うんですけど」
「うん、そうだね。
ウチの製品は特殊だから、ステンレス製の密閉容器に充填して客先に出し、あちらで使い切った容器を返却してもらう。
返却容器は、コンタミを恐れて、分解せずに徹底洗浄を行い、再利用する。
容器の経年劣化は避けられない。
だけど、村上が言うように、溶接タイプの容器なら、シール部が無いから、経年劣化しない。
他社で小型の溶接タイプの容器は見たことあるけど、ウチで主要となってる中型、大型のものは見たことないな。
ユーザーのオーダーは、ppt単位のコンタミも許されないからね。
それ、スゴくいいアイデアだよ」
「よし! ありがとうございます」
村上は小さくガッツポーズを取って、企画書を作り始めた。
かわいくて、性格よさそうで、仕事ができる。心強い同僚ができたもんだ。
そう、ひとしきり感心した樫尾は、スーツには不似合いな使い古したベルトパックからフリスク缶を取り出した。
樫尾が自分の手の平に一振り。いつものようにキッチリ2粒出た。フリスクを口に入れる。
ニュッ。
左隣からかわいい手が伸びた。その手の平に一振り。キッチリと2粒。
「あざます」
モニターを見たまま、村上がフリスクを口に入れた。
これから、毎日が楽しくなりそうだ。
樫尾は朝から起きた変化に心が弾んだ。
第3話へ続く
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